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第225話 ESCAPE

 ――全世界に通達。本日、厄災は絶えました。


 女性の声が世界に響き渡る。その言葉を信じる者がどれ程いるかは分からない。だがその声は確かに告げた。


 厄災は終えた。終了した。地下に隠れていた人々は戦々恐々としながらも地上に戻って来た。己の家がどうなっているか、金色の蔓に破壊されているか、残されているか。避難誘導に従って逃げて来たが大切なものは全て置いて来た人々。

 だがどれだけ高級な調度品もその人の命には代えられない。


 各地の研究所は、被害総額を全額負担は出来ないが、金色の蔓によって破壊された家を建て直す為に協力は惜しまなかった。

 今まで怪しまれていた研究所が我さきにと動き出す。怪しんでいた後ろめたさに罪悪感を感じる人々に「お互い様です」と許す寛容さ。

 その優しさに甘えずに、何でもかんでもしてもらうばかりでは情けないと困っている人々の助けに向かう。


 御代志町だけではなく、筥宮や浜波その他日本以外の国々も数多の支援活動を開始した。その筆頭が新生物と言う未知の生命体。しかし彼らはあくまでも人間だった。

 ただ旧生物とは違う力を持っているだけ。その力の代償に後遺症を受けて命に関わる。それを盾に特異能力の違法使用を肯定しているわけではない。

 慣れるまでに時間はかかる。迫害も強くなるだろう。

 見て見ぬふりばかりではなく新生物の為に警察組織が設立された。れっきとした犯罪として処罰される。それを横暴と言うか、妥当と思うかは十人十色だ。

 陰謀論を説く者も現れる。


 新生物として暮らしたいのか、旧生物として暮らしたいのか。生き方は様々だ。

 どちらにしてもそのように暮らせるように教育を受けることが出来る。

 完璧なサポートを用意しながらそれを必要としないのなら深く追求しない。


 それら全ての情報を管理するのは、ハッキング不可能と断言されているAIだった。

 海外の優秀なハッカーに依頼してAIにウイルスを送り込む実験でことごとく失敗に終わる。

 データ上でも現実でも新生物の保護は見直され、完璧に行われた。


 そして、全ての責任は、水穏佐那に課せられた。


 佐那は旧生物の悪人になった。得体のしれない人型の生き物と共存など冗談じゃないと異議を申し立てる者たちが佐那の言葉にある事ない事を言い、非難轟々を浴びせた。

 それでも佐那は挫けずに新生物の生活を保証し続けた。その甲斐あってか新生物を受け入れる人々が増えて来た。

 それは新生物も旧生物に歩み寄っていたからだ。

 佐那が頑張っているから近づくことが出来た。恐怖を克服して旧生物と同じように学校に通い、バイトをして、就職して、旧生物より長い時間を生きることが出来てしまうが、最後まで愛する人に寄り添うと誓った。


 新生物保護プログラムは成功を収めた。


 水穏佐那は、歌手だ。政府や情勢など関係なく人々に幸せを、安息を歌にして届ける事を夢に抱いていた。ネットに配信される水穏佐那の楽曲は以前と比べて雲泥の差。

 それでも必ず配信された直後に「1件のダウンロードがありました」と通知が端末に送られる。

 その相手が誰なのかなど、考えるまでもない。


 忙しい日々の休息。挫折してしまう瞬間もあったが、傍にはいつも人がいた。



 新生物の管理をしている組織、新生教会。

 それはかつてイタリアを拠点にしていたテロリストの組織名であり、現在は完全に解体され、旧生物はその事を知らない。


 新生教会には、多くの新生物が身を置いている。

 新生物保護プログラムに該当している新生物が暮らせるように学びを得る。

 そして、一部では同じ新生物を守る為に警察機関と協力する新生物も少なくない。


 新生物と旧生物が手を組み犯罪を起こす組織も現れる。

 旧生物と新生物の双方の視点で見解を交換する。

 円滑に進む調査は世界犯罪も減ったり増えたりと忙しない。

 けれど、これは厄災が無いからこそ起こる。厄災を消し去ったことで功績も大きいが、代償はもっと大きい。



 三年後にて。

 世界が落ち着きを取り戻した。けれどまだ最後の厄災の傷は見え隠れしている。

 ひと段落したのは三年が経過した頃だった。各々多忙な日々を送っていたがやっと休日を手に入れる事に成功したある日、豪華客船のパーティに招待を受けた。


 イタリアの研究所から御代志研究所、筥宮研究所、そして浜波研究所の関係者が豪華客船の旅に招待された。

 何を企んでいるのかと思えば、苦労を全て押し付けた罪滅ぼしだとイタリアの所長は言った。

 小さな国のたった一人の研究所所長が全ての責任を背負うのは無理があった。

 心の強さが無ければ病ませていたに違いない。そして、やっと世界情勢も落ち着き流れるままになった頃、慰安と称しての旅行を企画していた。


 それならば、とその好意を素直に受けて貸し切り豪華客船の旅を楽しんでいた。


「無名~! 此処にいたのか」

「真弥」


 デッキで涼んでいた無名を呼ぶ真弥。

 イタリアの所長が気前よく友人も連れてと言っていたのは、真弥の名前が研究者、職員名簿に載っていなかったからだろう。何もかもお見通しなのかと当時は苦笑していた。

 そんな真弥は船内を満喫しているようでお土産屋で買ったシャツを着ている。


「はい。シェイク。凄い旨いから飲んでみてくれ」


 真弥が左手を差し出して来たのは、右手に持つ赤いボトルと同じものだった。

 無名はそれを受け取り口に含むとカシスの味が口に広がる。


「酒じゃないんだな」

「そう! 他にも柑橘系のシェイクもあってさ」


 喜々と子供の為にジュースだけを提供するバーで真弥は満喫していた。

 夜になれば、酒を楽しむのだろうと思うと強い男だと無名は苦笑する。


「まさか、お前と会ってこんな事になるなんて思わなかったよ」

「俺も想像していなかった。想像できるわけないだろ?」


 務めていた会社からド田舎に異動させられて憂鬱になっていた手前、初めて会ったのが真弥だったことを思い出す。


「懐かしいな。ただ旅行客かなって声をかけたら異動してきた営業マン。顔見知りになるだけでよかったのに……少ししたら幽霊の女の子と会ったなんて言うんだから」

「そんな事もあったな」


 瑠美奈と会って文字通り人生が変わった。

 真弥も巻き込まれるように関わってくれた。


「お前、憐を更生するって言ってたらしいけど、今はどうなんだ? お前的に更生は出来たのか?」

「勿論! まあ俺は何も出来てなかった気がするけど、いい子になったよ。だって今の彼の肩書知ってる?」

「知ってるよ。警視だろ? 正直、そう言うのは詳しくないからどれくらい凄いのかってわからん」


 稲荷憐は、その特異能力を使い犯罪組織の本部へ潜入し証拠を集めて、現行犯逮捕をする為に助力した。

 彼の特異能力で生み出された幻覚は地面を歩いてはいけないと言う規定はなく憐本体が地面を歩くことで死んでしまう。彼自身危険な目に遭わない上に、幻覚が死んだとしても問題はない。

 警察官からは犯罪者になったら脅威と噂されるほどだが、彼が犯罪者になる要因は一つしかないだろう。


「瑠美奈ちゃんと儡君が旧生物に嫌気が差したら憐君は滅ぼしに行くんじゃない?」

「笑えない事を言うな」


 真弥がそんな冗談を言う。笑えない冗談だと思った。憐が本当にあの二人の意思で世界を滅ぼすのなら今までして来た事が全て水の泡になる。


「大丈夫だぜ。彼は、善悪の判別くらいつく。それにあの二人が人間を嫌いになっていたらもう世界はないと俺は思うな」

「物騒な……あいつらの相手はしたくない。それに」


 真弥は笑い続けている。冗談だから笑える。

 瑠美奈と儡が世界を拒絶する日は、いつか来るかもしれない。

 だが、そのいつかの為に二人の幸福を否定することは出来ない。


「新婚旅行がこんな大旅行になるなんて思わないだろ?」

「皆の願いを一気に叶えることが出来るからね。全部向こうの所長が払ってくれるんだから至れり尽くせりをするだけだぜ!」


 わーいと真弥は再びドリンクバーに向かって行く。


「時間忘れるなよ!」


 なんて無名の声が届いたかは分からない。

 無名はドリンクを片手に水平線を見ていると「黄昏ているのですか?」とこの時ばかりと現れる男が一人。


「見てたなら声をかけろよ」

「親友同士の話をしていたので無粋かと思いまして」


 黒い鬼。鬼殻が笑みを浮かべて歩いてきた。

 その右手は黒い革手袋が嵌められている。切断して再び生やした変色した手は奇跡的に戻ることはなかったようだ。

 直毘神が鬼殻に一矢報いた結果とも言える。


「たまに思うよ。もしも厄災の全容を旧生物に伝えていたらって……人々が起こす罪によって厄災が発生していた事を伝えたら変わっていたんじゃないかって」

「それを真に受ける人は少ないと思いますが。何よりも人間は背徳感を愛する生き物です。罪を犯すことに高揚感を感じる者も少なからずいる。罪を犯さないなんて不可能なのですよ。生まれてしまったその日から、人とは何かしらの罪を抱いて、その罪を浄化する為に死ぬ。遅かれ早かれ人とは死の輪廻から逃れられない」

「一度死んで戻って来たお前は例外だな」

「ええ、私がこれから死ぬかも怪しい所ですよ。勿論、何かしら要因があれば死ぬのでしょうけど、まだ死ぬつもりはありませんよ。少なくとも今はね」


 もしも世界が厄災の在り方を理解しても厄災は消える事はなかった。

 理解してもきっと少しずつ罪は貯蓄されてどこかで厄災が起こる。

 だからこれで良かったのだと鬼殻は言う。

 多くは死んだが、得るものはあった。厄災のない平和な日々。

 もう何処かで街が静かに消えることはない。人の記憶から消えることはない。


「後悔はしますよ。それは人間だから感じる感情です。貴方は手に入れた。そうでしょう?」


 何も思わないはずだった無名が手に入れたのは、何かを想い感じることのできる心。

 糸識廬を基盤に感情を構成させた。二つの人生が混ざった一人の人間。


 鬼殻はこんなくだらない話をする為に来たのではないため「そう言えば」と前置きを加えて続けた。


「こんな所で油を売っていて良いのですか? 瑠美奈が探していましたよ。バージンロードを歩いてくれる人が最終まで現れないとあの子は船内をあの純白のドレスで探し回ってしまいますよ」

「まだ時間じゃないだろ」

「分かっていませんね。保護者に一番に見てほしいという気持ちを無下にするつもりですか?」

「保護者はお前だろ?」

「おや? お忘れですか? 瑠美奈を拾ったのは貴方ですよ? 父が死に、私が死に、母が彼女の捜索をしなかった。あの時、独りぼっちプラス一匹だったあの子を見つけたのは貴方でしょう? あの子の保護者は過去も今も貴方ですよ」

「お前は、本当に何処まで知っているんだ」

「地獄は賑やかだったのですよ。そう言う事にしてあげてください」


 鬼殻は「さて、私はカジノで一儲けしてきましょうか」と違法賭博に手を出そうとする男に無名は呆れ果てる。



 今日は、傀儡儡と鬼頭瑠美奈の結婚式だ。長年の夢が叶う日。

 憐が一人で忙しく結婚式の準備を指揮していたのを今でも覚えている。

 冷夏が瑠美奈のウエディングドレスのイメージを付けていたのを知ってる。


「やっと見つけたです!」

「ッ!? 劉子っ」


 相変わらず眠たそうな顔で劉子は無名を見つけると早々に無名の両脇に手を差し込んで持ち上げて飛んだ。

 一体何の真似だと戸惑っていると「もう準備終わってるです!」と怒られた。


 瑠美奈が花嫁ドレス姿をいち早く見せたい相手が無名だった。

 劉子に無理を言って探してもらっていたらしい。



 劉子に連れて来られた場所は花嫁の控室。

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