No.58 電波の悪戯、あるいは太古のロマン
No.58 電波の悪戯、あるいは太古のロマン
放送局の凸凹コンビによる賑やかな実況アナウンスは、時間が経ってもその勢いを失うことなく、
むしろ学内中にさらなる熱気を振りまき続けていた。
『────というわけで! 料理部の特製クレープバー、非常に美味しそうでしたね! 画面の前の皆様もぜひ足を運んでみてください!』
『あの、鶏島さん。私もああいう食べ歩きグルメレポートみたいなのがしたいです。ずっとスタジオに引きこもりっぱなしじゃないですか』
『ダメです。そんなことをされたら、中継中の間、私がここで一人きりでずっと喋っていなきゃならなくなるじゃないですか』
『……今も大体そんな感じのような……?』
『ハハハハ! そんなことはありませんよ! 大口さんがそこにいて、絶妙な呆れ顔を見せてくれるからこそ、私の喋りも映えるというもの──おや? どうやらここで、映像放送局に臨時の速報が入ってきました』
スピーカーから流れる鶏島の声のトーンが、わずかに野次馬根性を含んだものへと変わる。
『現在、二年生の2-Cで展覧されている『石の展示会』において、あろうことか本物の【アンモナイトの化石】が展示されているという情報が入ってきました! 皆様、この機会に一度、太古のロマンを見に行かれてみるのはいかがでしょうか?』
『えっ、化石!?化石って展示するのに何か許可とか法律の縛りって要りませんでしたっけ?』
『お、大口さん、なかなか鋭い着眼点ですね。一般的に化石は拾得物扱いになりますから、他人の私有地から無断で持ってきたり、国の保護地域から勝掘り出したりしたら一発アウトになります。あとは、小さなものなら見逃されても、歴史的・学術的価値のあるものはNGだったり……まあ、色々と複雑な大人の事情がありますが。我が北王子学院の生徒なら、その辺はきちんとクリアしているでしょう!』
『そうですよね。もし万が一、他所の所有地から無断で持ってきたり、許可なく持ち出したりしていたら……最悪の場合、警察沙汰になっちゃいますものね』
『ハハハハ! まあ、警察が動くその前に、うちの学院には誇り高き『規律』局がありますからね。そっちに捕まってグラウンドを永遠に外周させられてると思いますけどね!』
その時、ちょうど地学室から自分たちの教室の近くまで戻っていた真、宇賀、兎束、そして虎猪教諭の四人は、廊下のスピーカーから大音量で流れてきたその会話を、一言一句漏らさず鼓膜に叩きつけられる形となった。
ピキリ、と宇賀の身体が完全に凝固する。
「……お、おい。まこと……。なんか今、放送で、俺の石のことが、全国ネット並みの規模で大拡散されてねえか……?しかもまだアンモナイトの化石だって確定してねぇのに!?どう言うことだ!?どこから話が漏れた!?」
今にも魂が口から抜け出しそうなほど顔面を蒼白にさせ、慌てる宇賀が、ロボットのような動きで真の肩をガシッと掴んだ。
「お、落ち着いて琥太郎。まだ『本物』って決まったわけじゃないから……!」
「『いや、問題はそこじゃないでしょうに』」
真の隣で、まどかが呆れたように額へ手を当てる。
「『どう考えても、あの放送局の連中が『面白そうだから』って理由だけで勝手に嗅ぎ回ってるのが問題なのよ。まったく、彼ら本当は情報伝達機関じゃなくて愉快犯集団なんじゃないの?』」
「う、うわぁ……。なんかあたし、急に胃が痛くなってきたかも……」
兎束も引きつった笑みを浮かべながら、自分の腹部を押さえていた。
その横では、宇賀が完全に「終わった人間」の顔になっている。
「や、やっぱりダメなやつなんじゃねぇかぁぁ……っ! 俺まだ高校生だぞ!? 前科持ちロックバンドマンとか嫌すぎるんだけど!? デビュー前に解散だぞ、おい!!」
「いや、まだ何も確定してないからね!?落ち着いて琥太郎」
「『というか、なんでコタローの思考回路は、『注意される』を飛び越えて即座に『前科持ち』まで行くのよ……』」
半泣きで半狂乱な状態で頭を抱える宇賀に、真とまどかが同時にツッコミを入れる。
そんな彼らのやり取りを見ていた虎猪教諭は、ふっと苦笑を漏らした。
「ははは。随分と大事になってしまったようですね」
「す、すみません先生……」
「いえいえ。学芸祭ですからね。放送局としても、目玉になりそうな話題には飛びつきたいのでしょう。……まあ、少々フライング気味ではありますが」
言葉こそ穏やかだったが、虎猪教諭の笑顔の奥には、ほんの僅かに「あとで放送局に話をしておこうかな」という教育者の圧が滲んでいた。
たぶん鶏島を含め、放送局員達は後で怒られることになるだろう。
真はそう確信した。
「と、とにかく先生! 俺、捕まったりしませんよね!? 大丈夫ですよね!?確かに昔は悪ぶってたけど、わりぃことだけには手を出したことがないのが自慢なッスよ!前科持ちは嫌ッスからね!」
「ええ。少なくとも、現時点で宇賀くんが怯える必要はありませんよ」
虎猪教諭は安心させるように穏やかな声で言った。
「まず重要なのは、『それが本当にアンモナイトなのかどうか』。次に、『仮に本物だったとして、どういう経緯で入手されたのか』。この二点です」
「そ、そうっスよね……!」
「君の話を聞く限り、採掘体験のような施設で、持ち帰り可能な石として入手したのでしょう? ならば、よほど特殊な事情でもない限り、即座に法的問題へ発展するようなケースは考えにくいですよ」
「う、うおおおお……っ」
宇賀が露骨に安堵の息を漏らす。
しかし。
「ただし──」
「ぴぇっ!?」
虎猪教諭の続く一言に、宇賀の肩が再び跳ねた。
「もし本当に学術的価値の高い標本だった場合は、施設側も『知らずに渡してしまった』可能性があります。その場合、双方で確認を行ったり、返却や調査の相談になる可能性はありますね」
「うわぁぁぁぁ……っ!」
「『あら、また死んだわね』」
ジェットコースターのように感情を上下させる宇賀を見て、まどかが妙に冷静な感想を口にした。
そんな騒ぎをしているうちに、一行は2ーCの教室前へと辿り着く。
すると。
「……え?」
真が思わず足を止めた。
教室前の廊下に、人だかりができていたからだ。
しかも、その人数は明らかに「なんとなく立ち寄った」レベルではない。
「おい、マジでアンモナイトあるらしいぞ」
「え、すご。どれどれ?」
「SNSで回ってきたんだけど、2ーCの石展示、なんか急に『博物館化』してるって」
「放送局の速報聞いて来たー!」
わらわらと集まり始める生徒たち。
数分前まで「誰が来るんだこんな展示」と言われていた石展示コーナーは、まさかの大盛況を迎えていた。
「……まこと」
「うん」
「俺、逃げていいか?」
「駄目だよ」
宇賀が真顔で逃亡を提案し、真も真顔で却下する。
すると、その時。
「――おやおや。これは随分と賑わっていますねぇ」
廊下から、場違いなほど楽しげな声が聞こえてきた。
人混みをかき分けるようにして現れたのは、見慣れた白衣姿。
数学教師・小角だった。
「虎猪先生までいらっしゃるとは。どうやら噂は本当だったようですね」
「小角先生……」
「いやぁ、放送局の速報を聞いた時は耳を疑いましたよ。『石展示で本物の化石疑惑発生』など、学芸祭の催しとしては……北王子学院生徒らしいとも言えなくもないですからねぇ」
面白がっている。
この人、完全に面白がっている。 真は即座に理解した。
「というわけで私も興味本位で見学に来たのですが――」
小角はそう言いながら、机の上の渦巻き石へ視線を落とし。
次の瞬間。
「……ほう?これは……」
その細い目を、僅かに見開いた。
空気が変わる。
ほんの一瞬だけ、先ほどまでの軽薄そうな雰囲気が消えた。
数学教師としてではなく、『学者』が未知の問題を前にした時のような鋭い視線。
それを見た虎猪教諭も、ゆっくりと石へ近づいていく。
「では――改めて、私も確認してみましょうか」
学芸祭の喧騒のど真ん中で。
ただの『石の展示』だったはずの2ーCの出し物は、いつの間にか、展示会にいる人間が固唾を飲んで見守り、注目を集める中、奇妙な鑑定会へと変貌し始めていた。
虎猪教諭は自前の綿の手袋をはめ、机の上へ静かにその渦巻き石を持ち上げた。
先ほどまで騒がしかった教室の空気が、まるで試験開始直前のようにすっと静まり返る。
集まっていた生徒たちも、固唾を呑んでその様子を見守っていた。
「ふむ……」
虎猪教諭は巨体に似合わぬほど繊細な手つきで石の表面を指先でなぞる。
螺旋状の溝。
断面に見える複数の隔壁。
そして規則的すぎる曲線。
それらを確認するたびに、教諭の目が徐々に真剣なものへ変わっていった。
隣では小角も腕を組み、興味深そうに覗き込んでいる。
「……どうです、虎猪先生?」
小角が静かに問いかける。
虎猪教諭はすぐには答えなかった。
代わりに、石を光へ透かすように持ち上げ、別角度から観察を続ける。
そして数秒後。
「──少なくとも、『ただの石』ではありませんね」
その一言で。
教室内の空気が一気にざわついた。
「うおっ、マジか!」
「え、本当に化石なの!?」
「すげぇ、本物!?」
「2-C、急に博物館になってんだけど!」
歓声とざわめきが一斉に爆発する。
一方。
「あ、終わった……」
宇賀だけが、魂の抜けた顔で膝から崩れ落ちていた。
「まだ終わってないからね!?」
「『むしろ今から始まるのよ、コタローの場合』」
真とまどかの容赦ないツッコミが飛ぶ。
そんな騒ぎの中、虎猪教諭は苦笑しながら言葉を続けた。
「落ち着きなさい。まだ『アンモナイトである可能性が高い』という段階です。正式な鑑定機関に出したわけではありませんからね」
「で、でも先生。かなり本物っぽいんですよね……?」
兎束が恐る恐る尋ねる。
虎猪教諭は頷いた。
「ええ。少なくとも、自然にできた風化模様では説明しづらいですね。螺旋構造も非常に綺麗だ。保存状態も悪くない」
「う、うわぁぁぁぁ……っ」
宇賀が再び頭を抱える。
もはや情緒がジェットコースターどころかフリーフォールだった。
小角はそんな宇賀を見下ろしながら、楽しそうに肩を揺らした。
「いやはや。まさか学芸祭で化石鑑定ショーが始まるとは。実に北王子学院らしいカオスぶりですねぇ」
「笑い事じゃねぇっスよ先生ぇ……!」
「安心してください。少なくとも現段階で君が逮捕される確率は極めて低い」
「その言い方やめてください!? 『ゼロ』じゃない感じが逆に怖いんですけど!?」
小角のフォローになっているのか怪しい慰めに、宇賀が半泣きで叫ぶ。
その時だった。
「失礼しまーす! 放送局です!話題の化石の取材に来ました!」
教室の入り口から、場違いなほど元気な声が響いた。
人混みが左右へ割れる。
そこに現れたのは、片手に小型カメラを持った放送局員。
「やはり来たか……」
真が小さく呟く。
まどかも呆れた顔でため息を吐いた。
「『本当に嗅覚だけは猟犬並みね、彼ら』」
放送局員は教室内の異様な熱気を見るなり、目を輝かせた。
「おおっ! これはこれは! 既にちょっとした人だかりになっているじゃあ~りませんか! いやぁ、速報を流した甲斐がありましたねぇ!」
乱入してきた放送局員は悪びれもなく誤報放送をしていたことを宣う。
「では現場から生中継でお送りしましょう! 放送局本部、放送局本部。学芸祭開始早々、とんでもないロマンが発掘された2ーCより、現場の白鳥です!」
「やめろぉおおおお!!」
宇賀の悲鳴が教室中に響き渡る。
だが、その叫びすら周囲の盛り上がりに飲み込まれていく。
学芸祭。
青春。
文化祭特有の熱狂。
その全てが混ざり合う中で。
ただの『石の展示』だったはずの2-Cは、いつの間にか学院中の注目を集める、『太古のロマン展示会』へと変貌してしまっていた。




