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No.37 鏡の微笑、あるいは寓話の恩人




 No.37 鏡の微笑、あるいは寓話の恩人




 かつての私は、本当に「空っぽ」でした。


 自分以外の誰かの欲望や期待ばかりを最優先にして、その鏡として振る舞い続けた結果、私という心が何一つ残ることのない、空虚な状態がずっと続いていたのです。


 とは言え、日常生活には何一つ問題はありませんでした。


 目の前の相手の波長に合わせ、まるで一点の曇りもない鏡のようにお付き合いをして、その場に相応しい模範解答を返していただけですから。


 でも、弟には……いえ、家族には。


 みんなには、そんな空っぽの私が、どこか不憫で、危ういものに見えたのかもしれません。


 思い返せば、よく末の妹や弟たちが、私を構うように、困らせるような悪戯を仕掛けてきていましたからね。


 ふふ、いま思うととても稚拙な反抗ですが、そんな彼らの温もりを、今の私はとても愛おしく、嬉しく思う気持ちがあるのです。


 きっと、これが──「幸せ」という感情なのでしょうね。


 それを知ってからの私は、少しずつ、でも確実に変わっていきました。


 他の弟や妹たちも、以前よりずっと自然に、私を頼り、構ってくれるようになりました。


 そして、何より私自身が変わったことで、学院での対人関係にも不思議な変化が起きたのです。


 以前は、私の周囲を不自然に取り囲むようにして、私の服装や一挙手一投足をまるでトレースするように真似をしていたクラスメイトの人たち。


 ……彼女たちも、いつの間にか、私の周りから次第にいなくなっていきました。


 今では皆、それぞれが、それぞれ自身の考えで、自分の足で行動するようになっています。


 あれは、いまから考えると、どうして私の真似などをしたいと思ったのでしょうか?


 まるで幼い子供が、大人の行動を熱心に真似するような、あの奇妙な執着。


 ですが、彼女たちは私と同い年の方たちですし、本来ならあり得ないことだと思うのですが……うーん、よくわかりませんね。


 ふふ。でも、こんな風に「どうしてかしら」と思考を巡らせること自体、以前の私なら絶対に、あり得なかったことです。


 ただその場その場の対応を機械的にこなして、ただ平然と流していくだけの私だったのですから。


 「お姉ちゃん! 今日ね、お友達が家に来るの。なにかお菓子とかある?」


 リビングで読書をしていた私に、妹の一人が元気よく声をかけてきました。


 どうやら友人を我が家に招き入れるようなので、私はすぐに出せるものを頭の中で指折り数えます。


 「クッキーの生地でしたら、今から私が焼いてあげられますが、どうですか?」


 「お姉ちゃんのクッキー、すっごく美味しいから、それ! それがいい!」


 「はい。わかりました。お友達はいつ頃来られますか?」


 「お昼過ぎくらい!」


 「では、その頃にはちょうど焼き上がるように、用意しておきますね」


 私の日常は、確かに変わりました。


 あの無機質で、何に対しても無感動だった私はもういなくなり、代わりに、毎日小さな戸惑いはありますが、とても新鮮で楽しい日々がここにあります。


 ──きっとこれも、あの「ウサギさん」のお陰かもしれませんね。


 私は、いつか見た気がするのです。


 深い深い、まるで世界の終わりのような、ただ役割だけを演じる演目の中で、私を引っ張り上げてくれた、不思議なウサギの仮面を被った人の姿を。


 もしも、いつか本当にあの方に出会うことができたなら、私はどうしても一言、お礼が言いたかった。


 『あなたのお陰で、私は、私になれました』と。


 そうやって、この胸に灯った温かい感情を込めて、微笑みかけたいのです──。








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