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第220話 ESCAPE

 憐と廬が二人で修理した車に乗り森を抜けて民家に来る。


「使えそうな通信機と車の調達完了っす」

「お疲れ様です。憐君」

「油まみれっすよ~。もう嫌だ! こんな所!!」


 早く帰りたいと我儘を言う憐に鬼殻は苦笑する。


「天下のお狐様も地元でしか効力を発揮できないのかい?」


 丹下が面白い光景に言葉を挟む。


「歩けないでタダ飯食ってる奴に言われたくねえよ」

「俺だって好きで歩けない訳じゃないよ。歩けたら君より働いていただろうね」

「どうだか。足がないお陰でお嬢にちょっかいかけてないだけじゃないっすか」

「うん、瑠美奈ちゃんの力にも興味あるけど、今は無名君の方だから手出ししないよ。それに怖い鬼が俺を睨んでくるからね」


「警備が固くてさ」と丹下は笑うと廬は言った。


「それより、そっちの準備は出来てるのか?」

「滞っている所と滞って無い所、どっちが聞きたい?」

「何が滞ってるんだ?」

「君の弟とその親友君がまだ来てないってところかな」

「はあ……予想はしてたけどな」

「大丈夫、あのコミュ力の塊君が一緒にいるんだからいつかは来るよ」

「出来る事なら劉子ちゃんが眠る前にしてほしい」


 他人の民家で何をしているのかと言われてしまう事を彼らはしている。

 掃除をして、家具を整えて、キッチンを拝借する。

 キッチンでは劉子と瑠美奈が何やら忙しなく行き来している。その監修なのかイムが「それじゃない! わーっ! そんな物を入れたらッ!?」と注意しているがてんやわんやと賑やかだ。


「まさか、凶悪犯の誕生日会をするなんてね。俺も何度か殺されかけたのにお人好し連中なんだから」


 丹下がキッチンの賑やかな音を聴いてのんびりと言う。

 無名が皆に頼み込んだのは、冷夏が馴染みやすいように接してほしいという事だった。

 そして、数十年前、離別のきっかけになった誕生日をやり直したい。そんな無名本位の事を手伝う義理などないが無名に恩を売ると言うのは、深い意味があるのを知っていた。

 その為、鬼殻と丹下の二人はその下心を以てこの準備をしていた。勿論、準備なんてしている暇などない。早く自分たちの研究所に戻らなければならない為、冷夏が付いて来るか来ないかは彼女の意思による。


 冷夏の説得に無名と真弥が向かっている。

 その所為か、予定よりも遅れている。その方がキッチンの賑わいから好都合ではあれ延々とこんな茶番をしている暇はない。


(この茶番に何の意味があるのかな。だけどま、俺も家族がいるわけだし、兄妹を大切にしたいって気持ちは分からないでもないけどさ)


「どーでもいいけどさ、誰か料理出来る人っていないわけ? あの子たち、いつかキッチンを爆破しちゃうかもしれないよ」

「……お、俺見て来るっす!」


 憐が家具を足場にキッチンへ向かった。


「鬼殻君、賭けない? 無名君が氷結のお姫様を連れて来られるかどうか。俺は無理だと思うな」

「そうですか? なら、私は連れて来る事に賭けます。代償は?」

「互いの欲しいものってことで、規模は命よりは軽いものにしてくれると嬉しいかな」

「わかりました。よく考えておきますね」


 にっこりと面白い賭けだと乗った瞬間、焦げた臭いがした。


「ねー! 君たち!! この家、燃えるって!! 廬君、ちょっとキッチンに連れて行って」

「……俺か」


 面倒だと思いながら廬は丹下を持ち上げてキッチンに向かわせた。


「賑やかですね」


 鬼殻はのんびりとそんな事を呟いて、家を出て行った。



 数分歩いた先、森ではなく寂れた公園に足を運ぶ。

 綺麗に整えられた植木は金色の蔓の所為で荒れ果てている。

 この街も誰かが整備しなければ、本来の美しい景色には戻らない。


 その事にうんざりとしながらに歩みを進めた。


「このあたりにいると思うのですが、隠れているのですか?」


 累の所為で荒れ果てた公園内で言うとタイルの通路に小石が転がった。

 その近くには赤く染まるベンチ。


「そこにいましたか。A型3号、猫さん。相変わらず面倒な後遺症ですね」

「……にゃんだぁ? オマエ、オレに文句でも言いに来たのかぁ?」


 聞こえて来た不機嫌な声。

 それは同じA型の同僚、猫だ。姿は一度として見たことはないが度々鬼殻にちょっかいをかけて来た思い出がある。


「どうしてA型0号を覚醒させるような真似を?」

「にゃーんのことかにゃあ?」

「とぼけないでください。証拠も根拠もないですが、彼が意図的に、それもこんなタイミングよく覚醒するなどあり得ない。その傾向も無かったですしね。何よりも劉子が見ている」

「オマエは相変わらず詰まらない男だにゃあ。でもま、全部オレがやった事だにゃあ。……にゃぜか、勿論言わにゃくても分かるんじゃにゃーい?」


 含みのある言い方をする猫に鬼殻は何もないその場所を見つめる。

 猫が日々探し求めているものがある。誰にも認識されずにほぼ一人で生きて来た猫にとって、それは必ず見つけなければならない。


「まだ、探しているのですか。後遺症のない新生物を」


 後遺症のない新生物。選ばれた新生物。


 A型0号を覚醒させて後遺症のない完璧な新生物を作り上げる。

 A型0号は、自分を新生物だと認識できずに特異能力も自ら発動する事が出来ないはずだった。しかし、様々な要因。瑠美奈や鬼殻の存在が彼に干渉した。


 後遺症を消し去った。選ばれた新生物を王とする。

 王を起点に、後遺症は必ず新生物に与えられるものではないと夢を抱いた。


「ほんとーは、オマエの妹を姫にしようと思ったけど、アイツも大概良い奴だからにゃあ」


 生まれてすぐは後遺症が発症しなかったことで期待していたと猫は言うが鬼殻の所為で後遺症が発症した。

 どの道、破綻していた。それでもやり続けた。後遺症を克服するような新生物を見つけることが出来れば、猫自身の後遺症も消し去る事が出来るかもしれない。


(後遺症を一番気にしていたのは他でもない猫だった。瑠美奈の存在や廬君、いえ無名君の存在が最後の希望だったのでしょうね)


 鬼殻は薄々気が付いていた。猫がしていること、鬼殻自身が起こした反乱に猫は参加しなかったのは、争いなどして後遺症が消えるわけがないと分かり切っていたからだろう。

 もしも争う事で、研究所と喧嘩をして後遺症が消えるのなら喜んで参加する。


「貴方、戦争なんて死期を早めるようなことはしない。後遺症を消し去ることを探し続けて数十年。まだ続けるつもりですか? これ以上、強力な特異能力を持つ新生物に近づけば流石の貴方でも死んでしまいますよ?」

「猫様は九つ命があるって知らないのかにゃ~」

「知っていますよ。ですが貴方の命が九つと言う根拠にはなりません」

「……にゃあ」

「克服は出来ずとも貴方が積極的に話をかければ誰かしら貴方を認識してくれるでしょうに。コミュニケーションをとるのがお下手ですね」

「オマエにゃあ言われたくにゃーよ!」


 にゃあにゃあと鳴く猫に鬼殻はクスクスと笑った。

 猫の声色から直毘神が伸ばした影の脅威で死期を早めているようなことはない。直毘神が消滅した今、猫の力は戻りつつあるはずだ。

 鬼殼自身なんども影に貫かれている。消滅した後、暫くすると力が戻ってきている感覚がある。



「昨日は満月だったようですね。貴方に会うことが出来ず残念です。貴方が美しいのか汚らわしいのか、いまだに審査のしようがないじゃないですか」

「にゃひっ。オマエには絶対にオレサマの姿は見せにゃーよ」

「そうですか。残念です。折角楽しくなると思ったのですが」


 姿を一度でも見ることが出来れば鬼殻もその容姿の美しさを審査出来る。

 だが、一日以外は姿が見えない猫は鬼殻の魔の手から逃れている。


「オレは糸垂にも記憶されることのにゃい特別にゃ新生物だからにゃあ。トップシークレットってやつだにゃあ」

「本当に気ままな人ですね。それとも劉子を救済した時に何かありましたか?」

「……んにゃ? オレはオマエと違って、仲良しこよしはしにゃい主義にゃ~。さよにゃら~」


 不自然な風が吹く。猫が通り過ぎたのだろう。


「景光さんに代わって言わせていただきます。劉子さんを助けてくださりありがとうございます」


 だがもう猫の声は聞こえなかった。


「景光さんと取引をしていたのですよ。私の協力をする代わりに劉子さんを死なせないと、勿論その効力は無効となっていますが、こうも理不尽に殺されてしまうと私も目覚めが悪いですからね。貴方が善人で本当に良かった。……ああ、そうだ。どうせ来ないと思いますが、今夜に新生物の冷夏さんの誕生日会をするのですが宜しければ来てください。その後、イタリアの研究所を巡って日本に帰るように手配します」


 鬼殻もベンチから立ち上がり歩き出す。



 暫くして、公園に人の姿は無かった。だが確かにそこには猫が立っている。

 誰にも見つけて貰えなかった猫。自由気ままな何不自由のない猫は、後遺症を消し去る為に何処かに旅をする。



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