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No.39 残像の恩義、あるいは学徒の追考




 No.39 残像の恩義、あるいは学徒の追考




  ……。


 机の上に広げた法学の専門書を前に、私は小さく息を吐いた。


 現在の私は、法学科大学への進学に向けて日夜勉学に励んでいる。


 かつて目指していた警察官という道からいきなりの方向転換だったため、担任や教師陣からは一様に驚かれはした。


 だが、「予備試験にすぐ向かうのでなければ、君の優秀さなら大丈夫だろう」と、今では概ね胸を撫で下ろされている状況だ。


 今日もまた、放課後の図書室でそのための自主学習を続けていたのだが──先ほど、ある知り合いの後輩から、思いがけない相談を受けた。


 快活な女子生徒だ。


 彼女とは直接の深い関わりはほとんど無かったのだが、それでも後輩からの頼み事である。無下にするわけにもいかず、「私の私見で良ければ話を聞こう」と請け負った。


 私は以前、警察の道を志していた手前、犯罪者心理についての専門書をいくつか学んだ経験はある。


 しかし、一般的な人間心理のケアやカウンセリングについては、そこまで深い知識を持ち合わせているわけではない。


 そこを事前に断った上で、彼女の熱心な相談に耳を傾けたのだが……。


 相談の内容は、彼女の友人であるについてだった。


 以前のように、完全に心を閉ざしたような状況に陥ってしまったのだという。


 周囲の言葉を一切受け付けず、完璧な機械のように淡々と日常をこなすだけの日々。


 彼女は「どうすれば良いのだろう」と、今にも泣き出しそうな、しかし必死な顔で私に意見を求めてきた。


 臨床心理の観点から考えられるものがあるとすれば、それは「アイデンティティの喪失」──あるいは、極度の精神的ショックによる「自己の遮断」の類だろう。


 だが、そうなった決定的なきっかけがわからない。


 彼女からの話では、それはあまりにも「突然」だったというのだ。


 学芸祭が終わった直後から、急に人間らしい温もりが消え失せたと。


 大切なものを失ったショック、だろうか。


 しかし、私の知る限りでは、肉親を亡くされたのはもう十年も前の事故のはずだ。


 今になって何かしらのトラウマが急激に刺激された、と考えるべきか。


 うむ……。私の勘違い、あるいは的外れな深読みであれば良いのだが。


 どうにも、腑に落ちない。


 あの人物とは、これまで幾度か言葉を交わしたことがある。


 確かに掴みどころのない静かな人物ではあったが、そんな風に突然精神のバランスを崩して自壊するようなタイプには見えなかった。


 いや、見た目で判断するのは早計だな。人の心の内に秘められた傷というのは、表面上どれほど取り繕っていても、本人が思っている以上に根深いものなのだから。


 ……それにしても、なぜだろうか。


 彼女から名前を聞かされた瞬間から、私の胸の奥が、妙にざわついている。


 何があったのかは思い出せない。


 法的な記録にも、私の日記にすらも、そんな記述はどこにもない。


 なのに、私は彼の人物に対して、命を救われたかのような、何かとてつもなく大きな「恩」を受けているような気がしてならないのだ。


 彼女には、今の私にできる限りの心理的な推察とアドバイスを伝えた。


 彼女たちが、一日でも早く元の友人と笑って暮らせる日々を取り戻せるよう、私にできる何かしらの手伝いがあるならば、喜んで力を貸そう。


 法を志す身としても、そして、私の魂が覚えている「彼の人物に対する義理」を果たすためにも。














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