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第219話 ESCAPE

 翌日、民家にて。

 無名は真弥とイムを連れて森を抜けた先にある民家に来た。

 瑠美奈は一晩眠れば元気になっていた。完全に元気ではない為、日にちを重ねればいつも通りだと言う。怪我を治す為に断腸の思いで亡くなった人の肉を瑠美奈に食べさせた。人間への冒涜だとしても瑠美奈が生きる為には仕方ない。


 そうして翌朝に民家にやって来た。イムは瑠美奈を見ると何処か気まずげだ。

 世話になった。それも風呂だ飯だと至れり尽くせりだったが人型で会ってしまうと言葉を交わすことが気恥ずかしい。

 顔を合わせないようにそっぽ向くイムを余所に無名は自分の事を語る。


「俺は、新生物のA型0号であり糸識廬でもある。二人って言えば良いのか。無名だった頃の俺と瑠美奈たちと過ごした俺は同一人物で此処にいる」


 言うと瑠美奈は「廬?」と確認をする。


「ああ、瑠美奈の事はちゃんと憶えてる」

「ふたりとも、いきててよかった」


 二人とも。それは無名と廬がどちらも記憶を共有して生きている事に安堵していた。


「新生物の王は、俺たちとどう言う関係になりたいの?」


 下半身が完全に機能を失った丹下がソファの上で尋ねた。


「友好的関係って言えば良いのか?」

「俺はどっちでもいいよ。世界情勢が元に戻ったら俺の足も良い感じになるだろうし、それまで待ってくれるならいつでも俺が君の相手をしてあげる」


 丹下は後遺症の消えた新生物に興味を示した。


「あんたの足を待つバカ何処にいるんすか」


 呆れたように溜息を吐く憐に「それはそう」と丹下は戦う気がないことを知り退屈そうにソファに寝転んだ。


「貴方は、これからどうするつもりですか? まさか、今まで通り研究者をするなんて事言いだしませんよね?」

「研究者の糸識廬はそこにいるだろ」


 無名の視線の先には、本物の糸識廬がいた。


「俺は新生物だと知れ渡る事になる。その中で研究者を務めることは出来ない。だが、お前は出来るだろ」

「俺に何を研究させようって言うんだよ」


 無名の力で記憶改ざんさせられたはずの本物の廬は、過去の悲劇を無かったことにはしたくなかった。

 無名への底知れない憎悪が特異能力を打ち破ったのだ。


「俺の知り合いにコンピュータを専門にしてる男がいる。そのサポートをお願いしたいんだ」

「……ふぅん。で? お前は」

「俺は、今回の件で新生物が暴れないように監視する」


 旧生物が蹂躙された事に便乗して悪さをする新生物が現れないとも限らない。

 政府がまともに機能するわけもない。厄災が終わっても争いが無くなるわけじゃない。

 無名は政府が認めようと認めまいと関係なく未登録の新生物を保護して組織すると言う。

 新生物の対応は、旧生物では限界がある。

 しかし、同じ新生物ならば目には目をで対抗手段が増える。


 本物の廬は簡易椅子から立ち上がり無名に近づいた。

 次の瞬間、無名の服を乱暴に掴み壁に追い込む。


「廬!?」

「瑠美奈ちゃん、手は出さないでくれるかな? これは俺とこいつの問題だ」


 瑠美奈が驚いた声をだす。


「お前、俺との約束を破ったろ」


 糸識廬以外になることは許さない。

 その約束を、たとえ鬼殼との交渉だったとしても破った。


「なに大団円で終わらせようとしてる? 俺が素直にお前の指示に従うと思ってるのか? 俺に名前を返すから研究者になれって? おいおい、ふざけるなよ。俺がそこまで優しいやつに見えるのか?」

「……すまない」


 無名そのものだった頃は、傍若無人な物言いをしていたのに、本当にかつての廬だった頃の記憶があるのか目を伏せて謝罪をしてくる。


「はっ! 流石、天下の新生物様だ。人間との約束なんて微塵も気に留めないのか」

「過去を返すことは絶対に出来ないと思ってる。俺のしたことは赦されないことだ。名前だけでも、糸識廬と言う存在だけでも、返したい」

「自分を取り戻したらお払い箱か。都合がいいな」


 A型0号と廬の二つの人格が混ざっている無名。だが、メインの人格は廬だったのだろう。その方が都合が良かった。


「そうじゃない。これから、俺に罪滅ぼしをさせてほしい。謝って済むことじゃないのも承知してる。だから、俺は、俺として……廬から奪ったものを少しずつでも返していきたいんだ」

「信じろって?」

「誠意は尽くしたい」

「あっそ」


 本当の廬は「出来るならやってみろよ」と無名を自由にして、元の場所に戻る。

 無名は、廬に「ありがとう」と言ったあと鬼殼を見る。その視線に気が付き鬼殼は言う。


「私は正直貴方がどちらの側であろうと興味はない。貴方が何を企んでいたとしても禍津日神として消し去る事は造作もない事ですよ」

「脅すなよ」

「ふふっ事実。政府の管轄であれば文句は言われないでしょう。手中に置いて監視したいのは彼らとて同じこと、もっとも今回の件で生きているかどうかですが」


 生きているかも分からない政府の心配するよりも新生物や研究所の仲間たちの心配をする。

 新生物を統括する存在が政府の管轄にいる事で政府の人間は安心するだろう。

 政府にとっても新生物側にとってもマイナスな事は何一つとしてない。


「お嬢は良いんすか? 勝手に決めてるけど」


 憐は無名が勝手に決めている事に文句を言いたいが特に思い浮かばない為、瑠美奈に尋ねる。


「わたしはいいとおもう。廬……無名がきめたことで、だれもけがをしないなら」

「ああ、もう誰も傷つかないように頑張るんだ」


 新生物がもう迫害されないように、旧生物がもう新生物に怯えないように。

 均衡をこれから築いていこうとしている。

 成功も失敗もやってみなければ分からない。


「満場一致っすか」


 憐は何処か不服そうだったが溜息を吐いて「ま、お嬢が良いなら良いっすよ」と相変わらず瑠美奈至上主義を貫いた。


 丹下はもしも無名が新生物を集めて問題でも起こそうものなら自ら赴いて遊ぶことが出来ると遠い未来に期待する。

 廬は研究所で仕事をする事になってうんざりしているが、このままさようならにならない事にどこか安堵していた。無名を監視するのにも丁度いい立場なのではと。

 瑠美奈は未登録の新生物が平穏無事な生活になるのなら断る理由もない。

 話をずっと聞いていた劉子は夢現になりながら「問題ないです」と同意した。


「それで、こんな事を言ったあとで申し訳ないと思ってるんだが、少し手伝ってくれないか?」


 無名はバツが悪そうにその場にいる全員に頭を下げた。



 一時間後、教会跡地にて。

 憐と廬は教会跡地にある研究所の職員らが乗って来た車を調べていた。

 使える通信機器がないかの調査だった。御代志研究所か筥宮研究所の誰かが生きていたら状態を把握できる。


「受信機が死んでるんすけど」


 憐がうんざりした声を漏らす。


「直せないのか?」

「そこまで専門じゃないんすけど……寧ろコンピュータ専門の助手になるんすよね? そう言うの詳しい方が良いんじゃないんすか?」


 憐がしたり顔で廬に言う。無名に押し付けられたような肩書を真に受けるほど廬は聞きわけが良いわけではない。


「冗談だろ。それに助手は知らなくても良い事もある。下手な知識を付けずに上司に会いに行くさ」

「……何だかんだ乗り気なのが腹立つんすけど」

「そう言うお前はどうなんだ? 気に入らないんだろ? 無名が言い出した事」

「お嬢が良いって言ってるんすよ。お嬢の意思は俺の意思、旦那の意思も俺の意思。それに異論があれば、二人の意思を否定する。冗談じゃないっすね」


 瑠美奈が同意していたとしても憐自身はそれを受け入れる事は出来ない。

 研究所に恩はないが、それによって多くが失われたのは事実だ。下手をしたら新生物のことが世間に露見していた可能性だってある。

 もう直毘神の所為で新生物の存在は知れ渡ってしまってるが、それとこれとは話が別問題になる。


「これを機に……なのかもしれないな」

「どう言うことっすか」


 ガチャガチャと部品を集めては使えそうなものを組み立てる憐。

 退屈な時間、他愛の無い話をする。


「新生物のことが世界に知れ渡ったことで、新生物が肩身の狭い思いをしなくていいようにだ」

「……無理じゃないんすか。おたくら旧生物は俺たち異端を嫌う。今更受け入れてやるなんて都合良すぎるんすよ」

「旧生物が受け入れるんじゃない。互いに歩み寄るんだ」


 旧生物がトップと言い張ることはもう出来ない。かと言って新生物が頂点と言うわけでもない。確かに力は旧生物に勝り戦争を起こそうものなら簡単に制圧出来てしまう。

 今の状態は旧生物には不利である。だからこそ、旧生物が新生物に頭を下げなければならない。それに慢心しないように新生物も旧生物を許す。そんなものは虫のいい話だと舌を出した。


 廬は運転席に座って差したままになっている鍵を捻る。

 するとエンジンがかかる。


「おっ。動いた。帰りは心配なさそうだな」

「一台で全員を運ぶつもりっすか? 何人いると思ってるんすか」

「何とかなるだろ。それに他の車も動くかもしれない」

「そーっすか。まあ俺が焼け死ぬ事がないようで安心したっすよ」


 なんて言いながら憐は通信機器を修理する為に孤軍奮闘する。

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