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第226話 ESCAPE

 花嫁の控室をノックをすると冷夏が出て来る「お兄様、遅いですよ」と不機嫌な顔をする冷夏に軽く謝り部屋への入室の有無を尋ねる。


「待ちくたびれていますよ」


 そう言って扉を開いた。

 その先には、白を基調としたドレスに淡い青や薄ピンクと彩りが添えられ、綺麗に着飾る人物。

 長い髪には無名が贈ったカラフルな髪飾りがつけられていた。


「無名、おそい」

「……悪かった。潮風が気持ち良かったんだ」

「風なんていつでも当たれるじゃないですか。この子の晴れ舞台は今日しかないんですよ!」


 わかっていないと冷夏からお怒りは止まらない。


「ほら! お兄様、彼女に何か言う事があるはずですよ」

「劉子たちはもう行くです」


 そう言って二人は部屋を出て行った。

 無名は残されて相手を褒めなければと思っても思うように言葉が出てこない。

 月並みな言葉ではショックではないのかと必死に考える。


「だめ?」

「ダメじゃない。凄く綺麗だ。似合ってる。儡にはもったいないくらいだ。……瑠美奈、本当に結婚しちゃうんだな」


 大切になっていた少女が相手の男と結婚するのは誰にでも知られた事だった。

 誰かが横から攫うなんて事は決してできないほど、二人は愛し合っていた。

 他の男が瑠美奈に好意を伝えても友愛として捉えられる。

 二人の邪魔なんて誰にもできないのだ。


「なんか……感慨深いな! 会った時なんて素足でイムを探してる女の子だったのに」

「みずのボトルをおとしたひとだった」

「俺、お前に驚いたんだ。お前と会う前に、怪談話を聞かされて幽霊が徘徊してるって聞いてさ。それで……お前がその幽霊なんじゃないかって驚いたんだ。瑠美奈って名前を名乗るだけ名乗って消えちゃって驚いて、真弥に言ったくらいだ」

「真弥とはそのときからともだちだったんだね」

「瑠美奈と変わらないよ。まさかこんな事になるなんて思わなかった」

「うん。わたしもただしぬだけだとおもってた。だけど、無名はわたしをたくさん、たすけてくれた」


 懐かしいと記憶が思い起こされる。

 突飛な事が続いてどうでも良いと、他力本願で誰かがどうにかしてくれると思っていたのに、何か考えなければいけないと言われて目まぐるしい日々だった。


「無名……ううん、廬」

「瑠美奈?」


 瑠美奈は無名の両手を優しく握った。


「わたしは、あなたにあえてよかったよ。わたしをつれだしてくれてありがとう。わたしをみつけてくれてありがとう。たすけてくれてありがとう。わたしひとりじゃあ、だれもすくえなかったとおもう。儡とけんかをつづけていたかもしれない。廬がいたらから、わたしはいまここにいる。ぜんぶ、廬がいたからだよ」

「……可笑しいだろ、俺がお前を褒めたりするのに……どうして俺が褒められるんだ?」

「ちがう?」

「違う。俺だって、お前がいなかったら俺は憐に殺されていただろうし、宝玉があっても、何も分からないままだった。お前がいなかったら……何も変わらないままだった。本当の廬に、名前を返すことができなかった」


 互いに感謝の言葉なのか居て良かったと言い合った。傍から見たら恥ずかしい事に変わりない。


 瑠美奈と共に式場に向かう。

 バージンロード。ともに歩く。

 今までの出来事が一歩一歩進む度、思い起こされる。


「瑠美奈」

「……?」

「幸せになれよ」

「うん!」


 瑠美奈は満面の笑みを浮かべて儡のもとへ行く。白い男が白いスーツと言うのは真っ白で目の錯覚を起こしそうになる。すぐ傍の椅子に腰掛けると鬼殻がいた。


「気障なことを」


 鬼殻はそう呟いたが気にせず無名は、愛を誓う白と黒の二人に拍手を贈る。





「可愛い子の晴れの舞台! うん、女の子の夢を叶えるのも紳士の務めと言うものさ!」

「すいません、此処に密航者がいます」

「ちょっと待ちたまえよ。私を船から突き落とそうって言うのかい? つれないな~。い、お、り君?」


 結婚式を終えた後のパーティでのんびりと瑠美奈たちが誰かと話をしているのを眺めていると柱の陰から隠しきれていない愉快な声が聞こえた。

 そちらを見るとワインを片手にこちらを見ている棉葉がいる。


 この棉葉はきっと何もかも忘れて、再び思い出した初対面の棉葉なのだろう。何もかも無名の知る棉葉であるが、棉葉自身は無名とは初めましてとなる事を知っている。何度も記憶を消して、何度も知る。そんな彼女に無名は尋ねる。


「お前は今日まで視えていたのか?」

「どうだろうね。視えていたと言えば、私の株が上がるのかな? 視えていなかったと言えば未来を変えることが出来たという君の満足感を満たすことが出来るのかい? どちらも同じことさ」


(相変わらず意味の分からないことを)


「この世界はもう大丈夫だとも、私が口出しをする理由もない。世界は君が夢に見た平和がやって来る。刺激を求めた愚か者たちが暴れて、平穏を求めた人々は呼吸をするだけさ。私はこのままただの人として暮らすから首は突っ込まないでくれたまえ!」


 チンっと無名の持つグラスと自身のグラスをぶつける。

 ただの人として過ごすというのなら今、この船に乗っているのはお門違いとも言えたがあえて何も言わない。


「それとも近くにいた可愛い子がいなくなって寂しくなった君を賢いお姉さんが励ましてあげようか?」

「遠慮する。お前に励まされる心は何処にもない。惨めになるだけだ」

「だろうとも。君はそうでなくてはね。可愛い子の結婚式でマリッジブルーになったのは君の方かもしれないね」

「ふざけたことを言ってると警備員に突き出すぞ」

「おっと。それは勘弁。さて、じゃあ私は君以外にバレないよう残りの船旅を満喫しようかな! 君は私も含めての旅と言ってくれたようだしね。…………私を忘れないで居てくれて、ありがとう、無名君」

「忘れないで? 俺はお前を知らない、誰だ?」


 白々しいと綿葉はふふっと笑った。

 本当に白々しいと無名も自嘲する。


「糸垂綿葉。ただの賢いお姉さんさ」

「糸垂綿葉。……初めまして、俺は無名」

「ああ、勿論聞き及んでいるとも。是非とも私を贔屓してくれたまえよ。私は全知のお姉さんなのだからね」


 そう言い残して棉葉はテーブルに空のグラスを置いて会場を後にする。


 無名がグラスを揺らしていると冷夏が無名を見つけて喜々と近づいてきた。


「お兄様! お食事をお持ちしましたよ」

「ありがとう、冷夏」


 皿に盛りつけられた豪華な食事。喜々と持ってきた事でそれを見ていた憐が「あーあ」と何かもの言いたげにしている。

 その声を聞こえたのか、冷夏はキッと憐を睨みつけた。


「何か」

「別にー。なんすか難癖付けるのやめてくださいっすよー。あー、寒い寒い」

「ちっ。動物臭い貴方に言われたくないです」

「おい、喧嘩するなよ」


 憐と冷夏は何かと反りが合わない。

 いつも何かしら喧嘩をしている。どちらともなく喧嘩をして、気が付いたら仲直りをしている。仲が良いのか悪いのか。


「独身の寒い女は大変っすね。兄の尻を追っかけてるしかないんすから」

「なんて下品な男なんですか。貴方なんて狼に食べられてしまえば良いんですわ」

「ふふ~んっ。にゃ~に? 面白い事してるにゃあ?」

「わっ!?」

「な、なに!?」


 無名の事を無視して憐と言い合いをする二人を宥めるも、きっと止まらないだろうと自然に大人しくなるのを待っていると何処からともなくと声が聞こえるが姿は見えない。

 一体何処からと警戒する冷夏と憐。


「猫。お前、いつの間に船に乗り込んだんだ?」

「ふふ~ん。猫様なしでパーティなんて連れないにゃあ~。イタリアのおっさんがオレに招待状を送りつけて来たにゃあ」


 イタリア研究所の所長は猫が何処にいるのか知っていたのか。それとも猫がイタリア研究所に身を置いているのかは分からないが、イベントに聞き付けて参上したらしい。


 憐はサーっと顔色を真っ青にした。どうしたのかと眺めると猫が「にゃひひっ」と笑う。


「久しぶりだにゃあ」

「ひぃ! び、猫ッ……俺に近寄るな!」


 憐はさっと憐用に置かれた台を乗って何処かに跳んで行ってしまう。冷夏は「いい気味です」としたり顔をしている。

 知らない新生物がいる手前、憐が逃げて行ったことで気分が良いのか笑みを浮かべていた。


「にゃはははっ。憐の奴を揶揄うのは楽しいにゃあ~。昔はよく夜中に揶揄って遊んだりしたにゃあ」

「か弱い狐を苛めるな」


 姿が見えない猫は臆病だった憐をよく揶揄って遊んでいたという。

 今では猫と認識できているようだが、昔は幽霊の仕業だと思い込み毎日、研究者か母親のもとに行こうとしていたという。

 冷夏は猫を気に入ったようで暫く憐を探しがてら猫と揶揄う作戦を考える為に話をすると飲み物を持って行ってしまう。姿の見えない新生物でも意気投合してしまうのは、自分たちも同じ新生物だからだろう。

 先ほどまで険悪な雰囲気だったと言うのに憐を揶揄う事に執念を感じ始める。


 その場に残された無名は、冷夏が持ってきてくれた料理を口にしながら煌びやかな会場を眺める。

 研究所の研究者と職員がワイワイと今までにないほどの賑わいを見せている。


「ん~~。美味しい。さすが星を持つ職人が作るチョコはたまらないね」

「……。イム?」

「っ!? な、なんだお前か」


 何処から可愛らしい声が聞こえ視線をそちらに向ければ、チョコケーキを堪能している人の姿をしたイムを見つけた。口元を緩めて幸せだと表情に表すイムに無名は目を疑った。

 いつもは、むくれた顔をしているイムが幸せそうな顔をしていたからだ。


 宝玉の力を使い人としてそこにいるのは、料理をしっかりと味わいたいからなのか、形而上の生物のままではテーブルに届かないからだろう。


「なに?」

「いや、相変わらずチョコが好きなんだな」

「別にまともに食べられるのが、これくらいしか無かっただけさ」

「とか言いながら、他の皿にチキンやサラダが乗ってるのは俺の見間違いか?」

「……むっ。お前知り過ぎたな。ボクが呪い殺してあげても良いんだよ」

「冗談だよ。楽しんでいるようで安心した」

「お前が準備したわけじゃないだろ? 此処で客であるボクを満足させられなかった場合の損害はイタリアの研究者に送られるんだ。お前はのんびり船旅でも楽しんでいたら良いさ」

「本当にお前は金だな」

「世の中金だよ。金さえあればなんだって出来るじゃないか。もっとも出来ないことは強引に手に入れるけどね。ボクがもとに戻る為の方法とかね」


 イムは人に戻ったり戻らなかったりと忙しないが、人の状態のときは、研究所の手伝いをしてくれている。

 だがやはり明確には素性が明らかになっていない為、深く手伝わせることが出来ない。イムはそれを好都合と見たのか給料さえもらえたら良いと深く追求してこなかった。


 会場を彷徨うと廬と大智がいた。

 大智はスマホを片手に操作してステーキ肉を食べている。


「廬、大智」

「我が弟が兄の所に来たか」

「兄弟らしさなんてないくせに」

「お前の兄さんも大概だろ?」


 大智は「まああの人は例外」と身内贔屓をする。

 二人は、新生物の関連情報をネット上で管理する上での最終防衛の役目を担っていた。

 二人が自作した強化型セキュリティを突破した者は現れていない。それ以前にネット普及が進んでいる現代において一般セキュリティも強化されつつある。悪人が研究所の情報を盗み取った事例はここ三年は、ない。一般セキュリティソフトプラス研究所専属の技術師がいる以上、下手に手を出せば寧ろ足が付いてしまい警察の世話になる。


「なぁに? アタシの悪口かしら?」


 三人で他愛無い話をしていると横から声をかけられる。そちらに視線を向けると「げっ」と大智が嫌な顔をする。

 そこには、純と鷹兎がいた。鷹兎は「お久しぶりです」と笑みを浮かべている。


「なんでいるんだよ」


 大智が心底不機嫌な顔をすると「招待を受けたらに決まってるじゃない」と至極当然の事を言う。


「招待ってだれに? そんなコネあった?」

「佐那チャンからの御招待。三年前に御代志研究所の新生物とその関係者である天宮司クンの面倒を見たからそのお礼ね。それ以外でも何かと仕事付き合いをしていたのよ」

「……ちっ。所長の奴」

「上司にその態度はないだろ」


 廬と無名、鷹兎は苦笑した。


「それとも何かしら? アタシ抜きで豪華なクルーズを満喫しようしていたのかしら? ああ、確かアンタ言っていたわね。近々仕事の都合で遠出するって……これのことだったの」


「まあ。知ってたけど」と意地悪く言う為、大智は顔を真っ赤にして歯を食いしばっている。

 それを余所に無名は言う。


「純さん、お変わりないようで」


 無名が言うと「どこ見てるのよ!」と怒られる。


「変ったわよ。ここら辺とか! 皺が増えて大変なのよ! 看護師って結構力仕事が多いでしょう? その所為で筋肉の付き方も美しくないのよ!!」

「純はおいくつになってもお綺麗ですよ」


 鷹兎が褒めると顔をしかめた純は言う。


「テンプレのお世辞なんて必要ないわよ。もう! でも良いのエステの予約してあるんだから……次、部屋から出てきたら十年は若いわ! そうよ、そうに違いないわ。だって此処にはプロしかいないんだもの!」


 怒っていたのも束の間でいつの間にか意気揚々とエステの時間を待ちわびていた。

 そのテンションの変わりように追いつけずに放心する無名に「いつもの事だから」と大智は呆れた様子だ。


「鷹兎さんはこれからなにを?」

「純と一緒にいますよ。エステの時間を終えたらショップで買い物をすると思うので」

「大変ですね」

「いいえ、寧ろ楽しいです。純が楽しんでいる姿を見ているのも楽しいですし、僕自身が望んでしている事ですから」


 本当に楽しそうに聞こえる為、鷹兎は純に振り回されることを楽しんでいた。


「安心しなさいよ。アナタたちの邪魔はしないわ。アタシも楽しませてもらうから……さ! 鷹兎、瑠美奈チャンに会いに行くわよ」

「はい。それでは皆さん、また」


 着飾った二人組は早々に瑠美奈を見つける為に大智たちと別れる。

 嵐のような人だと唖然とする。


「幾つになってあんな化粧してんだか」

「先輩ももう少し大人になったら、化粧し始めるかもしれないぜ?」

「は? 冗談だろ。絶対に嫌だ」




 パーティで着飾る人々。本職は人には言えないことも多いだろう。

 しかし今、この場には互いの素性を知っている者しかいない。気苦労をする必要がない。

 この時だけは、安らぎのひと時を得ようと談笑する。


 ステージに立つ青いドレスに身を包んだ女性。

 スタンドマイクの前に立つ。スポットライトに照らされたその髪はキラリと輝いているように見える。


 海底で地上を夢見る姫のような錯覚。


「愛する人たちに捧げます」


 そう言って音楽が流れる。談笑していた人たちは言葉が途切れてステージに視線が行く。美しい歌声。かつての音を取り戻すことが出来ずともその声を、その音を愛してくれる人が確かにいる。


 彼女ならもっと違う生き方が出来たはずだ。

 それでも故郷の為、恩人の為、愛する人の為、彼女がいま幸せならばそれで良い。

 その事に口挟むなんて無粋でいまだけは静かに目を閉じ一つの音も逃してはいけない。

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