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第223話 ESCAPE

 翌朝、教会跡地で使える車を探した結果、車が二台使えることが分かる。運転が出来る廬と無名が運転する事になった。


 廬が運転する車に、丹下、鬼殻、劉子、ルート、イムが乗る。

 無名が運転する車に、真弥、瑠美奈、憐、冷夏、累が乗る。


 各々好きな方に座ってまだ意識が戻らない累を含めて全員でイタリアの研究所を目指す。丹下がイタリアの研究所を知っている為、廬の車が先頭を走る。

 道路には置き去りになった車、金色の蔓の餌食となったのかフロントガラスが割れた車の中で死んでいる人々がいる。

 騒動の中心と言うだけあり被害が甚大だと再認識してしまう。

 その状態を作り出してしまった累を生かしておくことが出来るのか、無名は運転をしながら複雑な気持ちになる。



 イタリア研究所にて。

 二台の怪しい車に研究所の警備員たちは銃を構えて警戒している。

 車を包囲してこちらに銃口を向けているのを、廬が運転する車の助手席に座っていた丹下が無名の車に大人しくするように合図をする。


「俺が行ってくるよ。鬼殻君、手伝って~」


 歩けない丹下が鬼殻の手助けによって車から降りてイタリア語で『日本の研究者だけどさー』と説明をした。

 警備員が度々こちらを凝視しているが、丹下もその視線に沿ってこちらを見る。



『新生教会とひと悶着してるのは聞いてると思うけど?』

『ああ、お前たちはその生き残りか?』

『そう言うこと、酷い有り様でね。教会は潰れたけど、新生物に関する情報資料が多いんだよね。だから、早く片付けて欲しくて日本に帰る前に君たちの上司に伝えたいんだけど、良いかな?』


 丹下が日本の浜波研究所の所長と知ると警備員は驚いた様子で身なりを正した。


『近辺の住民はシェルターに避難を終えています。……ですが、見ての通りです』

『政府本部との連絡は取れるかな?』

『いえ、それが依然として音信不通。ですが、日本の研究所からの通信が二つほど復活しています』

『場所は?』

『たしか……御代志と筥宮だったと』

『なるほどね。わかった。じゃあ、飛行機の準備をお願い出来るかい? 俺たちは急いで日本に戻らないといけないからさ。その間、俺たちは此処の所長と話をする。良い?』

『はいっ』


 そう言って隊長らしい人物は包囲を解除して丹下に言われた事を実行する。

 案内として一人の警備員が待機する。


「一応、飛行機の準備をしてもらうけど、その前に此処の所長と情報を交換する事になったよ。そうだね。鬼殻君と無名君、一緒に来てよ」

「俺? どうして?」


 鬼殻は嫌でも丹下を連れて行かなければならない。少しでも鬼殻の逆鱗にでも触れてしまえば、丹下は地面か床に落とされてしまうだろう。それすら楽しいと感じているように丹下は無名を見ている。


「君、こういう情報を回収するの得意でしょう? それに彼女の件もあるし」


 丹下は冷夏を一瞥する。仮にも指名手配されている新生物であることに間違いはない。素直に日本から出してもらうには、相手を説得する必要がある。

 無名が降りると真弥が運転席に移り運転を変わる。

 持ってきた車を移動させなければならないからだ。


 真弥が「あとで合流しような」と言って無名は頷いた。



 研究所、所長室にて。

 金色の蔓の脅威を退けて来たのか、研究所内はそれほど荒れていない。

 イタリアの新生物はそれ程までに優秀な個体なのかと考えながら無名は鬼殻の横を歩き先導する警備員について行く。


「此処の所長はごく普通の方ですよ。肩の力を抜いてください」

「会ったことがあるのか?」

「直接ではなく、定例会議の際にモニター越しで何度か」

「そう言えば、お前、付き添いで行っていたのか」


 鬼殻曰く、気負う必要はなく比較的紳士な人物だという。

 下手な事を言わなければ素直に日本に帰してくれるはずだ。


 そうして所長室に行きつく。扉の両サイドに警備員が控えている。

 何者かと尋ねられ丹下が浜波研究所の所長であることを告げると入室を許される。

 その扉の先には、優し気な男性が高そうな革の椅子に腰掛けていた。


「もう警備から話は聞いているよ。入野君、鬼頭君。久しぶりだね」


 日本語で話す為、無名は驚いていると丹下と鬼殻は「お久しぶりです」と礼儀正しく言った。もっとも鬼殻は元から口調だけはまともな為、驚くことではないが丹下が正すとは思わなかった。

 所長は「君たちが無事でよかった」と心底安堵している様子だったが丹下を見て何処が無事と言えるのかそこは少しズレていると無名は首を傾げる。


「新生教会がしでかした事は、許されることではない」

「それは勿論。直ちに見つけて処刑しないとですね」


 所長の言葉に丹下が喜々と言う。本心なのか演技なのか無名では見極める事は難しかった。


「旧生物を無差別に殺した重罪人には、それ相応の報いを与えなければ俺としても納得がいきません。まだ家族の安否も出来ない。もしも死んでいたらと考えるだけで夜も眠れない……俺が生きているのだって奇跡に近い」


 両足を潰したのは、レギラスを殺す為とは言えやり過ぎたと反省している丹下だったが、この場合は利用できると頭を回転させる。


「もしも目の前にいたら俺がこの手で始末しますよ」

「いや……入野君、その必要はないよ」

「……どう言う意味ですか?」

「新生教会はもう解体している。そうだね? でなければ、君が此処に来るとは思わない。君ほどの男が彼らを放置して現れるわけがないと思っているが。私の勘違いだったかな?」

「あっれ……もしかして俺って結構期待されていたりする?」


 その言葉にいつもの調子で丹下は言うと所長は頷く。


「ああ、君がイタリアに来たと聞いた時、私が部隊を出動させなかったのはそれが理由だよ。入野君が指揮を執ることに期待していた」

「……狸かよ」

「やめろ」


 取り繕うのが飽きたのか丹下は舌打ちをする。


「確かに新生教会は壊滅した。だけど、それを俺たちに押し付けるのはそちらの管轄に置いてどうなんだい?」

「そこは目を瞑って欲しいものだよ。君たちがこれから、その新生教会の生き残りを日本に連れて行こうとしているのを黙認してあげようと言っているんだ」

「っ!? 気が付いていたのか」


 無名が呟くと「勿論」と肯定される。だが別に敵対するつもりはないようで落ち着いている。


「私も伊達に数十年ここの所長をしていない。外で起こっていることは全てこの部屋で完結する。住民をどれ程保護したのかも把握している。此処で勘違いしてほしくないのは、何も君たちを嫌っているから増援として向かわせなかったわけじゃない。各研究所に与えられている諜報部隊から告げられたのは、住民の危機になるかもしれない言う報告だ。冷夏と言う新生物が放った氷が町に至る事を危惧して私たちなりに住民を避難させた」

「私たちが新生教会の企みを阻止できなかったらどうなさる予定だったのです?」


 鬼殻が尋ねると「そうだね」と考える素振りをする。


「最悪、滅びていたかもしれないね。受け入れる覚悟はしていたさ。だけど、君たちは此処に来た。私のもとへやって来た。それが成果だ」


 所長は、全て見通していたように言う。

 丹下が指揮を執っているからなんて建前で、諜報員から与えられた情報で住民の避難。丹下たちが金色の蔓を対処するまで研究所は持ち堪えていた。


 研究所を守る為とは言え、まだ経験が未熟な丹下に全てを押し付けてしまったことは少なからず罪悪感がある。

 だからこそ、今生きている新生教会の信徒や教祖がいたとしても目を瞑る。


「もし俺たちが悪さ企てていたら? 新生教会の新生物を使って何かを企んでいたらどうするんですか?」

「その時は、誰かが君たちを止めるだろう。イタリアに来たというなら、総力を以て君たちを止める所存だ。出来る限りの事はするつもりだよ。けれど、君からはその気は感じない」

「……じゃあ、貴方は俺たちの味方をするってことですか?」

「ああ、世界を守ってくれたんだ。それくらいの事はさせてもらうよ。万が一、政府が抗議して来ても全面的にサポートする事を誓おう。日本で稼働している研究所では実績不足だろう?」


 御代志も筥宮も佐那が管理している。知識も実力も目の前にいる男とは天地の差だ。もしも彼のサポートがあれば、累を生かす術も見つかるかもしれない。


「他に知りたい事はあるかな? 私の知る範囲の事は教えて上げられる」


 丹下はもう十分なのか若干飽きたような顔をしている為、無名が言った。


「御代志研究所と通信が繋がっていると聞いていますが」

「ああ、御代志研究所の所長となんとか通信する事が出来た。御代志研究所には優秀なエンジニアがいるようだね。厳重なネットセキュリティをかいくぐってハッキングしてきたと思えば、痕跡を残していかなかった。恐ろしい技術師だ」


 それが誰なのか無名は分かった。

 そして、少しだけ安心した。


「話をしていくかい?」

「いえ、人を待たせています。長話をすると怒られる」

「そうか。飛行機の準備は整っているようだ。そうだ。入野君に車椅子を用意しよう。それだと何かと不便だろう」


 さあ、行きなさい。と言われ二人は踵を返す。

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