弐拾弐殺
ヨウサイはゆっくりとこっちに歩いてくる。
「おいおい、予想はしてたけどよぉ、まさか本当に生きてるとはな。折角俺達が盛ってやったのに」
ヨウサイは「よっと」と声を出して巨大机の上にジャンプして乗る。よく見たらコイツ、両手が何故か血で濡れている。
理事長達は警戒しながらそのままバックをする。
「何でアイツが……」
「ん? あれ……」
ヨウサイは俺の方に気付き、数秒固まった。かと思ったら、
「あぁっ! テメェ、あん時の暗殺者か!? 何でテメェがここにいんだよ!」
「その台詞、そっくりそのままあんたに返すぜ。ヨウサイさんよ」
どうやら向こうは覚えててくれたみてえだな。そりゃ良かった。勝手に獲物を取った恨みを晴らさねえといけねえし。
すると俺の所までバックしてきた理事長が顔を近づけてきて、
(銃兵衛君、もしかして……)
(ええ。昨日言ってたヨウサイです)
囁き声で言うと理事長はヨウサイを鋭く睨みつける。
「テメェ、あん時よくも踵落としてくれたな! 後で骨折れたの分かって直すの凄え痛かったんだぞコラァ!」
骨折れてたんだ。関節外れた程度で済んだかと思ったんだが。
「そんなの知るか。それよりもどうしてあんたがここにいる」
「おぉ、そうだったな」
ヨウサイはやって来た用件を思い出したらしく、スクリーンに映し出された百合姫様の方を向く。
「用件はただ一つ。って言っても、俺は単なる使者だ」
ヨウサイは百合姫様を指差し、
「単刀直入に言う。射城学園最高責任統括者、如月百合姫。俺達はお前を抹殺する」
ヨウサイの言葉に全員が驚く。いや、驚かない方がおかしい。それは要するに、コイツとその仲間達は政府に宣戦布告をしに来たって事じゃねえか。如月百合姫様は8校ある国策校の射城学園全てを取り纏める人。その人を殺すという事は政府の要人を殺すという事と同異義。
「ちなみにさっき言ったとおり、お前の飲む筈だった紅茶に毒を盛ったのも俺の仲間がやった。そしてここには『普通』に正面から堂々とやって来た。尤も、警備の連中が取り押さえようとしたけど、鬱陶しかったから全員殺した。あまりにも雑魚だったから素手で充分だったぜ」
成程。だからアイツの両手が血で濡れている訳か。あの日本刀だけでも厄介なのに、素手だけでも充分戦えるか。これは相当ヤベえな。
「さて、8校ある射城学園の理事長共、あの女を守りたければ俺達を殺す事だな。まあ、そんな事出来ればの話だが」
どうやらコイツらは相当自信がある。少なくとも今のはハッタリではない。アイツを殺すのはかなり難しい。だからここはあえて手を出すのは止めて……
「上等じゃねえか……!」
と思ったら隣のユミという女子が制服の右袖に仕込んでたらしい警棒を出し、
「だったら今すぐここで死ねぇ!」
ヨウサイの頭目掛けて警棒を振る。怒りに任せて動いてたものの、その動きは速い。多分当たるな。と周囲は思ったはずだ。
――ガシィ!
「……!」
「おいおい、年頃の女の子がそんな口調でそんな物騒な物振り回すなよ。危ねえじゃねえか」
人の事を言えないヨウサイは何の苦も無く『普通』に警棒を掴んでいた。ユミはそこから一歩も動けない。ヨウサイが力を入れて振れないのだ。
「なめてんじゃねえ!」
ユミは左袖にも仕込んでたらしい警棒を出し、もう一度ヨウサイに一撃を入れる。ヨウサイはこれを受け止めずに掴んでいた警棒を離して後ろに空中一回転ジャンプをして避ける。
ユミはすかさず警棒2本でヨウサイの頭をブッ叩こうとする。ヨウサイは着地したばかりなので手で受け止めるのは難しい。
「チッ」
なのでヨウサイは背中の日本刀をすぐに抜いた。
――シィン!
ヨウサイの放った斬撃が、ユミの警棒2本を『普通』に切り裂いた。
「なぁっ!?」
どうやら特殊合金で出来ていたらしい警棒2本が呆気なく切られた事でユミは目を丸くしているみたいだが、マズいな。
奴は抜きやがった。造りは黒漆鞘太刀拵、刃は黒刀、兼房乱の『異常』な日本刀。
俺は制服のポケットに入れてた黒竜を両手に嵌める。
ヨウサイは黒刀を抜いた事で周りを黒い瘴気のようなものが覆う。
「柚美!下がりなさい!」
鈴海理事長がユミに叫び、ユミは舌打ちをして後ろに下がる。
ってヤバッ!鈴海理事長や他の理事長達と女子達が拳銃を抜いてヨウサイに向けやがる!
アイツに対して銃は悪手だ。俺は理事長が太股のレッグホルスターに入れてる銃を抜こうとしたのを太股を掴んで慌てて止める。
「よせ! 撃つな!」
「黒霧」
俺が警告したが、時既に遅し。ヨウサイを覆っている黒い瘴気が厚くなる。皆はその瘴気の事を知らずにヨウサイに向かって発砲。だが銃弾はヨウサイには当たらずねヒュンヒュンヒュンという音を立てて黒い瘴気の中に消えて行った。
「伏せろッ!」
俺は理事長押し倒してそのまま覆い被さり、そのまま盾代わりになったが、他の皆は黒い瘴気の中に消えて行った銃弾が何処からとも無く飛んできて所々に被弾し、俺と理事長は弾には当たらずに済んだが、当たった方は被弾場所が致命的だった。どれもこれも掌や肩、腹に当たっている。
――空間跳躍――
ヨウサイと戦ったあの後に黒眼が教えてくれたのだが、空間跳躍とは転移術式によって自分を狙ってくる発射体を別空間に強制移動させる、要は飛んで来た物をワープさせるといった感じだ。
戦闘続行が可能なのは俺と理事長だけだな。こりゃ。
「やっぱ同じ手は二度も通用する訳ねえか」
「おい、いい加減に何者なのか名乗ったらどうだ」
「……まあ、そうだな。テメェとはまた会えそうな気がするし」
ヨウサイは黒刀を肩に担いで俺の方を向く。今の言葉は要するに、俺とあんたは何度も戦うかもしれないって事か?
「んじゃあ名乗らせてもらうぜ。俺の名は真田刃刃幸。如月百合姫を抹殺する者、『ZEUS』のエージェントだ」
……『ZEUS』。それが敵の組織名か。
「……『ZEUS』」
何だ?理事長が不意に呟いたぞ。
「……やっと見つけた。『ZEUS』!」
って、いきなり理事長の周りに『異常』な殺気が立ち込めてきた。その殺気は、いつも理事長の出している殺気とほぼ同等いや、それ以上だ。しかも理事長の目がかなり怖くなってる。一体何なんだ。どう考えてもこの人は今『異常』に怒ってる。
「……ラァァァッ!」
「ッ!」
――ギィン!
刃と刃がぶつかる音がした。
一つは刃刃幸の黒刀の音。もう一つは、
「『ZEUS』……!」
理事長の――何処にしまってたのかは不明な――剣だった。長さは刃刃幸の黒刀と同じぐらい。金色の柄と鍔、剣身は銀色に輝く白刃の西洋両刃剣。RPGゲームで言う所の片手用直剣に部類される武器。あれは見ただけですぐに分かる。『異常』な西洋剣だ。何故ならあの西洋剣を振った事により、刃刃幸の周りを覆っていた黒い瘴気が消し飛んだ。
「ここで会ったが百年目とはこの事だね。実際には7年しか経ってないけど、まさかこんな所で『ZEUS』に会えるとはね。ボクってこういう時には運が良いのかな」
「テ、テメェ、黒霧を消しただと、一体何モンだ?」
「ボクかい? ボクは嵐崎紫苑。お前達が殺した、嵐崎楓の孫娘だ!」
「――ッ!」
刃刃幸は目を大きく見開いた。そして物凄くヤバそうな顔になり始める。
「……おいおい、よりにもよってあのバアさんの孫娘かよ。今回は余計面倒臭えことになっちまうな」
刃刃幸は理事長を押し返して一斬り入れたが、理事長が剣で受け止め、鍔迫り合いになる。
「悪いな。俺は只の使者。そろそろここら辺でお暇させてもらうぜ」
「させないよ。お前はここでボクが殺す!」
――ギィン!
今度は理事長が押し返す。理事長の西洋剣の斬撃と、それを受け止めた刃刃幸の黒刀の刃がまたぶつかる。
今度は刃刃幸が理事長の脇腹を狙った斬撃。これを理事長は紙一重でかわし、刃刃幸の心臓を狙って剣で突く。だが刃刃幸は黒刀の背で受け止めて押し返し、理事長に斬撃を放つが、理事長はこれも受け止める。しかも恐ろしい事に、刃がぶつかる度に理事長の殺気がドンドン強くなっていく。
「鬱陶しい小娘だな!」
刃刃幸はとうとうキレたのか、黒刀の刀身に黒い瘴気が集まる。
「黒斬!」
刃刃幸の放った斬撃は、元から黒刃だった刀を更に黒くした、漆黒の斬撃。
刃刃幸の身長は大体180前後くらい。理事長は155から160ぐらい。体格も刃刃幸の方が大きい。なので筋力差・体格差で刃刃幸が理事長を斬りながら理事長を壁まで吹っ飛ばす。
「うわっ!」
「黒斬!」
刃刃幸が漆黒の刃で理事長にトドメを刺すべく一瞬で理事長の前まで来る。あれは俺が使う、一時的に一定距離を一瞬で加速する歩法、『源影』に酷似した移動法だ。
刃刃幸が理事長に黒刀を突きつける。
「死ねやァ!」
だがその刹那、
――ガスッ!
理事長を斬ろうとした刃刃幸の胴に強い一蹴りを入れ込む。
「なっ! しまっ――」
「俺を忘れてんじゃねえよ。真田刃刃幸」
実は俺も刃刃幸が動いたとほぼ同時に源影で理事長に近づいていたのだ。急だったから冬厳も夏蓮も使えなかったが、刃刃幸を押しやるのには充分な蹴りだ。
「テメェ! 一度ならず二度までも!」
刃刃幸は蹴られつつも俺に斬りかかる。
横からの一閃。俺はそれを左腕でガードし、右手で刀身を掴むが、左腕と右手に痛みが奔り、強い衝撃で飛ばされそうになる。だがなんとか飛ばされずに済み、体勢は保てた。
すかさず俺は刀を掴んだまま刃刃幸に回し蹴りを入れる。だが今度の刃刃幸はこれを見切り、黒刀を握っていない方の左腕でガードする。
「死ぬのはお前だぁぁぁぁぁ!」
俺の後ろから理事長がジャンプしてきて、両腕の使えなくなった刃刃幸に西洋剣で斬りかかる。
「黒移!」
ところがその刹那、刃刃幸の全身を黒い瘴気が呑み込む様に包み込み、刃刃幸が消えた。
「え……?」
理事長の斬撃は不発に終わり、剣が床に突き刺さる。かと思ったらすぐに窓の近くに黒い瘴気の塊が現れ、その中から刃刃幸が出てきた。
刃刃幸は黒刀を横に振りかざす。アイツ逃げるだ。その前に仕留めねえと。
「逃がすかぁ!」
何故か怒り狂った理事長が刃刃幸に斬りかかろうとするが、
「黒風!」
刃刃幸が黒刀で突風を起こす。突風は『異常』に強い風なので近づけない。しかも強化ガラスで出来ている筈である窓を『普通』に粉々にした。
「……今日はちょっと遊びすぎたな。テメェら、これだけは言っておく。あまり『ZEUS』をなめねえ方が身の為だぜ」
刃刃幸はそう言い残して割れた窓から飛び降りた。
刃刃幸がいなくなり、部屋には静けさが現れた。
「『ZEUS』、真田刃刃幸。今度会ったら絶対殺してやる!」
理事長が歯をギリギリと噛み締めて『異常』な殺気を出す。かと思ったら、
――フラッ
不意に理事長が倒れる。
「ちょっ、理事長!」
慌てて俺が受け止めると、理事長は息を切らしながら俺を見る。
「ゴメン、銃兵衛君。ちょっと疲れちゃった」
俺だって疲れてるんですけど。けどそんな事を女の前で言ってたら男の恥。仕方ないので理事長を何処かに寝かしに行こうと思ったら、右手に痛みが奔る。見てみると、黒竜を嵌めていた筈なのに、掌に切り傷があった。




