第97話 ESCAPE
病院に行く道すがら生き物がいない街で、稼働している機械たちに何とも言えない気持ちを抱いた。『異常ナシ』『異常ナシ』を言い続けていた。
生花店で水をやり続ける機体。裏路地の犯罪率を下げようと巡回している機体。
逃げ出した猫や犬を捜索する為の登録された機体。ゴミ拾いを続けている機体。
ゴーストタウンで働き続ける機体たちもこの街の一部で厄災に消されると思うと複雑だった。
病院にて。
病院に到着すると左腕に包帯をしているさとるが迎えた。
「久しぶりです糸識さん、ミライさん。それに水穏さんに糸垂さんも」
「ちょっと俺には、無しなのかよ。俺も怪我人なんですけど!」
さとるの態度が気に入らなかったのか聡が早々に突っかかる。
久しぶりに揃った周東ブラザーズに廬も気持ちが落ち着いて行く。
「怪我をしてまで記号を送ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「聡もよく痛みを我慢してくれたな。怪我の治療をしてもらえ」
「……もー!」
「聡、ありがとう。向こうで包帯巻こう」
「っ!? し、仕方ないな~」
聡が八つ当たりをしようとすると佐那が口を出し、言葉は飲み込まれた。
挙句に推しに治療してもらうと言う褒美まで貰い怪我得をしたとちょろい様子にさとるは「あれが僕の兄ってマジ?」と珍しく口調を崩して呆れていた。
「さとる、儡は?」
「稲荷さんの病室にいます。稲荷さんも今の状況で黙って寝ていられないと音速リハビリを」
「……音速?」
一体何のことだろうとさとるの案内で廬、棉葉、ミライは憐の病室に向かった。
そこで見たのは何とも奇妙な光景だ。病室はまるでアスレチック。扉を開いて中に入ろうものなら頭を鉄棒にぶつける。
そして、その先には床に足を付かないように筋トレをしている憐の姿があった。
「……なにしてるんだ」
「何って見りゃあわかるじゃないっすか。筋肉を戻してるんすよ」
「今からやっても筋肉は戻らないと思うぞ」
「んなの分からないじゃないっすか!」
分からないも何も統計上の事実じゃないだろうかと廬は困った顔をしたあとに儡は何処だと病室を見回すと鉄棒に座って器用に本を読んでいる儡を見つけた。その傍ではイムが鉄棒で干されていた。
「お前もお前で何をしているんだ」
「君が来るのを待っていたんだよ」
「何か分かったのか」
「分かった事は、二つ。この街はもうじき消失する。僕たちが長居したら、僕たちの存在概念も消える」
「此処で宝玉を持つ人が消えたらどうなる?」
「そこがもう一つ。何も分からない」
「分からない?」
「宝玉すら未知数なのに、それよりも上位である厄災が、厄災の元を消したらどうなるのか。そんなの分からない。もしかしたら今後厄災は訪れないのかもしれないし、変わらず厄災は起こり続けるのかもしれない。それも最悪、宝玉と言う救済がない状態でね」
それだけ分かれば十分だと言いたげにもう考える事を放棄したと言う。
「君の方は? 駅からこの街の状況が理解出来たと思うけど」
「生き物は消えていた。それはどう言う事だ?」
「時を刻む物は片っ端から消えているよ。生き物も時計もね」
「時計?」
そう言われてやっと気が付いた。病院には時計が一つもない。
確かに時計を置かないのは知っている。しかし通路にも、待合席にもなかった気がすると廬は記憶を必死に思い返す。
「時を刻むもの。あーなるほど!」
棉葉が合点が言ったと手を打った。
「この街は隔離されているようだね!」
「隔離?」
「イエスっ! この街は厄災が来るという事で隔離されている。しかしながらその事を何も知らない人達はきっと厄災が行われると危惧しているだろうね。なんて言ってももうこの街には誰も侵入できない!」
白い壁が出現する。
霧のような淡いものだが触れてしまえば身体を溶かしてしまう壁だと棉葉は言う。
どうしてそこまで知っているなど言えない。棉葉は知らないことはない。
棉葉に聞けば全てわかるが、理解出来ない。カンニングしても身にならないのと同じだ。自分で考えて解決策を見出さなければ万が一棉葉に何かあっては問題だ。
棉葉だってそれを自覚して必要最低限の事しか言わない。
「問題は?」
「この街は厄災有無関係なく外部、自衛隊によってミサイルを発射されるという点かな」
「!? なんでだ」
「厄災は何が起こるか分からない。今は厄災の準備期間。そして筥宮周辺の住民は避難勧告が出されている頃だろう。腐った人間が出て来るかもしれないし、機械が暴れ出して街を侵略するかもしれない。厄災よりも先に街を破壊する。脳が無い旧生物たちは、私たち新生物が厄災を阻止しようとしている事を知らないわけだし」
厄災が筥宮に来る。筥宮と言う街を破壊してしまえば厄災の標的が変わるかもしれないとデタラメ理論を振り翳しているのだ。正気を失った政府はそれを実行しようとしている。
「タイムリミットは?」
「明日までと言ったところかな。明日の日没まで」
太陽が沈んだタイミングでこの街は火の海となる。
「阻止する方法は一つだけ」
「……鬼殻を見つけてすぐにでも厄災を止める」
廬は苦々しい顔をする。
筋トレをしている憐が尋ねる。
「奴らが筥宮を出ているって可能性はないんすか?」
「それはないと思います。だって鬼頭さんは厄災を阻止したいのに瑠美奈さんがいるこの街から出て言ったら宝玉を揃えることはできないですから」
さとるがその問いに答えた。
鬼殻の厄災阻止が本心ならこの街から逃げるような真似は決してしない。
「つまり、どちらにしても逃げられないんだな。明日の日没までに鬼殻を見つけて黒の宝玉を回収する。瑠美奈を見つけて、厄災を止める方法を探そう」
「それはいいアイデアだ! だけど、残念ながら時計が無いという事は時間を確認する事は出来ないし、スマホも携帯もない。どうするつもりなのかな?」
スマホも携帯も時間を刻む。この街にはもうない。
ではどうやって互いに連絡を取り合う。バラバラで鬼殻を探したとして見つけた際連絡を取ろうにも無理だ。もっとも周東ブラザーズならば、互いに連絡が出来るが、そんな残酷な事をさせたくない。
「あ、あの! 一つ、あります。時を刻まず、互いに連絡を取り合うことが出来るものが……多分、病院内にあると思います」
「本当か!」