No.61 筋肉の布陣、あるいは今しかない青春
No.61 筋肉の布陣、あるいは今しかない青春
午後のグラウンドに響き渡るスピーカーからの絶叫は、もはや実況というよりは、戦場からの悲痛なレポートへと変貌を遂げていた。
『す、凄まじいほどの圧倒的暴虐! 戦場には勇敢に戦い、そして散っていった戦士たちの死屍累々とした姿が横たわっております! まさに重戦車! まさに肉の砦! 大人げないとは、大人げないとはまさにこの事だぁああっ!!』
『あ、あれってルール的には本当にありなんですか……っ!?』
『問題ありません! 我が北王子学院ローカルルールにおいて、騎馬の上に立つ者だけでなく、騎馬本体が相手に故意による怪我をさせた場合は即失格ですが、それ以外であれば基本的には何でもありのバーリトゥード! つまり、あれは『ありありのあり』なのであります!』
『ええぇ……っ! じゃああれ、一体どうやって勝てばいいんですか? あの先生たちに勝てるイメージが、私には全く湧かないんですけど……!』
『そこはほら! 少年漫画の三大原則、努力! 友情! 勝利というお約束な展開を期待いたしましょう!』
『つまり、ご都合主義でも起きない限りは100%無理だと!?』
『ハハハ! 私はそんなことは一言も言ってませんよ! ほら、宝くじだって買わなきゃ当たらないっていう理論と同じです!』
お昼休みの終わりに宇賀が戦々恐々と口にしていた「クラス対抗騎馬戦」は、蓋を開けてみれば、生徒たちの予想を遥かに超えた絶望的なワンサイドゲームと化していた。
それもそのはず、生徒たちの前に立ちはだかったのは、同じクラスのライバルたちなどではなく、体育祭を盛り上げるために急遽参戦した、学院の「教員選抜騎馬」だったのだ。
グラウンドの中央で、すでに帽子を奪われ、文字通り地面に這いつくばっている生徒たちは、芝生を 噛み締めながら呪詛のように声を漏らした。
「くそ……無理だって、あんなの……。数学の小角に、英語の大熊、地学の虎猪。さらに美術の竜口まで……。小鬼に熊に虎と竜……って、ここはアニマル動物園かよ、クソッタレが……ッ!」
悪態をつく生徒のすぐ近くで同じく撃沈された他クラスの男子生徒たちも、もはや怒りを通り越して、畏怖の念すら混じった目で教員騎馬を見上げていた。
「卑怯だろ、あれは……っ! 上の人間を支える騎馬が、片手だけで完全に固定してやがる……。それで空いたもう片方の手で、近づく生徒を片っ端からラリアットで薙ぎ倒していくんだぞ……っ!」
「……ああ。まさに筋肉の千手観音だ……。奴らは人間じゃねえ、プロの教育者っていう皮を被った、ただの『筋肉のバケモノ』だ……ッ!!」
教員チームの騎馬を形成しているのは、小角、大熊、虎猪という、いずれも学内屈指の体躯を誇る、いわゆる「筋肉派」の男性教諭たち。
その上に、美術担当であるにもかかわらず一番身軽で体幹のバケモノである竜口が不敵な笑みを浮かべて君臨している。
生徒たちの突撃を文字通り肉の壁で弾き返し、近づく騎馬の帽子を片手で次々と毟り取っていくその姿は、まさにスピーカーから流れる実況通り「大人げない」の極みであった。
観覧席からその光景を見下ろしていた真は、あまりにも理不尽な光景に思わず乾いた笑みを漏らした。
「……これ、本当に学生の体育祭なのかな」
「いや、もう完全に『イベントボス討伐戦』でしょ、これ」
「『さすがシークレット競技ね。競技じゃなくて、競技参加者がシークレットなのが、この学院らしいわ』」
隣で兎束が半笑いになりながら断言し、まどかはどこか呆れ顔で肩をすくめていた。
実際、グラウンド中央では、挑みかかる生徒騎馬が次々と返り討ちに遭っていた。
真正面から突撃した騎馬は、小角と大熊の圧倒的フィジカルによって真正面から押し返される。
横合いから帽子を狙った別クラスの騎馬は、虎猪の豪腕による薙ぎ払いでまとめて吹き飛ばされる。
そして、どうにか接近に成功した数少ない騎馬すら、上空で待ち構えていた竜口によって帽子を掠め取られ、無情にも脱落していった。
『またまた一騎撃沈ッ! 二年四組、果敢にも背後から奇襲を仕掛けましたが、教員騎馬の鉄壁、いや筋肉の布陣を崩せない! いやぁ素晴らしいですねぇ! 大人の圧倒的暴力!』
『褒めていい暴力なんですか、これぇ!?』
『安心してください! あくまで教育的指導の範囲内です! たぶん!』
『最後の『たぶん』が不安しかないんですけどぉ!?』
鶏島の高笑い混じりの実況が、さらに場をカオスにしていく。
その頃には、もはやグラウンドの空気は「体育祭」ではなく、『巨大ボスに挑むレイド戦』の様相を呈していた。
「おい! 正面は無理だ! 横から囲め囲め!」
「竜口だけでも引きずり下ろせ! あの人さえ落とせばワンチャンある!」
「小角先生を止めろぉぉ!! あの人、一人だけ騎馬じゃなくて戦車なんだよ!!」
敗走した生徒たちが半ば軍隊のように作戦を叫び合う。
しかし。
「ぬるい!鍛え方が足らんぞ、貴様らァ!!」
腹の底に響く大熊の怒声と共に、教員騎馬が真正面から突撃。
接触した瞬間、生徒側の騎馬が悲鳴と共に四散した。
『おおっとぉ!? 大熊教諭、まるで大型トラックのような突進力だぁぁぁ!!』
『きゃああっ!? い、今、何人か宙を舞ってませんでした!?』
吹き飛ばされた生徒たちが宙を舞い、グランドへと叩き落ちる。
『青春ですねぇ!』
『青春で済ませていい範囲を超えてますぅ!!』
実況席の温度差がひどい。
真は苦笑しながら、グラウンドの端でどうにか生還している宇賀の姿を見つけた。
彼は騎馬の一員として必死にしがみつきながら、涙目で何かを叫んでいる。
「うわ……琥太郎、本当に命懸けみたいになってる」
「あははは!」
兎束が吹き飛びながらも帰還した宇賀を大爆笑していた。
その時だった。
教員騎馬へ向け、複数クラス合同の騎馬が一斉に突撃を開始した。
『おおっとここで生徒側、まさかの共闘だぁぁぁ!! 『敵の敵は味方』理論! 実に少年漫画的展開ぃぃ!!』
『あっ、ちょっと熱い展開かもしれません……っ!』
左右前後、四方向から同時に襲いかかる騎馬。
さしもの教員チームも、一瞬だけ対応が遅れる。
その隙を突き、一騎の生徒騎馬が竜口の帽子へと手を伸ばした。
「取ったぁぁぁ!!」
歓声が上がる。
――が。
次の瞬間。
「甘い」
竜口が帽子を掴まれたまま、驚異的な体幹で騎馬の上に倒立するように立ち上がり、そのまま腕の力で心身宙返りで躱した。
そして、その反動を利用して相手側の帽子を逆に奪い取る。
静寂。
グランドに静かな風が吹き。
数秒遅れて。
「「「「うわああああああああっ!?」」」」
グラウンド全体から悲鳴とも歓声ともつかない絶叫が巻き起こった。
『何が起こったぁああ!! 竜口教諭の人間離れしたアクロバティック防御ぉぉぉ!!』
『も、もうあの先生、美術教師じゃなくてサーカス団員なんですけどぉ!?』
「……なあ、まこと」
「うん?」
「俺、あの人たちが普段『教育者』やってるの、急に怖くなってきたわ」
宇賀の魂の叫びが、グラウンドの端から風に乗って聞こえてきた気がした。
そして真は、阿鼻叫喚の騎馬戦を眺めながら、どこか可笑しそうに目を細める。
命の危険がないこの現状。
理不尽で、騒がしくて、馬鹿みたいに全力で楽しんでる。
それも皆が同じ時間を共有して笑い合っているこの光景は、間違いなく『今しかない青春』なのだと、真はほんの少しだけ実感し、喜びと言う名の感情を取り戻したように、屈託なく笑っていたのだ。




