第96話 ESCAPE
ミライは驚いていた。
何があったんだと言わんばかりの顔をしていた。
廬の心の淀みが消えていたのだ。ねちねちと鬱陶しい感情が消えた。
一晩で何があったんだ。
「ミライ。準備は良いか?」
「えっ……あ、うん。荷物は多い方じゃないし」
御代志町を出て行く準備は出来ている。ゲームセンターのない町。
子供たちが退屈する田舎から出られるのなら準備をせずとも電車に乗り込んでいる。
「昨日、何かあった?」
「昨日?」
「うん、なんかスッキリしてるわね」
「スッキリ。……俺には自覚がないから分からないけど、今の環境を守りたい。この環境を手に入れたのは、俺の努力だったって誇りに思いたいんだ」
偽物の廬が手にするはずだった環境が、自分の手にある。
それがどう言う事なのか廬では余り詳しく語る事は難しいが、自分で良かったと誇りたい。
瑠美奈を見つけたのが自分で、真弥と親友に慣れたのも自分。
儡に敵視されながら、憐に嫌味を言われながら、そんなドタバタとした空間が廬自身の確かな、大切なものだ。
その事を聞いたミライは心底呆れた顔をして言う。
「これで、疑う人が減ってあんたは簡単に命を落とすってわけね」
「人を疑うことは出来る。ミライが俺を上空から落とした時も宝玉は発動した。つまり俺は少しでもお前を疑ってしまったんだ。……無条件で助けてくれる人を疑った」
「別に気にしてないわよ。慣れてるもの」
「慣れるなよ。俺はお前を信じてる。信じさせてくれ」
「勝手にして……ほら、時間が迫ってるんでしょう。行くわよ」
その後、佐那、聡、棉葉と共に駅に向かう。
佐那は筥宮にはまだ行ったことが無いようで、もし鬼殻に関係していなければ観光がしたかったようで残念だと苦笑していたが聡が「俺がエスコートしちゃうよ!」といつもの様子で佐那を口説いていた。
人魚姫と言う事を知られないようにサングラスをかけてマリンキャップを被る。
聡が癖で「人魚姫」と呼んでしまう為、何とか名前で呼ぶように練習しているが推しを本名で呼ぶなんて恐れ多い上に目の前に本人がいる事で委縮してしまうらしい。
いつものお調子者は何処へやらだ。
電車の中でも棉葉は変わらずありもしない作り話なのか本当なのか、くだらない事を口にして時間を潰していた。棉葉から「話す」を奪えば何が残るのかと言う程にくだらない話をミライにぶつけていた。ぶつけられた本人はうんざりだと窓の縁に頬杖をついて外を眺めていた。
「今度、筥宮の皆を連れて旅行をしよう」
「旅行?」
廬の前に座っている佐那はきょとんと瞬きをする。
今回は少人数の旅行だった。憐からしたら鬼殻から逃げる為だったが、今度は何の憂いなく皆で旅行をしてみないかと廬は言う。
「厄災が消えれば研究所の存在は必要なくなる。だから、表で暮らせるように新生物を育てる孤児院にしたらいい。厄災を止めたんだ政府は何も言えない。文句を言うなら俺がどうにかする。憐も儡も瑠美奈だってその事は了解してくれる」
厄災を止めてお払い箱なんてさせない。それくらいの功績はあっていいはずだ。
もう不必要だと殺しに来るのなら、迎え撃つ。戦争に出そうとするほど極悪人なら、必要ない。
新生物も旧生物と同じだ。平等に生まれたことを憂う事が無いように表で暮らせるよう育てて、聡やさとるのように学校や就職、もしかすると恋愛なんかも外で出会いがあるかもしれない。
昔なら無理だと夢を見ているだけだったかもしれないが今なら出来る。
それが無理でも孤児院でも何か商品開発でもして、特異能力を活用したら良い。
棉葉なら占い師だろう。と言っても彼女の場合は絶対的未来予知になりかねない。儡だったら、恋人同士が本当に好意を寄せているか真意で読み取れるだろう。憐は曲芸師として働ける。正直どれも見世物となってしまうが、特異能力を有効活用できる。力があるモノは使わずにはいられない。使いたくないのなら使わなければ良い。バックサポートを充実させれば遣り甲斐だって生まれる。
御代志町でそう言うイベントを開催させたら、町の人々も受け入れてくれるだろう。そして御代志町に人が立ち寄るかもしれない。
軌道に乗ったら、皆で旅行に行こう。
「想像力豊かだね。糸識さんは」
「出来なかった事をしたいんだ。これから」
ただ目的なく生きていた廬にとってこうして誰かと何かしたいと思ったのは初めてだった。多くの約束をした。その約束を守りたい。
佐那は「そうするように頑張るよ」と受け入れた。
筥宮にて。
戻って来た筥宮は、異常なほどに静かだった。
「どう、なっているんだ」
通行人も道路を走る車もない。停車している車はあれど、最近誰かが使っていた形跡はあるのに持ち主だけが消えている。忽然と人が消えた。陽の光が街を奇妙に照らしている。
そして、先ほど同じ電車を乗っていたはずの乗客も筥宮に入ると同時に姿を消した。それはまるで蒸発したかのように消えたのだ。
「棉葉! どう言う事だ」
この場を一番理解出来るであろう人物に尋ねると棉葉も困った顔をする。
「厄災だね~」
「厄災っ!? どうして、今回の厄災はもう終わったんじゃないのか!」
そのはずだと廬は棉葉に訴えた。
人々を消し去る厄災とは一体何だと言うのか、廬は言う。
「別に珍しいことじゃないとも。今まで誰も知らなかっただけのことだ。誰もその町、街、都市、集落、村を覚えていなかった」
「もっと簡潔に言いなさい」
ミライがしびれを切らして言うと「全く」と棉葉は廬を真っ直ぐ見て行った。
「対象の都市を消し去り、人々の記憶から都市とそれに連なる全てを忘却させる。それが今回の厄災。だから厄災が合った事すら知らないんだよ。君たちが五年に一度を言っている厄災は実は一年に数回行われていると知ったら驚くだろう?」
「今まで黙っていたのか? そうなると知っていて」
「私が言って君は信じた?」
「……っ」
「そう。誰も信じないのさ。だって誰も覚えていない。かつてあった街の事を君は知らないから、ありもしない事をと言って私の話を鵜呑みにしない。私も強くは言わないさ」
今までの事を覚えている。もとい記録している棉葉にとって、人間を見るのと同じく世界、地球を見た瞬間、地球に合った全てを覚えている。そんな記憶領域が爆発するほどの情報を持っているのに人々は知らないのだ。
空を見上げた瞬間、全てを理解したのだろう。
「本当に運命って奴はいつだって人々を翻弄して楽しんでいるね~」
この世から消えた幾つかの場所。
そして、消えたその場所にいた人々。
「消えた人は何処に行ったんだ」
「それは分からない。私が知るのはこの世界で起こった事でありその先の事は誰にも分からない。死が何なのか分からないのと同じさ」
筥宮の形がまだ残っている状態では、人々の記憶から筥宮の情報は消えていない。
完全に消失が始まることで違和感もなく記憶は消える。
消えた人の事も忘れて、何事もない日常を過ごす。
「止める方法は!」
「それは勿論、厄災を消すしかないんじゃない?」
結果としてそうだ。自分たちは厄災を止める為にいる。
「……ああ、なるほど」
「ミライ?」
「あたしたちがどうして此処にいるのか。他の連中と同じく消えていないのか違和感だったのよ。だけど分かった。此処には普通の人間はいない」
新生物と異世界人兼魔術師がいる。
宝玉の力を封じる事が出来る人材が揃っている。
ただの街一つに頑張る必要はないとクズならば言うだろう。
此処から早々に避難する事で廬たちだって消えずに済む。
しかし、いま筥宮には、大切な人がいる。逃げ出すことはできない。
「痛ったーっ!」
「聡?」
突如として聡が腕を押さえて呻きだした。どうしたのか佐那は心配する。
その異常な痛がり具合に心配になり袖を捲り上げるとそこには赤い記号が刻まれていた。
逆さまになった五角形の中に十字。
(聡が突然痛がったという事は……)
「さとるは生きてる。まだ消えていない」
「だ、だろうねッ! 俺の腕、怪我したんだけど!?」
覚悟をしていない状態で怪我をするなんて冗談じゃない。腕も痛ければ驚いて心臓も痛いと喚いている。
記号は、地図記号だと言うのはすぐにわかり、さとるは病院にいる事が推測された。
さとるがいるという事は儡もきっと同じ場所にいるだろう。
「病院に急ごう!」




