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No.158 比翼の残滓、あるいは朱き鳳凰の記憶




 No.158 比翼の残滓、あるいは朱き鳳凰の記憶




 「宇賀。代わりにもらってきてあげたわよ、感謝しなさいよね。……って、あれ? 如是和尚さま。こっちまで下りてきて、いつもならお寺の方にいるのに」


 兎束が宇賀の代わりに腕章を着けた一団からトングやビニール袋を受け取ってこちらへと戻ってくると、彼女の視線が、場にそぐわぬ飄々とした空気を纏う和尚に止まり、驚きに瞬きを繰り返す。


 「おう、サンキュー兎束。ああ、和尚はいつもの新人を見に来て、イミフな言葉を言ってるところだ」


 宇賀が兎束から掃除道具を引ったくりながら、肩をすくめる。


 その言葉に、彼女は「ああ、なるほどね」と、この街の住人特有の諦念を含んだ納得を見せた。


 そんな若者たちのやり取りを他所に、和尚――如是(にょぜ)は、真の背後の「何もないはずの景色」を見つめ続けていた。


 そして、徐に自らの青々とした頭を軽く叩く。


 「そのように見つめられていると、拙の禿頭にさらに磨きが掛かってしまいますな、あっはっはっはっ」


 自虐的なのか、それとも親父的なギャグなのかわからないネタをふる和尚に対し宇賀と兎束は、白い目を和尚へと向けていると、和尚は更に笑い声をあげていた。


 「あらあら、和尚さんは学生さん達と仲が宜しいのね」


 少しばかり山の空気とは違う空気が流れていた場所に、先ほど拡声器越しに聞いた、穏和でありながら重みのある声が届いた。


 「おお、千鶴どの。もしや拙に何か用が?」


 「ええ、鳳グループからいくらここの管理をお任せしているとはいえ、ご苦労を掛けている部分もあるでしょう」


 「いえいえ。拙のように根無し草だった僧に、雨露をしのげる屋根。さらには定期的に送られてくるお供物。これ以上の贅沢を言えば、仏罰が当たります」


 和尚は左手のみの合掌を千鶴に向けて頭を下げ、その半開きの目は、伏せられながらも千鶴の足元、あるいは彼女の背後に広がる森の深淵を見据えているようだった。


 「ふふ……。あなたは相変わらず、物事を『あるがまま』に捉えるのがお上手ね」


 「あっはっはっはっ、『あるがままに世は移ろう』、それが拙ですからな。時に、紅太郎氏がお忙しいと耳にしましたが」


 和尚の問いに、千鶴の柔和な表情が、一瞬だけ翳った。


 「……ええ。立て続けだった上、特に、あの子に目を掛けていましたから、少なからず動揺はあるとは思うのですが、ああ言う人ですからね、私の方で少しでも負担を軽くできないかと」


 「……そうですか。どうかご自愛くださいと拙が申していたと」


 「ええ。わかりました。あら、ごめんなさい。どうやら時間のようなので、ここでお暇させてもらいますね」


 千鶴の背後で黒服の男が「奥様」と、短くも促すように声を掛ける。


 彼女はそれだけで意図を察し、優雅に話を切り上げた。


 千鶴を乗せた黒塗りの高級車が、轍一つ残さないような静かさで、しかし圧倒的な威圧感を伴って山を下っていった。


 「……おお、なんか、お偉いさんの会話で口はさめなかったぜ……」


 宇賀が首の後ろをさすりながら呟くと。


 「……実際要人の奥さんだからね、あの方……」


 兎束がそれに反応するように同じく呟いた。


 「あっはっはっはっ。心配めさるな、宇賀の坊。虎は去りましたぞ。……さて、残された拙らは、猫の手を借りる勢いでゴミを拾うとしましょうか」


 和尚が笑いながら掃除を始めましょうかと声を掛けると、宇賀は手を横に振り。


 「いやいやいやいや。さっきなんかスッゲー気なること言ってたじゃん。えっ? なに? 立て続けとか、あの子がとか、なんかお家問題みたいなのあるの?」


 「宇賀! 他所さまの家庭内に首突っ込まない!」


 兎束の叱咤に宇賀は諦めきれないと言うように反論する。


 「だって気になんねぇ? ワン子に聞いたらこれ絶対情報料取られる話だぜ」


 「うっ、それは……そうだけど、だからって……」


 「あっはっはっはっ。知りたいと言うのは己の『欲』に素直であると言うことで、大変結構ですが……されど宇賀の坊、時には『知らぬこと』が最大の財産になることもありますぞ。重すぎる荷物を背負えば、山は登れませぬ」


 和尚はさりげなくこの話を切ろうとしているが、宇賀の空気の読めなさ、もしくは読んでなおこうなのか。


 「おう。重い荷物なら去年も持った。今年も持つから話してくれ、和尚」


 宇賀の言葉に和尚のその細目が少しだけ見開き。


 苦笑した笑みを見せる。


 そして顎を擦りながら、森の合間から見える空を見上げ、歴史の封印を解くように語り始めた。


 「……十王市の『御三家』と言うのをお主たちは知っておるか?」


 和尚の言葉に宇賀と兎束は二人して顔を見比べ、互いに知らないと首を横に振る。


 その様子に和尚は何処から話したものかと、暫し思案した。


 和尚の語った歴史は、この街の血脈そのものだった。


 「……この十王市には、古くから御三家と呼ばれる三家が存在している。ひとつ『神仏の天虎(たかとら)』家。ふたつ『政界の神蛇(かんじゃ)』家。そして最後にお主たちもよく知り、先ほどお会いした千鶴どのの夫君、鳳紅太郎氏が率いる『財界の(おおとり)』家の三家が…」」


 その後、和尚からの話しはこう言う話であった。


 古くから存在する御三家、かの家はこの十王市にとって心臓であり。


 肉であり。


 骨であったと。


 神仏の天虎家は十王市の人々の心の支えとなる、信仰や精神性を司る家系。


 この如是山、学院の敷地含めた各土地の地主でもあった一族。


 しかし十数年前に家の事情と人々から神仏の敬いが薄くなったことを切っ掛けに、持っていた土地の殆どを同じ御三家である鳳家に売却したと、その際、この山近辺の開発はせずあるがままに残して欲しいと嘆願していたと言うことらしい。


 そして天虎家の生家としても使われていた寺院は、現在和尚が管理と言う名の譲り受けをしている。


 そして次に政界の神蛇家は、政界の名の通りに行政や法を司る家系、現在ではここ、十王市ではなく。


 中央で活躍してる。


 宇賀や兎束が「あのテレビの、政治家」と、驚き知っている程の人物となっている。


 そして最後に鳳家。


 元々商家の出であるこの家は、才気有るものを当主として宛がうことで、発展してきた一族。


 その系譜は外から見れば歪。


 内から見れば合理性の塊のような家柄。


 それは十五になるまでの男子の子供が、他の子供より優れた才を持ったものであるなら、そのものを次期鳳の当主として扱うものとする、その際に以前の名前、この場合幼名として扱われ、新たに雛から成鳥となると言う意味合いが取られ、鳳の一族を率いるものとして、ただひとりに与えられる『鳳』の名。


 またその妻となるものは『凰』の文字を与えられ、二人で一羽、つまり『鳳凰』となり。


 家を維持し、発展させていくその姿は、正に比翼連理のような立場となる。


 それと、鳳の名を与えられた者は、その才を表すかのように『色』の付く名前が与えられる。その際に『赤(紅)、青(蒼)、黄(金)、白(銀)、緑(翠)』これらの色を名に持つ者は、取り分け優れた麒麟児として、一族の期待を一身に背負うことになる。


 そして現在当主は一度下りた筈の紅太郎が取り仕切っている。


 その理由は立て続けに当主となった者達が死亡しているからであった。


 和尚は、まるで目の前で灯火が消えるのを見届けるような、寂しげな目をした。


 ひとりは医学に才が有ったもの、名を『紫月』。


 その才で多くの病を克服できていたことであろうが、その本人は病死と言う結果で幕を閉じてしまった。


 「……紫月どのは、命の理を解き明かそうとして、命に嫌われてしまいました」


 「鳳紫月……あたし聞き覚えがあるかも、確か三十年くらい前の人で、ものすごい名医の人がこの町にいたって、『死に神から命を買い戻す手を持つ』なんて、子供たちの間で噂になるほどの人だったって、お母さんから聞いた覚えが」


 「……紫月どのだけではありませぬ。その後、ひとりで鳳凰とならんほどの才ある子が生まれました。その者は生まれながらにして言葉を介し、齢五つにして、大学の学業を全て履修するほどの理解力を持ち合わせ、様々な分野にまで精通する程の才女が……」


 「才女……? あれ? 和尚さっき鳳は男しかなれねぇって言ってなかったか? それとも奥さんの方がめちゃくちゃ優秀だったとかか?」


 和尚は、まるでその色の光が今も目の前にあるかのように、眩しそうに目を細めて言いました。


「……左様。本来、鳳の名を与えられる者は男子のみ、その伴侶となる者に『凰』を与え、互いに寄り添う一羽の鳥、鳳凰となる比翼の理……。ですが、彼女はたった一羽で、天を統べる鳳凰であらんとした。そのあまりに惜しい才に、紅太郎氏は鳳グループの反対を鶴の一声で押さえ込み、彼女が鳳の名を冠することを許したのです。ゆえに、彼女に与えられた名は鳳の理から外れた、しかし最も鳳らしい色……」


 和尚は少しだけ視線を落とし、言葉を選ぶようにしてこう続けました。


 「……『(おおとり) 紅緒(・べにお)』。 紅太郎どのと同じ『紅』を冠しながら、その実、一族の誰よりも深く、鮮烈な赤を纏ったお子でした」


 「鳳…紅緒……先輩? あれ? もしかして五年前の生徒会長だった鳳紅緒先輩の話ですか? 確か雨の日に猛スピードで突っ込んできた車に撥ねられたって、当時話題になってんで覚えてます」


 兎束は自分の記憶から知る名前を思い出すと、和尚に正しいかを尋ねた。


 和尚は兎束かの問いが正しいと言うように深く頷く。


 「なんだよ兎束、お前その人のこと知ってんの?」


 「ばか! 宇賀だって知ってなきゃおかしいでしょう。今の北王子学院の『ポイントシステム』の根幹を作り上げた人よ」


 「左様。彼女が今の北王子学院の在り方を作り、紅太郎氏が彼女の足跡を残すように、その後を維持していると言うわけですな。紅太郎氏は間違いなく紅緒女史は鳳の歴史を変える者だと確信していました。それゆえに期待もあったがゆえ、その落胆も計り知れないものでありましょう」


 伝説の才女。


 あまりに強すぎたその『色』は、五年前、雨の日のアスファルトに散った。


 和尚は、まるで今もその場に鮮血が流れているかのように目を伏せ、片手で静かに合掌した。


 「……はあぁ、そんな人が俺らの先輩に居たんすっね。知らんかった…。まことは知ってたか?」


 宇賀はここまで一切会話に参加してこなかった真に尋ねる。


 しかし振り返るも真の姿はどこにもなかった。


 「うむ。かの新たな風の者は、千鶴どのが来られた辺りから、既に『清掃』という自らの役目へと向かわれましたな」


 「あ、あいつ……!?  マジかよ、こんな大事な話の途中で……!  おい、まことー! どこ行ったんだよ!」


 「あはは……まことくんらしいと言うか、なんて言うか」


 宇賀と兎束は他の生徒も清掃活動に勤しんでいることを知ると、自分達も行わなくてはと、和尚に軽く頭を下げ。


 真を探しながら清掃活動を始めるのであった。


 「……さて、此度の風は、如何なる道筋へと至るのであろうな───色即是空、空即是色。あるがままに世は移ろう」


 そんな二人を見送りながら和尚はポツリと呟き、寺院へと戻っていくのであった。




















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