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No.59 祭典のアナウンス、あるいは未完の箱庭




 No.59 祭典のアナウンス、あるいは未完の箱庭




 学芸祭の開始を告げるチャイムが鳴り響くと同時に、校内すべての大型モニターとスピーカーが一斉に起動した。


 画面に映し出されたのは、もはや生徒たちにとってお馴染みとなった、あの息の合いすぎている放送局の凸凹コンビだった。


 『さあ皆様! 今年もやって参りました学芸祭! 個人、クラス、クラブが定番なものから奇抜なものまで、古今東西津々浦々、まさに多種多様な催し物が出されております! そして体育祭に引き続き、この学芸祭における皆様の案内役として、映像放送局員・鶏島保と──』


 『……大口一子が、お送りさせていただきます』


 『おや? 大口さん、今回は前回の体育祭のような緊張が一切見られませんね。さすがにあの修羅場を経て、マイクの前にも慣れましたか?』


『ええ、まあ……慣れたと言うか、あの阿鼻叫喚の中で慣れざるを得なかったと言うか……』


 『素晴らしい! 順応性抜群ですね! でしたら今回の学芸祭では、大口さんに様々な無茶振りをぶつけてどう答えるかという、リアルタイム大喜利的な企画を──』


 『本当に、それだけは絶対にやめてください』


 『ハハハハ! これくらいの急な対応に付いていけないようでは、我が放送局員は勤まりませんよ!』


 『……私、高校最後の一年だからと思って思い切って入局したのに、もしかして入る場所を根本的に間違えたのかな……』


 『安心してください大口さん、死なば諸とも地獄の先まで! それでは、第十回北王子学院学芸祭─────は~じま~るよ~~』


 『ちょっと!? なんですか、その某動画サイトみたいな、ゆっくりと気の抜けた掛け声はーーーっ!?』


 相変わらずの全力疾走な悪ノリを見せる鶏島と、それに完全に巻き込まれながらも鋭いツッコミを返す大口。


 体育祭の地獄を共にした放送局凸凹コンビの軽快なオープニングトークは、一瞬にして学院全体の空気を完全に「お祭りモード」へと塗り替えていく。


 教室内では、端末の画面から顔を上げた生徒たちが、その漫才のようなやり取りにクスクスと笑い声を漏らしていた。


 第十回北王子学院学芸祭の幕が正式に上がると同時に、校舎内は一気に喧騒に包まれた。


 お目当ての模擬店や展示へ向かって多くの生徒たちが廊下へと飛び出していく中、真たちはのんびりと構えていた。


 自分たちのクラスの出し物である『石の展示』をぐるりと囲み、まずは廊下の混雑が落ち着くのを待つつもりだったのだ。


 とはいえ、ただ適当に拾ってきた石が並んでいるだけかと思いきや、机の上に並んだコレクションは意外にも見応えのあるものになっていた。


 「『まこと、まこと! ちょっとこれ見て頂戴、すごいのよ! 人の顔よ、人の顔!』」


 空中を浮遊するまどかが、一つの石を指差してはしゃいでいる。


 偶然そのように削れただけの代物だが、確かに言われてみれば不気味なほど人の横顔に似ていた。


 「……本当だ、すごいね。あ、こっちの石は宝石っていうか、たぶん鉱石じゃないかな。綺麗な層状の縞模様があるから……おそらく瑪瑙石だと思う」


 「まことくん、まことくん! こっちの透き通ったやつも綺麗じゃない!?」


 今度は兎束が目を輝かせながら、一際輝く透明な石を指差す。


 真はそれを覗き込み、記憶の中の知識と照らし合わせた。


 「あ、そっちはクォーツ石だね」


 「おーい、お前ら。置いてくぞー」


 すっかり石の観察に没頭して楽しんでいる真と兎束、そしてまどかを他所に、宇賀だけが退屈そうに首の後ろを掻きながら声をかけてくる。


 「あ、ごめん。うん、行こうか。……そういえば琥太郎はどんな石を持ってきたの?」


 「俺か? 俺のはそこにある、なんか全体的にぐるぐると渦巻き模様があるやつだ」


 宇賀が顎でしゃくった先には、拳大の、妙に渋い灰色をした石が置かれていた。


 「へぇー、これ……」


 真がその石を手に取り、じっと観察する。


 「『どうしたの、まこと?』」


 真の顔つきが急に真剣なものに変わったことに気づき、まどかが顔を覗き込んできた。


「……僕の、気のせいかな。これ、どう見てもアンモナイトの化石に見えるんだけど……」


 「はいぇ? ないない! 宇賀がそんな学術的に価値のありそうなもの持ってこれるはずないじゃない。もう、まことくんたら冗談が上手いんだから」


 兎束が手を振って笑うが、真の目は笑っていなかった。


 石の表面に刻まれた、あまりにも規則正しく美しい螺旋の溝。


 これは自然の風化でできるような代物ではない。


 「……そうだよね。ねえ、琥太郎。これ、本当にどこで拾ったの?」


 「それか? 確か……あー、昔、親父に連れられて行ったなんか石を掘り起こす作業場みたいなところで、記念に持って帰っていいぞって言われて貰ったやつだったはず」


 宇賀のその言葉を聞いた瞬間、真の中で一つの確信がパチリと音を立てた。


 「そのとき、そこの施設の人に、この『渦巻きの石』を個別に確認とかは……?」


 「しなかったと思うぞ。そこら辺に転がってたやつを、適当にポケットに突っ込んで持って帰ってきただけだし」


 宇賀のあまりに無頓着な告白に、真、まどか、そして事情を察した兎束の三人は、揃ってパチンと額に手を当てた。


 「琥太郎……これ、他を回る前に、一応地学の虎猪先生に見てもらいに行ってもいいかな?」


「別に構わねぇけど……。どうした?そんなに慌てて、職員室に行ってもなんもねぇだろう?」


 首を傾げる宇賀に、兎束が呆れ果てたようなジト目を突きつける。


 「このおバカ。もしこれが本物の化石だった場合、大人の事情で色々とトラブルになる可能性があるのよ!」


 「はあ!? だって俺、持ってていいって言われたやつだぜ?」


 「それは『普通の石なら』でしょ! これはそれを個別に確認してないじゃない。化石っていうのはね、掘り出した土地の所有権とか、国の文化財保護法とか、色々な法律が絡んで揉める可能性があるの!」


 「マ、マジかよ……」


 兎束の容赦のない法律の突っ込みに、宇賀は一気に対面した教員騎馬を見た時のような顔になって戦慄した。


 「だから、一応ね。確認だけ」


 「お、おう……そうだな。頼むわ、まこと……」


 「『偽物──ただの悪質なレプリカか、よく似た奇石であることを祈りなさいな、コタロー』」


 学芸祭の華やかな幕開けから一転、宇賀のやらかしによって、真たちはまず地学準備室へと足を運ぶ羽目になるのだった。


 華やかな模擬店や賑やかなお化け屋敷の看板を横目に、真たちは足早に地学室へと向かった。


 地学室の前まで来ると、そこには『地学部・十王市地質調査と立体模型展示』という渋い看板が掲げられており、中ではいくつかの精巧な展示が行われているようだった。


 室内に一歩足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、部屋の中央に鎮座する巨大な十王市の立体模型。


 そして、その奥のパイプ椅子に、まるで置き物のようにドカリと座っている巨漢の姿だった。


 地学教諭というよりはラガーマンかプロレスラーと言われた方がしっくり来るその男──虎猪(とらい)教諭は、生徒の姿を認めると、その強面こわもてにとても紳士的な笑みを浮かべて立ち上がった。


 「おや? 正直、午前中は誰も来ないと思っていましたが。早速の展示見物人が現れるとは、実に幸先がいいね」


 「あ、虎猪先生。良かったです、先生を探していたんです」


 「僕をかい? 一体なんだろうね。僕に答えられるようなものならいいけれど」


 昨日の体育祭では、その豪腕で生徒の騎馬をまとめて薙ぎ倒していた「筋肉のバケモノ」の一角。


 しかし、普段の彼は驚くほど物腰が柔らかく、知性にあふれた教え上手な先生だった。


 「実は、僕たち2ーCも教室で展示を行っているんですが……その展示物が『石』なんです」


 「ほう、それはまた変わった、しかし実に風情のある趣向ですね。後でぜひ見に行かせていただきますよ」


 「ありがとうございます。それで、その……本題なのですが。こちらの宇賀くんがクラスの展示用に持ち込んできた石の表面に、どう見てもアンモナイトの化石のような模様がありまして。虎猪先生ならそうした知見がおありだと思い、確認をお願いしたくて伺いました」


 「ほうほう、それはそれは。それは偶然見つけたのかい? それとも──」


 「ぐ、偶然ッス! 先生、マジで偶然のただの石ころだと思ってたんです! だけどまことが急に化石だ法律だって言うから……一応、本当に一応の確認を先生に!」


 横から宇賀が、引きつった笑みを浮かべながら必死に弁明する。よほど兎束に脅された「大人の事情」が怖かったのだろう。


 「ははは、なるほど。分かりました。では早速見させてもらいましょうか。その石はこちらに? それともクラスの教室ですか?」


 「クラスの方です。お手数をおかけして申し訳ありませんが、ご足労いただいてもよろしいでしょうか」


 「ええ、構いませんよ。なに、入り口に『不在』の看板を一枚置いておけば、こちらの展示は問題ありませんからね」


 虎猪先生は快く頷くと、手際よく準備を始めた。


 「ありがとうございます。……(姉さん、行きますよ)」


 真は先生にお礼を言いつつ、地学室の中央にある十王市の立体模型を、なぜか食い入るように熱心に見つめていたまどかへ小声で声をかけた。


 先生を先頭に、真たちは自分たちのクラスへと再び引き返していく。


 「『……ねえ、まこと』」


 廊下に出てすぐ、並んで歩くまどかが、怪訝そうに眉をひそめて真に話しかけてきた。


「『あの地学部の模型、街並みも地形もすっごく精巧に作ってあったんだけど……。なんで、あそこだけきちんと作られてないのかしら?』」


 「……え?」


「『ほら、あの──空因寺の周辺のエリアよ。あそこだけ、まるでまだ未完成みたいに、妙に大雑ざっぱに、歪に作られていたのよね……』」


 姉のその言葉に、真は歩きながら、胸の奥が冷たく締め付けられるような奇妙な違和感を覚えるのだった。








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