第221話 ESCAPE
教会跡地、別館にて。
連日、教会跡地に行くのもなかなか精神が可笑しくなりそうだった。
陽の光で腐りそうになっている遺体を見ることになってしまうからだ。
無名の横を歩いている真弥も余りいい気分ではないのか、死体を見ないようにしている。だが見えてしまったものは、困った顔をする。
(死体、見慣れるわけがないのに……)
無名は真弥を横目に申し訳ない気持ちになる。
断ることだって出来たはずだと言うのに「任せてくれよ」と二つ返事だった。
別館の前で冷夏が石段に腰掛けていた。
無名が来ることが分かっていたのか何処か落ち着いた様子の冷夏は言う。
「お兄様……と、申し訳ございません誰でしたでしょうか」
「天宮司真弥だよ。真弥って呼んでくれると嬉しいぜ」
「真弥様。お二人で、一体何の御用でしょうか」
「俺たちと一緒に研究所に来ないか? 考える時間はあっただろ?」
「そのことですか。……お兄様、累様はどうなるのでしょうか」
別館で眠ってる累は今後どうなってしまうのか冷夏は心配していた。
「それは、俺が一概に決めて良い事じゃない。累さんは大量殺人と世界崩壊未遂を犯している。政府が機能していたら累さんの処刑は免れない」
「累様は恩人なのです。それはお兄様もわかっていらっしゃるかと……どうか、助けてくださりませんか? そうしたら私は何処へでも行きます」
累を生かすことが出来るのなら、冷夏は自分が身代わりになっても構わないと言う。
けれどこの件は、流石に隠蔽が出来ない。世界中に知れ渡り誰もがその原因を知りたがるはずだ。政府は問答無用で新生物の事を口外する。その前に無名が新生物の組織を築く予定だが、累を救えるほどの権力を持っていない。
「お兄様、私は累様よりも人を多く殺してきています。累様が能力の暴走をする以前は累様は旧生物を人として扱い一切の殺生をしておりません。私が罰せられるべきなのです。どうぞ、それが貴方様たちのお仕事ならば私は素直に逮捕されましょう」
「冷夏」
「……はあ。ねえ、お姉さん。勘違いしてるよ」
「勘違い?」
真弥は見ていられないと溜息を吐いて少し前に出た。
「君も逮捕するし、累って人も逮捕する。君が無罪なわけがない。そうだろ? 廬と言う男を誘拐してきた時点でお姉さんは誘拐犯として成立しているんだ。君が無罪放免、なんて都合が良い話はこの世にはない。ただの誘拐犯なら仕方ないと言われるだろうけどさ。君は殺人も犯している以上、目の瞑る事は不可能だね。うん、100%有罪だと俺は思うぜ。だってそうじゃないと、死んだ人たちはいったいなんで死んでしまったんだろうね。理不尽な殺人鬼に殺された。その殺人鬼を俺は許せないな」
二人を逮捕する。それが彼らにとって一番いい方法であることに間違いはない。
真弥の視点からも大量殺戮を繰り返した人物を野放しにするのは余りいい気はしない。新生物じゃなくても結果は同じだっただろう。
殺戮を繰り返す旧生物でも真弥は厳しい言葉を投げかけただろう。
「ふぅ。でもさ、折角のチャンスを棒に振るって勿体ないと思うよ?」
一頻り話した後で真弥は微笑みながら言った。
「チャンス?」
「うん、累って人と一緒に牢屋で監視されるのが現実的だけど、もし廬と一緒に行ったら、政府とか廬たちの信頼を勝ち取ったら累を釈放する事が出来るかもしれない。そりゃあ重要監視対象にはなるかもしれないけど、鬼殻君みたいに出歩くことが許される」
「あいつは、勝手に出て来てるだけだ。無許可も良い所だ」
まったくと無名は鬼殻の処遇をもう少しどうにかするべきだと頭を抱えた後、顔を上げて冷夏を見る。
「俺はお前を信じてる」
明日の朝、迎えに来ると言って無名は真弥と共に民家へ戻る為、踵を返した。
森にて。
無名と真弥が獣道を歩く。
「良いかな、放っておいて。あのお姉さん、逃げるんじゃない? 上司を連れて」
「俺は信じてる。冷夏はそんなことしない。それに仮にしたって鬼殻が見つけるだろ」
鬼殻から逃げられるものはいない。累だってそれは理解しているはずだ。
禍津日神から逃れられるものはいない。仮に逃れられたとしても、もう新生物に居場所などない。累の特異能力を使えば何処へでも逃げられるだろう。しかし何処かで足が付く。丹下が本調子に戻れば我さきにと冷夏たちを探し出す。
「世間体で言えば、もう彼らは研究所の研究対象として解剖の道が待っているはずだ」
「個人論では?」
「……累さんも冷夏も助けたい。無理だってわかってるんだ。こんな事になってきっと世界は二人を許さない。筆頭を許したら全世界の犯罪を許すことになる」
「それは許されないことだね。だけど、廬にとって、冷夏ちゃんは妹のように大切にしてる子だし、累君は恩人なんでしょう?」
無名は頷いた。
教会で静かに暮らす無名の前に現れた天使の神父。初めは新生物と言う言葉はなかったため、神父は「選ばれた子」と言っていた。
怪物と人間の子供が選ばれた子などあり得ない。
累が天使と言う事もありそう言う勘違いも昔は多かれ少なかれあった。
特異能力もまだ使いこなせなかった頃、累は無名を育てたと言ってもいい。
そして、増えていく新生物の孤児たち。選ばれた子たちにとって累は神様のような存在だったことだろう。
街の住民から怪しい宗教と揶揄されても累は気にしなかった。優しい笑みを浮かべて選ばれた子の存在を人々に広める。それを真に受けるものはいない。
それが累の狙いでもあった。胡散臭く言えば、誰も信じない。
また言っている。また嘘を説いている。誰も気にしないままに溶け込ませる事で石を投げつけられるまで累は選ばれた子の存在を言葉少なくも言い続けただろう。
そこには、企みはなく純粋に選ばれた子が成長した時、街に馴染ませる為である。
累は人を殺さなかった。人を慈しむ心もあった。
ただ鬼殻を見つけたら殺す。それだけの事だった。
多くの人を殺すつもりなど累には無かった。
しかし、現実は残酷だ。
民家にて。
民家の扉を開く直後「お兄様!」と無名を呼び止める声がした。振り返ると必死で走って来たのか冷夏が膝に手を当てて呼吸を乱していた。
「お兄様、もしも。私がお手伝いをして、信頼を得られたら……本当に累様を助けられるのでしょうか」
「……お前の努力によるな」
「その間に累様が処刑されてしまうという事は?」
「それは分からない。なるべく、生かしておくように伝えるつもりだ。累の特異能力は危険だが、鬼殻を生かしているのも後遺症を解明する為だからな」
「……私も、連れて行ってください。お兄様のお力になりたいです」
「一体どう言う風の吹き回しだ?」
「私は、政府が大嫌いです。ですが、そこにお兄様がいるのならお兄様に従うだけです。不純だと思われても構いません。累様の身の安全とお兄様と共に居られることが私の願いです」
無名と一緒にいられる。それは夢に見た事で、政府が関与していなければ二つ返事だったことだろう。しかし無名が立ち去ってから熟考の末に政府と言う嫌悪する組織を無いものとして考えればいい。政府の命令に従わなければ良い。
それで反乱だと言われても、知った事ではない。冷夏が従うのは無名だけだ。
それで累が人質として扱われた日には、冷夏は政府を壊滅させてしまうかもしれない。それを阻止するのも無名の仕事となる事だろう。
「ああ。俺がお前と一緒にいるよ。ただ、表向きは俺がお前を見張る形になるけど」
「構いません。政府の旧生物と同行を共にしろと言われたら即座に凍らせていたと思います」
「それは……困るな」
なんて苦笑する。
その光景を見ていた真弥は「無事に解決?」と尋ねる。
「ああ、待たせたな。冷夏、こっちに来てくれ」
無名は冷夏の手を引いた。




