No.54 パフォーピーの怪、あるいは不運な人々
No.54 パフォーピーの怪、あるいは不運な人々
『さあ皆様! 学芸祭メインイベント──『パフォーマンスアピール』の時間がやって参りました! 本日この、通称『パフォーピー』の司会進行を務めさせていただきますのは、皆様ご存じ、隙あらば地域のレポーターからパパラッチに至るまで、映像放送局の特攻野郎こと鶏島保! そして、お隣は──』
『……あの、鶏島さん。パフォーピーって何ですか』
『パフォーピーはパフォーマンスアピールの略ですよ、略! ほら大口さん、そんなことより皆様に元気よくご挨拶を!』
『いや、誰もそんなワケの分からない略し方をしてないから疑問に思っただけで……。はぁ、皆さまこんにちは。映像放送局新人の大口一子です。以上、この二人でお送りいたします』
『良かったですねぇ大口さん! あなたの「外に出たい」という熱い希望が叶って、本日は放送本部を飛び出しての、グラウンド特設ステージからの生中継ロケ放送ですよ!』
『私が事前に出した始末書兼要望書に書いたのは「食べ歩きレポート」であって、こんな全校生徒の注目が集まるイベントの司会進行じゃないんですけど!』
『ハハハハ! 外は外、ロケはロケなので、そこは細かいことを気にしないで元気に行きましょう!』
『……うん。分かりました。昨日と今日で、大体この放送局の方達の脳細胞の構造が理解できてきました。諦めます』
特設ステージのスピーカーから、グラウンド全体に響き渡る相変わらずの漫才。
審査員席の最右端に座らされていた繭住真は、マイクの雑音を鼓膜に受けながら、死んだ魚のような目で遠い青空を見つめていた。
そのすぐ隣では、空中をパタパタと飛び回るまどかが、お腹を抱えてケラケラと笑っている。
「『ちょっとまこと、何その顔! お葬式みたいな顔になってるわよ!』」
「……姉さん、頼むから静かにしてください。僕だって、なんでこんなところにいるのか分からないんですから……」
『さあそれでは会場の皆様! 本日のパフォーピーに参加する、血気盛んな有志たちの運命を握る、厳正なる審査員の方々をご紹介しましょう! まずはお一人目! 北王子学院理事長代理にして、我が学院の最大手スポンサー・鳳グループ総帥夫人であらせられる、凰千鶴様です!』
『ホホホ、本日はよろしくお願いいたしますね。皆さんの輝きを楽しみにしていますわ』
『続きまして、北王子学院の最高責任者! 蜂須賀燈人校長先生です!』
『いやぁ、鶏島くん……。なんで私の席、この二人の偉人の間にしたの? 左右からのプレッシャーが凄すぎて、さっきから緊張でパフォーマンスをのんびり見る余裕が一切ないんだけど……誰か席替えて?』
『そして! 本日の超・シークレットなお客様! 能楽の新たな先駆者にして、今やその名を知らぬ者はいない、人間国宝と呼び名高き狂言師──千鳥冠介様です!』
『ははは、君、大分持ち上げるねぇ。今日は一人の観客として、若い力に刺激を受けに来ただけだよ』
『そして最後のお一人! 一般生徒および職員の中から、コンピューターによる完全ランダム電子抽選で選出された、本日一番のラッキーボーイ! 2ーC──繭住真くんだぁあああ!!』
『──えっと。いきなり放送局の人たちに拉致されて、何の説明もないままここに座らされているんですが、これって誘拐罪とかになりませんか』
真が目の前の卓上マイクを引き寄せ、極めて低いトーンで抗議の声を上げる。
しかし、鶏島はそれを盛大にスルーして進行を続けた。
『以上の四人の方々に、パフォーピーに参加されている有志たちの命運を分ける、魂の評価をお願いしたいと思います! 大口さん、ルールの説明を!』
『え? あ、はい。審査員の皆様の手元には、持ち点として「1点」から「5点」までの点数札が用意されています。参加者がパフォーマンスを終了した直後、それぞれの基準で評価の札を掲げていただき、その合計点数を競い合って、もっとも高得点だったグループに栄えある『優秀賞』が贈られます。また、同率一位のグループが発生した場合は、会場にいらっしゃる皆様からの拍手の大きかった方を『優秀賞』とさせていただきます』
『──と、なりますので! 審査員の皆様、特に千鳥様、そして凰様! お二人が普段から、世界の超一流の芸術に関して深い造詣をお持ちであることは重々承知しております! しかし! しかし今回は、プロの皆様が見せるような洗練されたステージではなく──あくまで「ご町内趣味自慢大会」くらいの、微笑ましい規模のクオリティであるということを、何卒、切に、切にお含みおき願います!』
『ちょっと鶏島さん、参加者に失礼ですよ!』
『大口さん静かに! ここでガチのプロ目線でマジ評価された日には、参加した生徒たちがステージ上でマジ泣きしてトラウマを抱えて帰る羽目になりかねないんだよ! 本当にお願いしますからね、手加減してくださいね!?』
『ほほほ、そこは学生たちの大切なお祭りですから、私どもも十分に理解していますよ。ねえ、冠介さん』
『ははは、そうですね。私としては、彼らの技術が未熟であるか否かはどうでもいいのですよ。それよりも、今の若い人たちが、この舞台で一体どのような「モノ」を私たちに見せてくれるのか。その一瞬の魂の煌めきを、本当に楽しみにしていますよ』
「…………」
千鳥冠介が穏やかに、けれどどこか底知れない鋭さを孕んだ瞳でステージを見つめる。
つい一時間ほど前に、宇賀から「話のわかる気さくなおっちゃん」と呼ばれていた生ける伝説は、今は完全に「審査員」としての冷徹な風格をその身に纏っていた。
『よし! のっけから審査員の基準の高さに一抹の不安が隠せませんが、これよりパフォーマンスアピール、堂々の開始です! さあ、栄えある最初の一人目──命を惜しまぬ挑戦者よ、ステージへと、出て来いやァッ!!』
鶏島の大音量の絶叫とともに、グラウンドを揺るがすようなファンファーレが鳴り響き、波乱に満ちた二日目の大舞台の幕が切って落とされた。
☆★☆★☆
『──さあ! 栄えある最初の一人目、命を惜しまぬ挑戦者よ、ステージへ出て来いやァッ!!』
鶏島の喉を張り裂かんばかりの声に合わせて、特設ステージの袖から一人の男子生徒が勢いよく飛び出してきた。緊張でガチガチになっているかと思いきや、その表情は驚くほどにハツラツとしている。
『エントリーナンバー一番! 一年の鳩山大希! 『Believe』、歌いますっ!!』
イントロの軽快なポップスがスピーカーから爆音で鳴り響くと、鳩山くんはリズムに合わせて小気味よく身体を揺らし、マイクを握りしめて歌い出した。
トップバッターという、とてつもないプレッシャーがかかる順番のはずだが、それを微塵も感じさせない、突き抜けるようなのびのびとした歌声がグラウンドの青空へと広がっていく。
会場に集まったオーディエンスも、彼の健闘に手を叩き、心地よさそうにノリを合わせて大きな歓声を送っていた。
やがて最後のメロディが綺麗に響き渡り、一曲目が終了する。
パチパチと温かい拍手がグラウンドを包み込んだ。
『素晴らしい! のっけから会場のテンションを一気に上げてくれる見事な歌声でした! さあ! それでは審査員の皆様、運命の点数札の掲揚をお願いいたします! 点数のほどは──どんッ!!』
鶏島に促され、四人の審査員が手元の札を同時に掲げる。
左から、凰千鶴が【3】。蜂須賀校長が【2】。千鳥冠介が【1】。そして、右端の繭住真が掲げたのは──【5】。
『おおっとお!? 三点、二点、一点……そして五点! 合計、十一得点だぁーー!!』
鶏島が膝を叩いて大袈裟に悔しがるような声をスピーカーにのせる。
『初手ということもあってか、上の三人の有識者の方々はなかなかシビアで厳格な採点だ! しかし、その中で一人だけ満点の『五点』を叩き出している繭住さん! ぜひとも、その最高評価に至った熱い理由をお聞かせください!』
真の前に、大口が「どうぞ」と生放送用のマイクを突き出してきた。
真は億劫そうに首を傾げ、至ってフラットな、淡々とした声質でマイクに言葉を吹き込む。
『いや……。わざわざこの大観衆の前に出てきて、一人で歌うっていう度胸だけで大したもんだと思いますし。……もう、参加している生徒は全員一律で五点満点で良いんじゃないでしょうか』
『事なかれ主義すぎるぞラッキーボーイ!?』
鶏島の間髪入れぬツッコミが炸裂する。
真のすぐ真上では、まどかが「『ちょっとまこと! 完全に思考を放棄して早く帰ろうとしてるでしょ!』」と空中でお腹を抱えて大爆笑していた。
『良いのか!? 良いのかそれで審査員!? ──あ、はい、運営本部からも「まあ一般生徒枠だし、そういう平和的な基準もあり」と生放送のOKサインが出ました!』
『……なんだか早くも採点基準がガバガバになりそうな予感がしてきましたけど、本当に大丈夫なんですかこれ』
『いいんですいいんです大口さん! 面白ければそれでオールオッケー! これぞ若さの特権、お祭りの醍醐味ってやつですよ! さあさあ、会場の熱気が冷めないうちに、続いてのチャレンジャー行ってみよう! やってみよーー!!』
鶏島の強引なマイクパフォーマンスとともに、二組目のインストロメンタルの演奏者がステージへと呼び込まれる。
真が早くも死んだ目で点数札をいじり、まどかがそれを面白そうに覗き込む中、審査員席の左側では──人間国宝・千鳥冠介が、厳格な「一点」の札を静かに下ろしながら、ステージの奥をじっと見つめていた。
その瞳は、ただ厳しいだけではない、何か「本物」が飛び出してくる瞬間を飢えたように待ち望んでいる、本物の芸術家の目だった。
パフォーマンスを終え、次々とステージ裏の楽屋エリアへと降りてくる生徒たち。
その誰もが「大舞台をやりきった」という充実した表情を浮かべてはいたが──同時に、どこか腑に落ちないような、割り切れない戸惑いをその瞳に滲ませてもいた。
彼らの視線の先、特設ステージの正面に据えられた審査員席。
その裏手では、進行を管理する運営スタッフの生徒たちが、インカムを片手に真っ青な顔で囁き合っていた。
「……ねえ、どうするのこれ。理事長代理と校長先生は、生徒の出し物に合わせて点数を変えてくれてるけど……あの狂言師の人だけ、最初からずっと『一点』のままだよ」
「うん。今のところ保くんが抜群のマイクパフォーマンスでどうにか場を盛り下げずに繋いでるけど、観客席の気がつく人はもう気がつき始めてると思う。……あの人だけ、高校生のお祭り相手に『ガチ』で審査してるって」
「どうしよう、裏から回り込んで、もう少し審査基準を甘くしてもらうようにお願いしてくる……?」
「いや、無理でしょ! っていうか、人間国宝に向かって誰がそんなこと言いに行けるのよ、私は絶対にイヤだからね!」
芸能界の重鎮すぎる人物を前に、一介の高校生が意見など言えるはずもない。
スタッフたちはただ静観するほかないと腹をくくり、胃を痛めながらプログラムの進行表に視線を落とした。
「──すみません! 『ALIVE²』の皆様、まもなく出番となります! 舞台袖への移動と、準備をお願いします!」
スタッフの声が楽屋テントに響くと、それまで思い思いにくつろいでいたメンバーたちが一斉に動き出した。
「よっしゃ! んじゃ、そろそろ行くか!」
「うーん、やっぱり外の野外ライブ感って独特で緊張するよねぇ」
そう言いながら、勇馬はたった今買ってきたばかりのクレープを口に運んでいる。
それを見た琥太郎がすかさず目を剥いた。
「ウソつけ勇馬! 緊張してる奴がそんなもん食うかよ! だったらその美味そうなやつ、半分俺に寄こせ!」
「いやだよ、せっかく並んで買ってきたのに。琥太郎は自分の分は自分で買ってきなよ」
「ははは。まあ、勇馬のやつ以外にもいくつか余分に買い出しして楽屋に置いてあるからさ。ステージが終わったら、みんなで祝杯代わりに食べようよ」
大和が機材ケースを肩に担ぎながら笑う。
そんな三人の軽口を、ベースを抱えた健也の重い声がピシャリと遮った。
「お前らな……。気持ちは分かるが、いくら学生主催の舞台とはいえ、やる前から一番になった気でいるんじゃない」
「しょうがないじゃん、健也。僕ら、インディーズとはいえセミプロくらいの実力はある自負はあるんだしさ。これでアマチュアの高校生たちに負けたら、それこそ『何のために今までやってきたの?』って感じじゃん」
勇馬が口元のクリームを拭いながら当然のように言う。
確かに、彼らが普段から潜り抜けてきた「十王UNDERGROUND」の夜に比べれば、この学芸祭のステージはあまりにも温室に見える。
「はあ……。高い意識を持つことは良いことだが、舞台には魔物が棲むからな。とにかく、最後の音が鳴り止むまで気だけは抜くなよ。──特に、汐音」
「……ん? なに」
名前を呼ばれ、ボーカルマイクのコードを指に巻き付けていた汐音が、気だるげに首を傾げた。
「お前は良くも悪くも、その場の『気分』で歌うからな。そこがハマった時の爆発力がお前の最大の武器だが、同時にコントロールの利かない弱点でもある。頼むから、伴奏が始まってるのに気分が乗らないからって、歌い出しをトチるようなことだけはやめてくれよ?」
「……ん。わかった。ちゃんと歌う」
抑揚のない声でそう答える汐音を見て、健也は「本当に分かっているのか……?」と不安げに眉間を険しくした。
今朝のマスターの伝言──『客層が違う。間違えるなよ』という言葉が、健也の胸の中でどうしても嫌な予感となって膨らんでいく。
そんな副リーダーの張り詰めた空気を察して、琥太郎がニカッと白い歯を見せて笑った。
彼は健也の隣へ歩み寄ると、その逞しい肩をポンと力強く叩く。
「ははは! 気にしすぎだって、健也。汐音だって、ステージに立てば、まあムラは確かあるけどよ。バシッと決める最高のボーカルなんだからさ。それに、もしも誰かがミスったりズレたりした時は、互いの音でカバーし合ってフォローしていこうぜ。──いつも通り、俺たちの音をやれば大丈夫だからさ」
最年少の、けれど誰よりもまっすぐなリーダーの笑顔に、健也の肩からわずかに余計な力が抜けた。
「……そうだな。いつも通り、だな」
『それでは続いての挑戦者はコイツらだ!ドラマー宇賀琥太郎率いる。ベース烏丸健也。ギター天埜勇馬。キーボード勇魚大和。そしてボーカル──』
「『ALIVE²』さん、次になります! ステージへどうぞ!」
舞台袖のスタッフから、いよいよ最終の合図がかかる。
宇賀琥太郎は、背中に背負ったスティックケースを一度強く叩き、メンバーたちに向かって不敵に、最高にギラついた視線を向けた。
「よし──それじゃあ、一発ぶちかましに行こうぜ! みんな!!」
『鮫島汐音。『ALIVE²』だぁッ!!』
鶏島の喉が張り裂けんばかりの絶叫アナウンスが響き渡った瞬間、グラウンドを埋め尽くすオーディエンスのボルテージが一気に跳ね上がった。
インディーズ界隈で着実に名を上げつつある彼らの登場に、最前列の生徒たちから地鳴りのような歓声が巻き起こる。
普段はクラスで珍妙な奇行を繰り返しているお調子者の少年が、今は眩しい逆光のステージの上で、信じられないほどギラギラとした「表現者」のオーラを放っている。
──その時だった。
ステージから少し離れた席、それまで出てくる参加者たちに無表情で機械的に【1】の札を出し続けていた千鳥冠介の眉が、ピクリと動いた。
老狂言師は、ステージの中央で不敵な笑みを浮かべる琥太郎の姿を認めると、「ほう……」と深く皺の刻まれた口元を僅かに綻ばせ、初めて興味深そうに身を乗り出したのだ。
(さあ、先ほどの真っ直ぐな若人よ。伝統のすべてを飛び越えるような『本物』の煌めきを、私に見せておくれ。しかし──)
生ける伝説からの、無言の、けれどあまりにも巨大な「期待」の視線がステージへ注がれる。
だが、昂揚の絶頂にいる琥太郎たちは、その視線の異質さにまだ気づいていない。
老狂言師が「期待」とは別のもうひとつの鋭い視線を彼ら、いや彼女に向けていたことに。
その事に気がついたのはただ一人。
その視線を向けられていた鮫島汐音だけであったと言うこと。




