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第98話 ESCAPE

 ナースステーションに来るとさとるは受付の中に入りソレを探し出す。

 その最中、廬は棉葉を見て言う。


「棉葉。訊きたいことがある。どうして、」

「どうして厄災が来ることを言わなかった。だろ?」

「わかっているようだな」

「勿論! だけど、厄災が来ているからと言って逃げるなんてしないんだろう? それなら私がわざわざ筥宮に厄災が来ることを伝える必要なんてないのさ。到着して厄災を目の当たりにしたとしても踵を返したりしなかった。それが答えさ」

「覚悟があったはずだ。佐那だって安全だと思って連れて来たんだぞ」

「それはナンセンスでありギルティだよ。廬君」


 ちっちっちっと指を振って人を揶揄う。


「筥宮が安全じゃない事くらい君が良く知っていたじゃないか。なんて言っても元凶たる鬼殻がいる以上、私たちは何処にも逃げ場なんてない」

「だとしても、佐那を巻き込んだりしなかった!」


 事実、廬は自ら厄災に突っ込んでいくだろう。そこにゲストがいるかいないかで違って来るかもしれない。けれど、もしゲストを連れて来なければ、鬼殻はきっとゲストを強引に連れて来ただろう。その場合、生きているか死んでいるかは鬼殻の気分次第だ。ならば、廬が素直に連れてきた方が比較的安全である。


「まあっ! だとしてももう来てしまっているし! 外に出ることはできないんだ! なるようになる。受け入れたまえ!」


 そう言って棉葉はさとると共に目的の物を探し始めた。

 その様子を見ていたミライが口を挟んだ。


「あの女の特異能力は、全てを知る力だと思うけど原理は、無数の多次元情報の収集ね」

「多次元情報?」

「ええ、あたしは知っての通り異世界から来た魔術師よ。そして、無数の時間の中でただ一つを探している。あたしの場合は物理的に、けどあの女は、論理的に」


 数多の次元。

 そうであった未来。もしくはそうである未来。

 あったかもしれない過去とありもしない過去。

 絶対に訪れる現在と絶対に訪れる事のない現在。


 棉葉はミライのように一つの未来を求めている。それが何なのか分からない。

 その生まれ持った力を使って幾億と流れる時間を見て来た。


「力を使って、あんたに言ったんじゃないの? たとえば「筥宮には近づくな。厄災が起こる」ってね。あんたは一人で筥宮に行ったけど、研究所にいたはずの所長さんは鬼殻の手に落ちていた。世界って言うのは似たり寄ったりで結局は収束する。あたしが此処にいてもいなくても同じなようにね」

「……だから責めるなって? なら、そうであると言うべきだったんだ」

「無理ね。守秘義務って事じゃないけど、簡単の世界法則を覆すことはできない。あたしの世界が必ず何かしらの戦争が起こるのと同じ。あんたが所属する世界ではそうなると決まっているわ」


 棉葉がどれだけ努力して廬や儡にのらりくらりと語っても根無し草と一蹴されてしまうのが関の山。

 それは自分が体験したわけではない。そう言う未来があると知っているだけで来年にでもなれば綺麗に忘れてまた根も葉もない事を言うのだ。


 だからと言ってそれによって棉葉は否定されて悲しんだのだから謝れと言われたら、それは違うだろうと廬は言えた。棉葉は言うべきことを言っていない。確かに棉葉は選んだ末に言わなかったという選択をした。それに後悔はしていないだろうし、どうして言わなかったと廬が尋ねても「訊かれなかった」と意地の悪い事も言わないだろう。


 何も言わない。いらない事は延々と話している癖にこういう重要な事は何も言わない。

 それに廬は言っているのだ。今はまだ廬を知っていたとしても、来年になれば棉葉は廬の事を忘れてしまう。廬も失礼ならば棉葉も失礼なのだ。ならば、此処で廬が態度を改めたとしても来年には相手は初めましてと思いながら表情を作りながら知ったように言葉を発するんだ。

 だから廬も初めましてを言い続けるし、態度を改めたりしない。同情なんてしないし、特異能力の所為と言い訳もさせない。


 ミライからしたら手段は別だとしても棉葉も求めているものがあると知ったことで心が傾いてしまったが廬は違うと断言すると呆れたように病院の外が安全か確かめに出て行った。


「ありました!!」


 さとるが駆け寄って来る。手の中には黒い何か。


「それは、トランシーバーか?」

「はい! ものによっては現在時刻を刻んでしまうんですが、正確な時間がわからない以上、設定したとしてもデタラメで意味をなさない! つまり、これで互いに連絡を取れます」


 トランシーバーは五つ用意出来た。全員に行き渡らないのが残念だが、二人一組、もしくは三人一組にする事でトランシーバーを配る事が出来るだろう。


 憐の病室に戻ると憐がベッドで行き倒れていた。


「体力の限界か?」

「んな……わけ、ねえーっすよ」


 ぜぇはぁと息をしているがもうアウトだというのは手に取るようにわかる。


「トランシーバーを見つけたんだ。数が限られているからチームを組みたい」

「なら俺は旦那と!!」

「らしいよ」


 憐と儡が二人で組むのは構わないが憐は儡を守れるほど力が使えるのだろうかと心配になる。


「いや、一旦皆を集める。それで考えよう。私情で組んでも失敗するだけだ」

「ちっ……」


 もっともな理由を言われて憐は不機嫌になりながら、ベッドから車椅子に移り座る。



 廬、儡、憐、聡、さとる、佐那、棉葉、ミライ、そしてソファで眠っている劉子。

 三人一組ならトランシーバーが三つで二つを余り。

 しかし、儡は見た通り特異能力も鬼殻によって一部封じられている。

 本人は問題ないと言われてもやはり心配だ。


「劉子は、動けるのか?」

「心配ないとも、君が心配している事は起こらない」


 活動終了時間になって追い詰められたりしないのかと危惧していると棉葉が言う。


「なら、劉子にさとると棉葉を頼みたい」

「え、僕と糸垂さんですか?」

「ああ、この病院に残って欲しい。劉子なら景光の特異能力を防ぐことが出来るはずだ」

「鬼殻が来ると予想はしないんだね~」

「鬼殻は来ないだろ。あの男は目立ちたがり屋だ。瑠美奈に自分の存在を知らしめるのに忙しいはずだ」


 劉子にさとると棉葉を守ってもらうと決めてさとるにトランシーバーを渡す。


「聡は……佐那と一緒にいるか?」

「とーぜんっ! 俺以外に嫁さん守れる奴はいないって」

「なら、二人は瑠美奈を探して欲しい」

「瑠美奈を?」

「ああ、鬼殻より先にだ。そして、佐那は瑠美奈に宝玉を渡してほしい」

「わかった」


 佐那にトランシーバーを渡す。

 残りは廬と儡と憐、ミライ。残りのトランシーバーは三つ。まだ余裕がある。


「まさか、俺とあんたを組ませるつもりっすか?」

「いや、俺は一人で行く」

「どう言うことかな? まさかまたお得意の自惚れじゃないだろうね?」

「違う。これに関しては新生物は関係ないし、宝玉も関係ない。俺自身の問題だ」

「なるほど、偽廬君に会いに行くんだね」


 棉葉が言う。

 偽廬に会いに行く。そして、決着をつけに行くのだ。

 偽廬もただの人間なら消えているはずだが、宝玉を触れられる以上鬼殻に何かされている。佐那と同じく半分新生物となっている可能性がある。


「それで? 俺たちは何をすりゃあいいんすか?」

「鬼殻を瑠美奈に近づけさせないでくれ」

「はっ! 俺たちに死ねって言うんすか?」

「鬼殻の事を瑠美奈の次に知っているのはお前たちだろ」

「……知っているか知らないかと言えば、知っているだろうね。だけどそれで僕たちが死ぬ確立も高い。命の保証がされない事をしろって言うのかい?」

「瑠美奈が、佐那の宝玉を手にするまでで良い。俺の為じゃない。瑠美奈の為だ」

「……」

「お嬢の為ってどう言う事っすか」


 瑠美奈が宝玉を一つずつ確実に支配する事が出来れば、瑠美奈は暴走する事も死ぬ事もない。


「当初の目的は、瑠美奈が宝玉を全て支配する事だ。それはいまだって変わらない。瑠美奈を生かす方法だってずっと考えていた。だけど何も思いつかなかったんだ。俺たちはまともに打開策の一つも出てこなかった。ならもう瑠美奈に宝玉を支配してもらうしかないんだ。全てを同時にじゃない、一つずつ確実に瑠美奈に馴染ませていくしかない。だから、鬼殻を見つけて少しだけ時間を稼いで欲しい。二人が鬼殻を足止めしている間に、聡と佐那には瑠美奈を説得する時間を最小限に。儡と憐の命は、聡と佐那にかかってるんだ」

「はあ!? 俺がこの中途半端な小娘に命握られるとか冗談じゃないっすよ! なら俺がお嬢を説得する。旦那と俺ならお嬢だって頷いてくれる!」

「それじゃあ、お前は聡と佐那に鬼殻の足止めをしろって言うのか? 悪いが、一分も持たないだろう」


 悪気はないと謝罪するが事実な為、二人は不機嫌な顔はしなかった。

 本当の事だ。仕方ないと苦笑した。


「佐那が新生物じゃないとしても聡はどうなる。聡が死ねばさとるも死ぬ事になるんだ。お前は同じ新生物を見殺しに出来るのか?」

「……俺に指図するなよ、旧式の分際で。俺はあんたを殺すくらいの力は残ってるんすよ」

「なら殺してみろ」

「廬、いい加減にしなよ」


 儡が流石に挑発し過ぎだと注意しようとするが手で制される。

 その場にいる人が全員黙って憐と廬を見ていた。


 憐が特異能力を発動した。

 自分の分身を生み出して、その手には鋭利なナイフ。

 振り上げられたナイフは廬の首筋を向かって下ろされる。

 佐那は見ていられないと目を逸らした。

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