No.35 教壇の注視、あるいは保護者への警鐘
No.35 教壇の注視、あるいは保護者への警鐘
中性的な顔立ちで、ボランティア活動に頻繁に参加していた生徒──か。
今日、放課後の職員室に、そんな奇妙な尋ね人を探しにやってきた1年の女子生徒がいた。
「はい。私の妹のお友達なのですが……その方が最近、ボランティア活動の場に全く顔を出さなくなってしまったそうで。何か体調を崩されたのではないかと、とても心配しているのです。先生方の中で、もし誰か心当たりがあれば、その方の情報を少しでも教えていただけないでしょうか」
なるほど、理由はよくわかった。
だが、いくら生徒の身内からの純粋な心配とはいえ、おいそれと個人のプライバシーに係わる情報を教えるわけにもいかないのが、今の時代の学校という組織だ。
昔であれば、これくらい大らかに教えても大して問題にはならなかったのだが、今は規則が厳しくてね……などと口にすると、なんだか自分がひどく年寄り臭くなったように感じられてしまう。
「ふふ、先生はとてもお若いですよ。いつも生徒たちのことをよく見てくださっていますし」
彼女の返した言葉は、大人の対応としての世辞として受け取っておこう。
実際のところ、条件に当てはまる生徒には何人か心当たりがあった。
だが、その者たちが最近ボランティアに行かなくなったのは、単に学芸祭の前後で別の学業や用件が立て込んで忙しくなったからだろう。
「私が知る限り、その特徴に該当する生徒たちの健康面に関しては、特に問題がないと聞いている。病欠などの報告も上がっていないから、そこは安心していい」
「そうですか。わかりました。では、妹たちにもそのように伝えておきますね」
うむ。そうしておいてくれ、と私は頷いた。
彼女が職員室から立ち去り、私はひとり溜め息を吐く。
……やれやれ。勘が良いと言うよりは、こちらの立場を察して綺麗に引いてみせる、あまりにも「空気が読め過ぎる」人間というのも、教師としては少々やりづらいものだな。
さて。彼女が探していた人物についてだが、私の中には、確かに「一人しかいない」確信があった。
ボランティア活動に急に行かなくなった、中性的な容姿の生徒。──私が受け持つクラスの生徒だ。
あの子に関しては、家庭環境を含めた特殊な事情ゆえに、教職員たちの間でもそれなりに気遣いと観察は続けていた。
だが、こうも時期によって精神的な浮き沈みが激しいと、こちらとしてもどう対応していいものか困惑せざるを得ない。
不謹慎だが、まだ分かりやすく校則を破ってヤンチャしている生徒の方が、扱いやすいとさえ思える。
……いかんな。状況に応じて対応を「区別」することはしても、生徒を「差別」するようになっては教員としては失格だ。
思考を振るい落とすように、私は小さく首を振った。
これまでの観察の限りでは、クラス内で生徒同士の深刻なトラブルは特に起きていないはずだ。
遡れば、6月の頃に確かに何か大きな諍いのようなものが起きてはいたが、それも本人同士の間で早々に和解しているようだった。
その時に何か過去のトラウマが刺激されたような不安定さは見られたが、その後はすぐに立ち直っていたようだったから、学校側としても過度な介入は見送ったのだが……。
はぁ、と私は誰もいなくなった職員室で、また小さくため息を漏らす。
あの子の保護者である「彼女」は、そっちの方面の専門家なのだ。
ならば、学校に任せきりにするのではなく、家庭内での心のケアをするのも保護者としての責務だろうに。
……まさか、その専門家の目をもってしても、今のあの子の異変には間に合っていないというのか?
胸をよぎる不穏な予感に突き動かされるように、私は上着のポケットから携帯端末を取り出した。
アドレス帳から、長年見知った友人の電話番号を呼び出し、発信ボタンを押す。
数回のコールの後、電子音が繋がった。
「──もしもし、美弥か? 私だが。……すまない、少しあの子のことで、確認したいことがあるんだ」




