第218話 ESCAPE
礼拝堂を後にすると崩れかけた壁の裏でイムが待っていてくれたことに気が付いた。冷夏が何かしたら撃退するつもりだったのか蛇が数匹待機している。待っててくれたことにお礼を言って再び友人探しを再開する。
教会跡地には冷夏以外いないと分かるや次は別館に向かう。
「むっ……見つけたよ」
別館を入って少し進んだ所にある二階に通じる階段。その踊り場に男が一人立っていた。
男は寝起きなのか少し顔を顰めてイムを見ている。
イムが見つけたと言ったことで真弥はそちらに顔を覗かせる。
真弥を見る男は目を見開いて驚愕していた。
「真弥。目が覚めたのか」
「えっと、お兄さんが俺の親友で良いのかな?」
「っ……どう言う事だ」
「彼、まだお前との記憶を明確に出来ていないんだよ。もっともお前はA型0号の姿をしている以上、糸識廬でもないわけだから、わかるわけないよね」
当然の事を口にするイムに無名は少し悲しい顔をするが「記憶は戻るよ。お前がやれば」と言う。
「お前の中に潜んでいる天宮司真弥の生気を帰すんだ」
「どうやって」
「握手でもなんでも、接触で何とかなるさ。道を作る事はボクにも出来る」
サポートをするから早く踊り場から下りろと見下ろされているのが気に入らないのかイムは言う。
踊り場から下りて真弥と向き合う。
「……悪かった」
「謝るなよ。それにお前が悪いわけじゃないだろ? 俺はお前を怨んでないよ」
「助けるどころか俺はお前を見つけることが出来なかったんだ。助けられたのは俺の方だ」
偽物だと思っていた本物の廬に遭遇して我を忘れて真弥を見つけるなんて出来なかった。当初の目的を忘れていた。だから謝らないと気が済まなかった。
真弥は無名と握手を交わした。
イムがそこから宝玉の微力を使い天宮司真弥の部分を無名から引き離した。
そこから感じる懐かしさ。ひどく自分の身に馴染む。
けれど痛い。頭が割れるような痛みを感じる。長い間、苦痛を感じていた。
不敵な笑みが瞼の裏に焼き付いている。それが先ほどあった鬼殻であることを思い出した。身体が溶けてしまう程の痛み。手足の感覚がなくなる。
「っ……廬」
「! 真弥」
その手を離さずに無理に笑おうとする真弥に無名は苦虫を噛み潰したような顔をする。そんな苦痛を味わうくらいなら自分の事を忘れたままでも良かったはずだと罪悪感を感じる。
中断する為に無名は手を離そうとするが、真弥は寧ろ離さないと強く握った。
「もう無理だ! 忘れたままでいるべきだ」
「っ……冗談、でしょう? 俺は、ぜったいに、君を思い出すよ。俺がどうしてこうなったのか思い出す」
酷い汗を流して真弥は無名の肩を掴んだ。
その力は痛いが拒絶するわけもなく無名は真弥を支える。
「わぁ、凄い。もう湧き水みたい」
そう言って笑う真弥。
10%の中にどれだけの思い出が詰まっているのか。90%の中にどれだけの取るに足らないことが詰まっていたのか。真弥にとっては10%も90%も重要で大切な思い出であり、捨てることは出来ない。
だから無理を承知で筥宮からやって来た。姿が変わってしまった親友に会うことが出来た。それだけで安堵している。
「くっ……はぁ、っ……」
暫く苦しさに喘ぐ真弥を心配な表情で見守る無名。
やっと落ち着いた頃には、真弥は立っていられなくなっていた。
「はっ……はははっ……」
「笑ってる場合か」
「いや、ごめん。本当に……やっと落ち着いたからさ。腰抜けちゃった」
手を握りながら床に座り込む真弥を何とか立ち上がらせて近くの部屋に連れて行く。先ほどまで無名が仮眠を取っていた部屋だ。そのベッドに腰かける真弥は「まだ心臓が痛い」と笑っている。
「思い出せたのか? 全部」
「ああ……天宮司真弥、復活かな?」
なんて大袈裟に言う。その調子に無名も懐かしさに口元を緩めた。
「ボクは外にいるよ。お前たちの話なんて興味ないからね」
イムはそう言って部屋を出て行く。身体と心が突然の事に馴染むまでは安静するように言われた。今日一日は部屋から出られないかもしれないと苦笑する。
「お前がいなくなってから、怒涛の日々だった」
簡易椅子に腰掛けた無名は、あの日の事を語る。憐と真弥がいなくなって、見つけたと思えば憐は蹂躙されて、真弥は精神が崩壊しかけていると言われた。
「正直、生きた心地がしなかった」
「心配させたね。俺も吃驚した。突然目の前が真っ暗になったかと思ったら、えっと鬼殻だっけ? その人が宝玉を使って俺から何かを吸い取ってるんだから」
それが生気や真弥の大切な記憶であることを知らないでただ徒に宝玉の贄にされるところだった。
「やっぱり……鬼殻は死んだ方が良いな」
「穏やかじゃないぜ、廬。瑠美奈ちゃんを抱えていたんだし、あの子の友だちなんでしょう?」
「鬼殻は、瑠美奈の兄だ」
「え、えーっ!? ……そうなの!」
初耳だと真弥は驚いている。
「ああ、それ以外でも、お前に教えたいことが沢山あるんだ」
積もる話があると無名は真弥に話す。
相槌を打ちながら時々突っ込んだり、驚いたり反応を見せる。
御代志町が襲撃を受けて華之が死んでしまったこと、その後継者が水穏佐那になったこと、糸識廬の偽物が現れたこと、その偽物が実は本当の糸識廬だったこと、廬と名乗っていた男が新生物だったこと、筥宮にある研究所で繰り広げられていたこと、劉子と言う吸血鬼の新生物と親しくなったこと、宝玉が全てイムに食べられてしまったことで世界の流れ変わったこと、まだまだ話すことは多い。
「他にも皆で旅行をするって事になってるんだ」
「楽しそうだね」
「ああ、きっと楽しい……」
「でも、悩んでるんだ」
何か思いつめた顔をしている無名に真弥は言い当てる。
「何に悩んでるんだよ」
「……ひとり、旧生物を嫌っている子がいるんだ。その子は俺の所為で多くの人を殺めて来た。人を殺すことに躊躇しない。特異能力を使う事を戸惑ったりしない子だ。その子をどうやったら瑠美奈たちと一緒に居させることが出来るのか悩んでる」
その子とは礼拝堂であった女性の事だろうかと真弥は思い返す。
(つまり、廬の妹ってことかな)
「廬はどうしたいんだ?」
「……瑠美奈たちの事を知って欲しい。悪い奴らじゃないってことを伝えたいんだ。そうしたらもう独りにならない」
「その子が嫌がっても?」
「嫌なら他の方法を考える。少しずつでも旧生物との生活に慣れて欲しいと思うけど、無理強いするのは……可哀想だ」
冷夏の為に必死に考える。
(瑠美奈ちゃんの事も考えてたし、本当に優しいな)
姿が変わっても本質は変わっていないんだなと真弥は安心する。
「手伝うよ」
「え?」
「その子を説得するの手伝うよ」
「病み上がりのお前に頼めない」
「寧ろ頼ってよ。過保護にされるほど弱いつもりないよ。そりゃあ新生物相手じゃあ役に立たないよ? こういう時だから俺を頼ってくれてもいいだろ?」
冷夏の事を知って、どうしたらやり直すことが出来るか。
一緒に考えようと真弥は言った。




