No.57 懲りない面々、あるいは祭典の品定め
No.57 懲りない面々、あるいは祭典の品定め
ちょっとした騒ぎとなった2-Cの『石の展示会』だったが、最終的にその渦巻き石が本物の化石かどうかの鑑定は、学芸祭の終了後に改めて専門家へ依頼する、ということでひとまず落ち着くことになった。
ちなみに、全校生徒に向けてフライング気味の誤報速報を流した映像放送局に対しては、駆けつけた教諭たちから「電波を預かる身として、情報は常に正確かつ公正であるべきだ」と、大変ありがたいお説教の場が設けられたそうだが……。
「『まこと、あの子たちのあの目を見なさいな。あれはね、美弥ちゃんが首からホワイトボードを下げて【私は食材を無駄にしました】って正座して泣き真似してるときの顔よ。つまり、形だけは全力で反省してますってポーズを取ってるけど、隙があったら絶対にまた同じことをやらかすタイプの顔ね』」
(いったいどんな顔だよ……)
と真は心の中で苦笑したものの、自分の家で毎日のように繰り広げられている、あのやたらと芝居がかった保護者の確信犯的な表情を思い浮かべると、確かに教員たちに頭を下げていた放送局員たちの表情は、それによく似ていなくもなかった。
「あー、くそ! 妙な冷や汗と気苦労のせいで、一気に腹が減ってきたわ! まこと、兎束、こうなりゃもうやけ食いだ。片っ端から校内の屋台を制覇していこうぜ!」
「いいけど……僕は琥太郎みたいにそんなにたくさん食べられないよ?」
「あたしもパス。体調管理に命かけてるアスリートの胃袋を舐めないで頂戴」
「ちぇっ、相変わらずノリが悪いなぁ……。まあいいや、とにかく付き合えって。これは俺のメンタルを回復させるための聖戦なんだからよ」
「『まこと、学芸祭の楽しい雰囲気を味わうと思って、ここはコタローのやけ食いに付き合ってあげなさいな』」
「……そうだね。じゃあ、どこから見て回る?」
「おう、そうこなくっちゃな! とりあえず校内を上の階から順繰りに回って、それから外のグラウンドの方にも行ってみようぜ。明日の本番とは別に、外のステージでも色々とパフォーマンスアピールがあるみたいだからよ」
宇賀の言葉に、真はふと思い出して隣の親友の顔を見た。
「そういえば、宇賀は明日のパフォーマンスステージに出るんだよね?」
「おう。なんか審査員的な奴らがいるんだろ? どんなお偉いさんが審査するのかは知んねぇけどよ。でもさ、俺らの曲は誰かに聴いてもらうためのもんだろ? だったら、俺たちのことをこれっぽっちも知らない奴らに直に聴いてもらって、率直な意見ってやつを突きつけられるのも、今後のために悪くねぇかなと思ってな」
「へぇー……宇賀のくせに、意外と真面目に考えてるのね」
「『コタローって、本当に音楽の話題に触れてるときだけは、急に知能指数が上がると言うか、人間としての考え方がマトモに変わると言うか、不思議な生き物よねぇ……』」
まどかも兎束も、宇賀に対する普段の評価がだいぶ辛辣であることに、真は心の中で苦笑を禁じ得なかった。
それから真たちは、校舎内を上の階から順番に回って見学していった。
学芸祭の定番であるお化け屋敷やクラシックな喫茶店、怪しげなタロット占い。
変わったものだと、教室を丸ごと使った本格的なリアル脱出ゲームや、一日かけて『学院ギネス記録に挑戦』を掲げているクラスなど、どこもかしこも熱気に満ちあふれている。
「もぐもぐ……んー、この唐揚げ、味はちょっとイマイチだな。おっ、まこと、あっちの出店なんか外国の珍しい料理っぽくねえか?」
「あ、あれは『はし巻き』だね。割り箸にお好み焼きみたいな生地を巻いたやつだから、一応は日本の食べ物だよ」
「そうなんか? まあ美味けりゃ何でもいいや。匂いも良さそうだしな、ちょっと列に並んで買ってくるわ。お前ら、いるか?」
「あたしはパスで」
「じゃあ、僕はひとつ貰おうかな」
「了解! んじゃ、ちょっと行ってくるわ!」
小銭を握りしめ、嬉しそうに人混みの奥へと消えていく宇賀の後姿を見送りながら、兎束がふうと小さくため息を吐いた。
「本当、よく食べるわね、あいつ。ある意味、あの底なしの胃袋が羨ましいわ」
「陸上部は特に食事制限とかしてないんでしょう? 気にせずとは言わないけど、たまには食べたいものを食べた方がストレスが少なくて体調に良い気もするけど……」
「うう……分かってるのよ、そんなことは分かってるんだけど……! 女子高生としての体重の壁ってやつがあるのよ……!」
「『まこと。そこは乙女の情けというやつよ。あまりそれ以上、彼女の傷口に突っ込んであげなさんな』」
まどかに窘められ、真が「ごめん」と苦笑していると、両手に温かいはし巻きを持った宇賀が人混みをかき分けて戻ってきた。
「おう、待たせたな! いやぁ、しかし凄かったわ。あれ、一体何人兄弟なんだ?」
「どうかしたの、琥太郎?」
はし巻きを真に手渡しながら、宇賀が不思議そうに首の後ろを掻く。
「いやさ、俺のすぐ前に並んでた客の集団がさ、全員めちゃくちゃ似たような顔つきの奴らで、五、六人はいたかな? 幼稚園くらいのおチビから、中学生くらいの小生意気そうなガキまで揃っててよ。どうやらその店を出してる売り子の女の子がそいつらの姉ちゃんらしくて、家族みんなで買いに来てたみたいなんだわ」
「へえ、一般開放の日だからね、今日は。家族の人が応援を兼ねて見物に来るのも珍しくないよ」
「そんでさ、面白かったのが、その店で調理をしてた女の子の様子でよ。それまで職人みたいに正確無比な手つきではし巻きを作ってたのによ、その家族の連中とパチッと目が合った瞬間、急に顔を真っ赤にして慌てちまってさ。あたふたしながらヘラをひっくり返してる姿が妙に可愛らしくてさ、並んでた周りの客たちも、思わずみんな微笑ましく見守ってたわ」
「ふーん……。いや、でもその気持ちはちょっと分かるわ。あたしだって、部活の最中にいきなり家族がゾロゾロ現れたら、恥ずかしくて慌てちゃうもの」
真は宇賀から品物を受け取り、一口それを口に運びながら、宇賀が並んでいたという屋台の方へとそっと目を向けた。
すでに、宇賀が言っていた賑やかな家族の姿はそこには見当たらない。
また、調理を担当しているという女子生徒の姿も、ここからでは人だかりに遮られて伺うことはできなかったが──真の脳裏には、ある一人の少女の顔が浮かんでいた。
(……少し、彼女も変わったのかな)
あの『ヴィクセンの箱庭』の中で、自らを虚無の面で覆い隠し、人形のように心が閉じていた──九尾ヶ坂麗。
そんな彼女が、現実の家族の前で普通の女の子のように慌て、あたふたしている姿。
真は、かつて彼女を縛っていた冷たい「虚無」が少しずつ解けているような、そんな温かい変化を想像しながら、はし巻きの味を確かめるようにお祭りの空気を楽しんだ。
校舎を抜けて広大なグラウンドへと出てくると、こちらは運動部や文化部などのクラブが中心となって出している大型の模擬店やアトラクションが、所狭しと並んで盛大な声を上げていた。
「あ、あたし、ちょっとあっちの自分の部活の出し物を覗いて来たいんだけど」
「陸上部のか? 確か、何やってるんだっけ」
「『ボール当てゲーム』よ。部員が決められた白線の中で、お客さんから投げられたボールをひたすら避けるの。一球でも当たったらお客さんの勝ち!」
「ほう、そいつは面白そうだ! まこと、一丁からかいがてら、兎束の仲間たちの鼻を明かしに行こうぜ!」
「え、僕もやるの?」
「いいよいいよ! 難易度も低・中・高って分かれてるから。ちなみに部員から一本取れたら豪華な景品もあるからね。二人とも頑張って頂戴」
「おっしゃ! 陸上部の誇る動体視力を狂わせて、景品を根こそぎ分捕ってやるぜ!」
「全部持って行かないでよ!?」
「ははは、お手柔らかにお願いするよ」
宇賀の威勢の良い叫び声に周囲の生徒たちも笑い声を上げる中、真たちは兎束が所属する陸上部が賑やかに主催している、エリアへと足を向けるのだった。
陸上部のエリアでは、お祭りのテンポに完全に巻き込まれた真たちが、文字通りの「乱戦」を繰り広げていた。
「ちょっ!? 三人がかりで一斉に投げるのはルール違反ですよ、兎束先輩!」
「大丈夫よ! 当てても景品は貰っていかないから!」
「いや、そういう問題じゃなくて──ひゃあっ!?」
「よっしゃあ! ヒットぉおおお!!」
白線の中で必死に逃げ惑う陸上部員を、真、宇賀、兎束の三人がかりで容赦なく追い詰め、宇賀が見事(?)にその背中へとボールをクリーンヒットさせた。
「あはは、ごめんね。でも、すごく楽しませてもらったよ」
真は最初からこれが明らかなルール違反だということは分かっていた。
しかし、周囲を包む学芸祭の無礼講な空気にすっかり酔いしれてしまったのか、気づけば宇賀や兎束と息を合わせてボールを投げ込む「共闘」を全力で楽しんでいた。
まどかも空中から「『ほらコタロー、右よ右!』」と、ルール無用の熱い指示を飛ばして大はしゃぎしていた。
──そうして、彼らは時間を忘れて学芸祭の一日目をめいっぱい、心の底から楽しみ尽くした。
『──皆様、これにて第十回北王子学院学芸祭、一日目の全プログラムの終了をご報告させていただきます。一般来場者の方は、お気をつけてお帰りください。生徒の皆様も速やかに片付けを済ませ、明日の二日目に向けて体力を蓄えておきましょう! それでは、引き続き明日も全力で盛り上げて参りましょう!』
校内すべてのスピーカーから、少しだけ落ち着いたトーンになった放送局のアナウンスが響き渡り、祭典の一日目が正式に幕を閉じた。
夕暮れに染まる校舎を後にする生徒たちは、誰も彼もが浮き立ち、今日という一日を楽しみ尽くした心地よい疲労感と余韻を抱えていた。
(明日はいよいよ、琥太郎たちのステージだ……)
家路につく真は、夕焼けに伸びる自分たちの影を見つめながら、胸の奥がじんわりと高鳴るのを感じていた。
明日という日に待ち受けるものが、一体どんな素晴らしい熱狂であるのか。
それを楽しみに待つ彼らの心には、あの冷たい感情は、今はもう綺麗に息を潜めている。
どこまでも眩しい青春の熱気とともに、物語は、誰もが心躍らせる学芸祭二日目へと、ゆっくりと日を変えていくのだった。




