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No.55 合流、あるいは最年少のリーダー




 No.55 合流、あるいは最年少のリーダー




 「オースッ、待たせたな!」


 宇賀が少し小走りで学院の正門までやってくると、そのすぐ近くの路肩に、機材を積み込んでいるとおぼしき大きめのワンボックスのバンがハザードランプを点滅させて停車していた。


 宇賀の姿を認めると、運転席の窓がすうっと開き、中からひょっこりと顔を出したのは、バンドメンバーの一人である大和だった。


 「あ、琥太郎。車を入れる場所って、中にある?」


 「おう、もちろん確認済みだぜ。門をくぐって左の方に進むと職員用の駐車場があるから、そこを一台分、事前に学院側に申請して借りておいたんだわ。空いてるところのどこに止めても大丈夫だってよ」


 「了解。機材の荷物はどうする?」


 「それも車を止めてからだな。駐車場からの方が、俺たちの待機場所に近いからさ」


 「あわせて了解。じゃあ、中に入るよ」


 宇賀は慣れた手つきで車を敷地内へと誘導しながら校門をくぐらせ、そのまま新緑の並木道を抜けて指定の駐車場へと向かわせた。


 枠線の中にしっかりと車が停車すると、前後のドアが開き、中からメンバーたちが続々と降りてくる。


 健也、勇馬、大和。そして──最後にリアシートから、少し大きめのリュックを肩にかけた少女が姿を現した。


 「今日はわざわざ来てくれてサンキューな、汐音」


 「……べつに。呼ばれたから、ただ来ただけ」


 どこか気だるげに、伏せ目がちな視線のままそう答えたのは、『ALIVE²』の紅一点であり、一人だけ異質な存在感を放つボーカリスト──鮫島汐音(さめじま・しおね)だった。

 

 「へへ、汐音だけじゃなくて、もちろん他のみんなも感謝してるぜ?」


 「何言ってんだよ。俺たちの演奏ができる場所があるんなら、どこへだって行くさ」


 「そうそう。これが未来のメジャーバンドになるための、いわゆる下積みってやつだよねぇ」


 勇馬と大和がそれぞれ機材車のハッチバックを開けながら、軽口を叩き合う。


 「そう言えば琥太郎。お前のドラムセットは?」


 「おう、マイスネアとペダルは自分の部屋から担いで持ってきたぜ。なんせ、ここにかかってる気合いと若さがお前ら年上組とは違うからな!」


 「抜かせ。たかだか一、二歳しか違わねぇだろうが」


 「最年少のくせに相変わらず生意気だよねー。ほら琥太郎、もっと年上を敬えよー?」


 「本当に敬ってほしいなら、俺にリーダーなんか押し付けんなよ! お前らの誰かがやれよ!」


 「「やだよ。めんどくさい」」


 「息ピッタリかよお前ら!」


 宇賀の盛大なツッコミに、メンバーたちの間にどっと笑い声が弾ける。


 そんな中、ベースの健也が静かに車の後ろへ回り、後輩たちの頭を軽く小突くようにして促した。


 「ほらお前ら、じゃれてないでさっさと機材運ぶぞ。時間が押したら元も子もないからな。琥太郎、楽屋代わりの待機場所まで案内頼むぞ」


 「おう、こっちだ。いやぁ、やっぱり一番頼りになりますなぁ、健也さんは!」


 「冗談言ってないで、お前も自分のスネアと一緒にこのアンプの片側を持て」


 「へぇーい」


 少し重いベースアンプの取っ手を健也と分け合い、宇賀はドラムスティックの入ったケースを背中で揺らしながら、誇らしげに自分の通う学院の敷地を歩き始めた。


 そのすぐ後ろを、これから始まるステージだと言うのに汐音だけが、どこか冷めた瞳で、静かについていくのだった。


 「へぇー。有志のアピールステージって言うから、てっきり体育館とかの室内でやるのかと思ったら、グラウンドの特設会場なんだね」


 機材を抱えてグラウンド裏の待機エリアへと足を踏み入れた勇馬が、視界に飛び込んできた光景に目を細めた。


 青空の下に組まれたそのステージは、学園祭の有志用としてはおよそ小規模とは呼べないほど、強固な鉄骨と本格的な音響・照明機材が揃えられた見事な代物だった。


 「しかも、単に規模が大きいだけじゃなくて、めちゃくちゃ音が響きそうな良い作りをしてる。……ねえ琥太郎、これ本当に学生の手作りじゃないよね? プロの業者が組んだステージにしか見えないんだけど」


 大和の驚きの声に、宇賀は機材を地面に下ろし、自慢げに鼻を鳴らした。


 「ヒヒッ、そこはほら、俺んところの学院はバックにいるスポンサー様たちの次元が違うからな。あの舞台も、確かどっかのデカい企業が出資して作らせたらしいぞ」


 「確かこの学院、あの鳳グループが深く関係してるんだったか?」


 「そそ。そこの一番のお偉いさんが、この学院の理事長をやってるんだよ。まあ、一年の入学式以来、俺なんか一回もその顔を見た覚えがねぇけどな」


 「鳳の総帥だろ? 忙しいレベルが一般人と違いすぎるって。この学院の理事長を兼任してるってだけでも凄すぎるよ。僕が通ってた普通の学校とは大違いだなぁ」


 感心しきりの勇馬の肩を、琥太郎がニヤニヤしながら小突く。


 「お、勇馬、うらやましい? だったらもう一回高校生やり直すか? この北王子学院に入学してきたら、俺が先輩としてたっぷり可愛がってやるぜ?」


 「冗談。二度と学校生活なんか送りたくないよ、面倒くさい」


 勇馬が心底嫌そうに首を振るのを見て、健也がやれやれと息を吐いた。


 「ったく、お前らな……。本番前に緊張感がないのは良いことだが、ダレすぎるなよ。で、琥太郎。俺たちの肝心の出番はいつなんだ?」


 「おう、これが本日のタイムプログラムだな」


 琥太郎は携帯端末の画面に表示された進行表をメンバーに見せる。


 「一応、出番の前には運営のスタッフから楽屋に声がかかることになってる。それでも俺たちの順番はだいぶ後ろの方だからさ、今からなら学院の屋台を軽く一回りしてこれるくらいの時間はたっぷりあるぞ」


 「あ、だったら僕、ちょっと外の屋台回って買い食いしてきたいな」


 「はあ……。勇馬、行くのはいいけどちゃんと連絡がつくようにしておけよ。大和はどうする?」


 「勇馬一人だと、買い食いに夢中で端末の着信音に気がつかないかもしれないからね。一応、僕が一緒についていくよ」


 「わかった。……汐音、お前はどうする?」


 健也に水を向けられ、それまで静かに爪を弄っていた汐音が、んー、と気だるげに声を漏らした。


 「……何があるの、この学院」


 「そうだな……。昨日、クラスのダチと一緒に一通り回ってみたけど、定番の屋台とか、お化け屋敷とか占いとか、結構いろいろ出てたぞ」


 「そう。……じゃあ、琥太郎のクラスは?」


 「ッ!?」


 興味なさげな汐音の問いかけに、琥太郎の身体が目に見えて強張った。


 「……お、俺の、ところは……。あー……面白いもん、なんて……な、なにもないな! うん! ナニモナイナニモナイ!」


「あー! 何かあるなそれ!」


 露骨に目を泳がせて動揺する琥太郎を見て、勇馬がここぞとばかりに目を輝かせる。


 「怪しいなぁ! 何をやってるんだよ、琥太郎のクラスは!」


 「勇馬、気にすんじゃねぇよ! なんもねぇって言ってんだろうが! ただの地味な、誰も来ねぇような場所なんだよ!」


 「わかった。じゃあ私、琥太郎のところ見に行ってくる」


 「やーめーろー! 汐音行くな! 後生だからそこだけは本当に行くな!!」


 昨日から「前科持ち」の恐怖で情緒がフリーフォールしている琥太郎は、現在進行形で全国ネット並みに大拡散され、絶賛博物館化している自分のクラス(2-Cの『石の展示会』)に、よりによってクールなバンド仲間の面々が突撃することだけは、プライドにかけても絶対に阻止したかった。


 「はあ……お前ら、本当に騒々しいな。汐音も、行くならちゃんと連絡がつくようにしておけよ。──で、琥太郎。お前はここに残って、俺と一緒にここのステージの運営関係者と全体の打ち合わせだ」


 「はあ!? 打ち合わせ!? そんなのいらねぇだろう!?」


 「馬鹿かお前は。俺たちが普段アンダー(十王UNDERGROUND)でやってる時だって、他のバンドの連中や箱のスタッフへの挨拶回りはきっちりしていただろう。場所が変わってもそれと同じだ」


 「う、うっ……。わ、わかったよ、くそっ……。やっぱり、こういう細かい仕切りは健也がリーダーをやればいいんだよ」


 ぶつぶつと文句を言う最年少に、健也は機材のコードをまとめながら、ふっと柔らかい苦笑を漏らした。


 「俺はサブくらいの位置が丁度いいんだよ、自分の身の程を知ってるからな。だが琥太郎、お前は普段はおちゃらけてるが、バンド全体の音も、周りの空気も、実は一番よく『見える』奴だ。だからこそ、アンダーのマスターたちだってお前に『ALIVE²』のリーダーを期待してるんだよ」


 「…………」


 マスター。


 その名を出され、琥太郎は今朝の端末越しの伝言──『同じに見えてもやる場所が違えば客層も違う。間違えるなよ』という言葉を、再び胸の奥で静かに反芻するのだった。


 ──かくして、琥太郎と健也の二人はステージ裏の挨拶回りへ、勇馬、大和、汐音の三人は買い食いがてら学芸祭のグラウンドへと散っていった。


 「ちーっす! 本日ステージに立たせてもらう『ALIVE²』のドラム兼リーダーの、宇賀琥太郎っす! よろしくお願いしまーす!」


 「おい、琥太郎お前な……」


 運営本部テントの前に堂々と足を踏み入れた琥太郎の挨拶に、一歩後ろをついてきた健也が即座に低い声で窘める。


 だが、琥太郎はまったく気にする風もなく、自分の頭の後ろで手を組んだ。


 「いいじゃねぇか、健也。俺はこの学院の生徒なんだしよ、俺たちの身内のイベントみたいなもんだろ? これくらいラフにいった方が元気があってよくねぇ?」


 「あははは。なかなか元気のある子が、今の学院には入ってきているようですねぇ」


 「ホホホ、この学院はもともと『自由』をモットーとしておりますからね」


 テントの奥から応じたのは、格調高い和服に身を包んだ、いかにも高貴な佇まいの老齢な男女だった。


 琥太郎はそのうちの一人、温和な笑みを浮かべる上品な老婦人の顔を見て、親しげに声を上げる。


 「あ、なんだ。理事長代理のばあちゃんじゃん!」


 「こ、琥太郎ぉおおお!? お前本当に……っ!!」


 健也の顔から一気に血の気が引いた。青ざめたまま、直角に近い角度で勢いよく頭を下げる。


 「す、すみませんっ……! 口の利き方というものを本当に知らない奴でして……!」


 「ホホホ、いいのよ。若い子は、これくらい遠慮がなくて元気な方が見ていて気持ちがいいものですから」


 「本当に、申し訳ありません……」


 「おい健也、なんでそんなにペコペコ謝ってんだよ? 代理のばあちゃんが良いって言ってんだから、別にいーじゃねぇか」


 「……お前はな、確かに『見える奴』だが、致命的に『空気の読めん』奴だ……」


 健也は、テントの周囲をいつの間にか鋭い眼光で取り囲んでいる「黒服の男たち」の様子を肌で察知し、胃のあたりを押さえながら重く息を吐き出した。


 「──失礼いたします。鳳千鶴様、千鳥冠介様。本部席へのご案内の準備が整いました」


 運営スタッフである生徒会の役員が、恐縮した様子で二人の老人に声をかける。


 和服の老男女がゆっくりと立ち上がろうとしたその時、千鳥と呼ばれた老齢な男性の方が、琥太郎たちの方へ向かって一歩だけ歩みを戻した。


 「……君たちは、今日のステージに参加するのかね?」


 「うっす! 俺ら『ALIVE²』ってバンドやってて、今日は俺たちの曲でこの会場を一番ワカせに来たんっすよ」


 「ははは、そうかそうか。それはぜひ楽しみにさせてもらおう。私は古い芸しか知らぬ身だからね。今日は最近の若い人たちの、新しい感性と熱量を学びに来たつもりでいるのだよ」


 「そうなんっすか? 俺は逆に、昔の古くさいやつとかあんま知らねぇんっすよね。店のマスターとか、俺の音楽の師匠たちには『古い曲もちゃんと聴いて引き出しを増やせ』って耳にタコができるほど言われてるんっすけど……どうも俺の性分には合わなくて」


 その言葉に、千鳥冠介は気を悪くするどころか、深く深く、我が意を得たりと頷いた。


 「あははは、そうかもしれないね。古いもの、伝統と呼ばれるものの大半は、その時代その瞬間の『流行り』に合わせて作られたものが多い。だから、今の時代を生きる君たちに合わないのは当然のことだ。だがね──なかには、それらすべての時代すら飛び越えて、人の魂を震わせ続ける本物が存在する。君の師匠さんも、そういった『本物』に触れて、己の引き出しを満たしなさいと言いたかったのだろうね」


 「あ、そうなんッスか……? あーでも、あんたの言葉は、俺みてぇなバカにもめちゃくちゃ分かりやすくてスッと入ってきたッス。ありがとうございます!」


 「うん、うん。君は自分のことを愚かと言うが、それを自覚してなお、他者の言葉から学ぼうとする素晴らしい気概がある。私も、君のその真っ直ぐさを見習わせてもらうよ」


 「マジっすか? ハハ、なんかそう言われると照れるッスね。俺、あんまり人に褒められたことないんで」


 頭を掻きながら破顔する琥太郎の様子を、スタッフの生徒が恐る恐る遮った。


 「……あの、大変失礼いたします、千鳥様。そろそろお時間がよろしいでしょうか……?」


 「おっと、すまない。どうもこうして若人と真っ直ぐ話をすると、心が若返ってくる気がしてな。千鶴様が、こうしてわざわざ学院に足を運んで彼らを見守る理由が、私にも分かった気がします」


 「ホホホ、本日お招きして大正解でしたわね。ではそろそろ参りましょうか。これ以上ここに残っては、こちらの子たちの本番前の邪魔になってしまいますからね」


 上品に微笑み合いながら、千鶴と冠介の二人は、丁重に付き添う生徒たちに連れられて特設ステージの本部席へと向かっていった。


 「ふぅー……。なんか、スッゲェ話のわかる気さくなおッちゃんだったな! なあ、健也──」


 琥太郎が笑いながら隣を振り向いた瞬間、そこにいた健也は、今まで見たこともないような、物凄く怒っているというか、魂が抜けかかっているような恐ろしい顔をしていた。


 「ど、どうしたんだよ健也? 腹でも痛ぇのか?」


 「……お前、あの人が、一体誰だか分かって相手してたのか……?」


 「いや知らん。ちょっとお洒落で話のわかるおっちゃんとしか」


 健也は本当に頭痛がしてきたらしく、青ざめた額に手を当てて天を仰いだ。


「……千鳥冠介。人間国宝とも称される、日本で最も有名な狂言師だ。能楽の古き良き伝統を守り抜きながらも、現代の新しい芸術を取り入れようと世界を股にかけて模索している、芸能界の文字通りの頂点にいる人だぞ……」


 「……つまり、スッゲェ人?」


 「とてつもなくな。お前に一番分かりやすくロックで例えてやるなら……厳密なジャンルは違うが、『レッド・ツェッペリン』や『ブラック・サバス』のメンバーが目の前に現れて、お前に気さくにアドバイスしてくれたようなもんだ」


 「マジでか……ッ!? そん、スッゲェ人の……!? あのおっちゃん、生ける伝説級の神様だったのかよ!?」


 ガタガタと膝を震わせ、今更になって真っ青になる琥太郎を見て、健也は重い深呼吸を一つ挟んだ。


 「まあ、あちらがお前の無礼を全く気にしていない様子だったのが、せめてもの救いだ。琥太郎……お前、ステージが終わったら、もうちょっと大人の礼儀ってやつを本気で学べよ?」


 「いや、だからそんなの絶対ムリだって! そういう堅苦しいのは全部、副リーダーの健也がやってくれよぉ!」


 「断る。お前がリーダーだ」


 ステージの裏手に、琥太郎の情けない叫び声が響き渡る。


 しかし、そのコミカルなやり取りの最中、健也の脳裏には、先ほどの千鳥冠介が放った一言──『その時代すら飛び越えて、人の魂を震わせ続ける本物が存在する』という言葉が、まるで重い警告のように残り続けていた。










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