第6話 カイルのためなら
カイルが先日任務で訪れ、ドグマと出会ったモリノス村。
その村の入り口に甲冑の擦れる音が規律正しく響いていた。教会の兵が、教会に反抗的な態度を示す彼らに制裁を与えるためにやってきたのだ。
村人たちは戸口を固く閉ざし、祈るように身を寄せ合っていた。
眩しいほどの朝日が照らす中、村の入り口に立っていたのは三人の少女達だった。
「来たわね。」
セイラが一歩前へ出る。緑の瞳に怒りを宿し、金色のツインテールを風に揺らす。
「何人来ようと関係ない。カイルのためなら凍らせるだけ。」
グレイスが銀髪をかき上げ、冷ややかに言い放つ。
マリナは微笑んでいた。けれどその瞳には、狩人のような鋭い光がを宿っていた。
「私たちがいる限り……村の人には指一本触れさせない。」
兵士たちの隊長が声を張り上げる。
「逆らう者は皆殺しにせよ! 突撃!」
掛け声と共に教会の兵士達が村に雪崩れ込もうとしてくる。
「シャイニング・バースト!」
爆ぜるような光が兵士たちを弾き飛ばし、鎧の上から衝撃を受けた彼らは膝をつき、呻き声を上げた。
続けて、グレイスが腕を振り下ろす。
「アイス・バインド!」
氷の蔓が地面から伸び、兵士たちの足を絡め取る。たちまち数十人が動きを封じられ、剣を振るうことすらできなくなった。冷気に包まれた兵士たちは震えながら、無理に動けば骨すら凍ると直感する。
「アクス・ノヴァ!」
その隙を突くように、マリナが光弾を放つ。指先から迸った魔力は鋭い光の矢となり、兵士の武器を正確に撃ち抜いていく。
「狙ったのは剣よ。あなたの心臓じゃないから、感謝してね。」
次々と武器が地に落ち、兵士たちは戦意を失い始める。
そんな中、隊長だけが必死に叫んでいた。
「怯むな!奴らはたった三人だ、数で押し切れば……!」
その声すら、セイラの光に掻き消された。
「数なんて関係ないわ。馬鹿にしないで!」
光と氷、そして光弾。あまりにも強すぎる力を持つ少女達を前に、兵士達はたちまち制圧された。兵士たちはただ地面に転がり、鎧を震わせて息を荒げる。立ち上がろうとする者はいても、三人の少女の前に剣を振り上げる勇気を持つ者はいなかった。
やがて、隊長が歯を食いしばり、撤退を命じた。
「……退け! これ以上は無駄だ!」
敗走する兵士たちを見送り、セイラは深く息を吐いた。
「終わったわね。……少なくとも、この村は守れた。」
グレイスが冷気を収めると、凍りついた蔓が砕け、氷の粒が光を受けて散った。
「殺さずに済んで、ほっとしたわ。」
マリナは考え込むように頬に手を当てる。
「……これで教会は私達がノクティスの味方をしていることを知った。きっと何か、仕掛けてくるはずよ。」
恐怖の対象だった聖女と教会の才女達が、教会を敵に回し、自分たちを救った。その様子を戸口から顔を出した村人達は、呆然と見ていた。
最初に動いたのは、小さな子供だった。恐る恐るセイラの服の裾を掴み、震える声で言った。
「……ありがとう、お姉ちゃん。」
セイラは驚いたように振り返り、それから柔らかく微笑んだ。
「大丈夫よ。もう怖がらなくていいわ。」
その一言に、張り詰めていた空気が解けた。村人たちは次々と外へ出てきて、三人を囲むように集まる。
「よくぞ守ってくださった!」
「もう終わりだと思っていたのに……」
「どう感謝を伝えれば良いか…」
感謝の声があちこちから上がり、老人が深く頭を下げる。泣き崩れながら礼を言う母親もいた。
グレイスは視線を逸らしながら答える。
「勘違いしないで。私たちはあなたたちのために戦ったわけじゃない。その……ただ、放っておけなかっただけ。」
そう言いながらも、グレイスは村人の笑顔を見てわずかに表情を和らげた。
マリナは子供たちに囲まれ、目線を合わせるよう屈んでにこやかに答えていた。
「怖くなかった?ほら、もう泣かなくていいわ。」
子供たちは涙を拭いながら笑顔を返す。
村人たちは三人を取り囲み、まるで救世主を見るかのような目を向けた。三人の背中は、村人たちに囲まれて朝日を受けて輝いていた。
◇◆◇◆
大聖堂の一室。
分厚い扉を開け放って、血相を変えた伝令が駆け込んできた。
「報告!モノリス村に向かった兵士部隊が……壊滅しました!」
書類を眺めていたサイラスは、眉をひくつかせてゆっくりと顔を上げた。
「……say say……もう一度言ってみろ。」
伝令は唾を飲み込む。
「ノクティスに協力していたモノリス村で……兵たちが返り討ちに……しかも……」
「しかも?」
サイラスの眉間の皺がさらに深くなる。
「セイラ、グレイス、マリナ、聖女と才女の二人が、ノクティス側に加担して……」
伝令が言い終える前にサイラスの拳が机に叩きつけられた。会議室にいた職員達が怯えたように身を縮める。
「……say say say!!俺の耳は腐っていないよな!? 聖女と二人の才女が、裏切っただと!?教会の顔だぞ!?」
サイラスは椅子を蹴り倒し、髪をかきむしりながら狂ったように笑った。
「ははは!そうか……!全部カイルだ……!あの穢れた籠絡士がアイツらを連れ去ったんだ!say say!俺から奪えるとでも思ったかぁ!」
部屋の空気が重く凍りつく。
その場にいた教会の職員達は、ただサイラスの狂気じみた笑いに息を潜めていた。
やがてサイラスはぴたりと笑いを止めた。その顔には激しい憎悪が浮かんでいた。
「……捜索隊を編成しろ。聖女と二人の才女は、見つけ次第連れ戻せ。」
サイラスは低く、激しい怒りのこもった声で命じる。
「あの籠絡士、カイルは……捕らえ次第、処刑だ。」
ざわりと空気が震えた。
「……いや、処刑など生ぬるいな。」
サイラスは口の端を吊り上げる。
「ローザを使え。あの穢れた籠絡士に地獄を見せてやる。」
職員達が一斉に息を呑んだ。
ローザ。教会の中でも、特に手段を選ばないと恐れられている「拷問の女王」。
その名を出すこと自体が、憚られるような存在だった。
「say say……必ず引きずり出してやる。あの裏切り者どもを……そして籠絡士のガキを、俺の前に跪かせるんだ……!」
サイラスの目は狂気の炎を宿していた。




