「お願いは?」
喫茶店には、重苦しい空気が立ち込めていた。
臨時休業の札を扉に掛け、四人掛けのテーブルで雫と李玖が並んで座り、向かい側には昨日襲ってきた男と女が座っている。その傍らには、ほかにも男が一人立っている。沙羅は雫の肩の上だ。
「おじいちゃまには一切危険はないから安心して?」
にっこりと笑う女。雫は眉一つ動かさない。
「あくまでも雫ちゃんと会話がしたいだけなの。とにかく聞いてくれないかしら。ああ、言っておくけど、昨日みたいな乱暴な真似はお互いにやめましょうね。私たちが一定時間車に戻らなかったら、おじいちゃまにはちょっと痛い思いをしてもらうことになっているの。もちろん、命に支障はない範囲で」
李玖もなにも反応しない。
「ねえ、聞いてる? まずは話を聞くって約束してくれない? それがおじいちゃまの為にもなるのよ」
「お願いは?」
ここで、雫は初めて口を開いた。凍てつくような視線を女に向けている。
「昨日も言ったでしょう。あたしと会話がしたいなら、頭を下げてお願いしなさいよ。場合によっては聞いてあげなくもないわ」
「……雫ちゃん。今の状況ちゃんと理解してる? その態度、改めた方がいいんだって解らない? そんなに頭は悪くないはずだけど」
「ふん」
雫は笑った。口元だけで。
「よりによってじいちゃんに手を出すなんてね」
今、雫に触れたら斬られる。そんな空気を、雫は醸し出している。
「李玖」
呼ばれるが早いか、李玖が動いた。ポケットから焙烙玉を取り出したのだ。雫が欲しがっていたあの焙烙玉だ。焙烙玉とは、前述のとおり簡単に言えば小さな手榴弾だ。火薬を仕込んで導火線に火を点けることで、相手を殺傷する忍者道具。本来の焙烙玉よりもだいぶ小さく作ったそれを、李玖は正確に三人それぞれに投げつけた。それは手榴弾というよりも爆竹に近い。火は指先に仕込んだ火打石で点けた。火を点けて投げつけるまで、わずか一秒。どんなにもやしでも、李玖は忍びの腕は一流以上なのだ。
「なっ!?」
「きゃあっ!」
顔や胸元で小さな爆発が起こったのだ。敵は全員が悲鳴を上げた。その瞬間を見逃さず、李玖は分銅鎖を取り出して全員を絡めとった。
全員が、雫と李玖の前にひれ伏した形となった。
かたんと音を立てて、雫は立ち上がった。鎖に縛られて動けないでいる女をひどく冷たく見下ろす。
「……お願いは?」
その言葉に、怒り以外の感情は無い。いや、そこにあるのは怒りを超越したなにかだ。雫は、そっと胸元から小さなナイフを取り出した。
女の首に当てる。
「あんたを刺すの、あたしは躊躇わないわよ」
「……出来るわけが…つっ!」
雫は宣言通り躊躇わなかった。ナイフを女の首に刺したのだ。小さく血が流れ始める。
「お願い以外はしゃべらないことね。…今のあなたの願いはなにかしら。形勢逆転?」
ナイフを手にしたまま、雫は反対の手でそっと女の首に触れる。
「あなたの願いが、もう二度と叶いませ」
「頼む!」
雫を遮って叫ぶように声を上げたのは、床に転がっている一人の男だった。昨日、雫が倒した男だ。
「お願いだ、止めてくれ! 悪かった!!」
「悪かったで済むようなことをしたつもり?」
「申し訳なかった! 頼む、止めてくれ!」
床に転がりながら懇願する無様な男を見下ろして、雫は静かに訊ねた。
「……じいちゃんはどこ?」
「すぐそこの公園にある車の中だ。連れて来るから…」
「は?」
「いや、む、迎えに行ってくれ。車の中には分家が二人だ。無条件で解放するよう連絡するから…」
「当たり前のことを偉そうに言わないで」
やはり、雫の言葉は静かなものだ。それだけに迫力は凄まじい。
「李玖。あたし、じいちゃんを迎えに行ってくる」
「おれも行くよ。一人じゃ危ない」
「でもこいつらをこのままにも出来ない」
「じゃあこうしよう」
「ん?」
「がっ!」
「つっ!」
雫が反応するよりも前に、李玖が全員のうなじに手刀を下ろした。それで全員が気絶した。李玖が雫の指示でもないのにこういった手段に出るのは珍しい。
「李玖…」
「じいちゃんに手を出した以上、こっちも加減は出来ないでしょ」
「確かに」
「行こう。じいちゃんが待ってる」
「うん。行こう」
二人は一緒に喫茶店を飛び出した。
しかし結果的に、二人は祖父に再会は出来なかった。




