No.31 群青の共犯者、あるいは無機質なロジック
No.31 群青の共犯者、あるいは無機質なロジック
宇賀と兎束の二人が何やら教室の片隅で画策していたはずの「日帰り旅行」は──どういうわけか、蓋を開けてみればクラスの人間が全員参加する、という異例の事態に発展していた。
「あー、なんだ。ん? まあ、あれだな! きっと、たまたまみんな一斉にポイントが余ってたんだろうな!」
「そうそう! ほんと、ただの偶然だから。まことくん、なーんにも気にする必要ないよ!」
並んで冷や汗を流しながら、あからさまな大根役者の演技を披露する宇賀と兎束。
クラス全員のポイント消費時期が完全に重複する確率論的矛盾、および二人の明らかな動揺行動。
真の脳内演算回路はその不自然さを瞬時に検知したが、二人が「気にするな」と言っている以上、それ以上のリソースを割いて思考を進める必要性はない。
真は二人の言葉をそのまま受理し、その事象に対する一切の考察を停止した。
「(……やべぇ、これ絶対まことの奴、全部気がついてるって……っ)」
「(……う、うん。でも、もし気がついてるんだとしたら、いつものまことくんなら容赦なくツッコミを入れてきそうな気がするのよね。何も言ってこないってことは、逆にまだ気がついてないんじゃない……?)」
「(あの合理性の塊みたいな奴がこれに気づかないなんて、あり得ねぇことがあり得るのか? ……クソ、まあこうなったら、行けるとこまで突っ走るしかねぇか)」
すぐ傍らで、二人が緊迫したひそひそ話を交わしている。
すると、バスへの乗車を始めていたクラスの男子生徒の一人が、窓から顔を出して宇賀に向かって声を張り上げた。
「おーい宇賀! 今回の旅行、クラス全員分の予定合わせるのクソ大変だったんだからな! 完全に貸しだからな!」
「ああっ、わかってるよ! おい、デケェ声出すんじゃねぇ!」
「あんたの声が一番でかいのよ、宇賀!」
兎束が即座に宇賀の頭をはたく。
周囲のクラスメイトたちが織り成す騒がしい会話劇。
しかし、真はその一切を「本日の旅行行程において必要のないノイズ」として冷徹に処理し、視線をただ手元の端末へと落とした。
これから向かう目的地の座標。移動時間。現地での予定行動。
真はただ、今日のタイムスケジュールを脳内で淡々と再確認し、機械的にバスのステップへと足をかけるのだった──。
『──本日は伽藍鳥運行バスをご利用いただき、まことにありがとうございます。北王子学院2ーCの皆様を、本日の目的地まで安全にご案内させていただきます。本日ハンドルを握ります運転手は鵜飼、そして本日バスガイドを務めさせていただきます私は紅鶴と申します。どうぞよろしくお願いいたします』
「「「「イエーイ!!」」」」
バスガイドの型通りの挨拶が終わるや否や、あらかじめ申し合わせたようにクラスメイトたちが一斉に声を上げ、車内を爆発的に盛り上げる。
ぷしゅる、とエアブレーキの音が響き、巨大な車体がゆっくりと動き出す。
真は座席に深く身体を預けたまま、車窓の向こうを流れていく見慣れた街並みを眺めていた。
しかし、その瞳は光を反射するだけで、網膜に映る景色をただの平坦なスクリーン映像として処理している。
クラスメイトたちが騒ぎ立てる歓声や笑い声も、真の聴覚受容体にとっては、意味を持たない単なる波形のノイズでしかなかった。
やがてバスはインターチェンジを抜け、他県へと向かう高速道路へと乗ろうとした──その時だった。
ぷしゅぅぅ、と間の抜けた音を立てて、バスが本線の手前で急停車する。
何事かと言いたげに騒ぎかける車内の前方で、バスガイドの紅鶴と運転手の鵜飼が、何やら深刻な顔でボソボソと話し合っていた。
やがて、紅鶴が困惑を張り付けた笑みで車内を振り返る。
「すみません。今回、旅行の手配をしてくださいました宇賀様はいらっしゃいますか?」
「あ、はい。俺ッスけど」
「宇賀様、大変申し訳ございません。どうやら先ほどの段階で高速道路上で重大なトラブルが発生したようで、現在、全面通行止めで使用が極めて難しい状況になっているとのことです。一般道に迂回すれば目的地へ向かうことは可能ですが、本来の行動プランから大幅な遅れが生じることとなります。どうされますか?」
「遅れって……具体的にどれくらいッスか?」
宇賀の問いに、ガイドの紅鶴は運転手の鵜飼と数言言葉を交わし、申し訳なさそうに眉を下げた。
「正確な時間は予想がつきませんが、高速から一般道へ流れてくる車で大渋滞が予測されます。多く見積もって、十時間は……」
「じゅ、十時間!? そんなにッスか!? え、じゃあ今日の旅行は……」
「はい。ですので、今しがた運転手の鵜飼が本社と連絡を取りまして……誠に勝手ながら、本日の旅行プランを急遽変更し、『十王市内』を回る特別プランへと切り替えさせていただければと。もちろん、当初の目的地とは異なる場所になってしまいますので、今回の旅行にかかった費用は、すべて全額払い戻しとさせていただきます」
「つまりそれって……本来の目的地には行けないけど、別の場所には行けて、しかもタダってことッスか!?」
ガイドの紅鶴が深く首を縦に振る。
さすがに前方の不穏な空気に気づいたクラスメイトたちが、座席から身を乗り出して宇賀に声をかけた。
「おーい宇賀、どうしたんだ?」
「あ、ああ……うーん、よし。みんな聞いてくれ。なんか高速でトラブルがあったみたいで、この先通れないらしい」
「マジっ!?」
「じゃあどうするんだよ?」
口々に上がる疑問と不満の声。
宇賀は両手を広げてそれを宥めるように声を張る。
「落ち着けって。いまガイドさんが提案してくれたんだけど、本来の場所には行けない代わりに、別の場所に連れていってくれるらしい」
「ええーっ!」
「楽しみにしてたのになぁ……」
「マジかよ、勘弁してくれよ」
「まあそこは我慢してくれ! その代わり、今回の旅行は全部『タダ』にしてくれるってさ。それならまだ良い方だろ?」
タダ、という単語が響いた瞬間、車内の空気が一変した。
「おおっ!」
「まじで!?」
「それはそれでありじゃん!」
「でも、タダより怖いものはねぇって言うし……」
「いやそこは黙って乗っかっとけって!」
「まあそんなわけだからよ、別の場所に行くことにする。これはこれで、みんなで楽しもうぜ!」
「「「「おおおっ!」」」」
現金なもので、クラスメイトたちは「楽しめるなら何でもいいや」と言わんばかりに、再びお祭り騒ぎのような歓声を上げ始めた。
──高速道路の突発的な完全封鎖。
十王市外への移動の遮断。
払い戻しによる「等価交換」の不成立。
その状況データから導き出される確率論的な異常性すらも、真は「現在の旅行行程における不要な情報」として即座に思考から排斥した。
真はただ、再び無機質な瞳を車窓へと戻す。
ガラスの向こう側、十王市の空には、いつの間にか急速に分厚い暗雲が立ち込め、怪しくうねり始めていた。
それはまるで、この街から決して出ることは許されぬと、天の神が言い渡すように。




