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零階梯の神話  作者: Matsu
9/13

修行開始

翌朝。


レイヴァは嫌な予感で目を覚ました。


外が騒がしい。


というより、一人だけ異常にうるさい。


「おらぁ!!」


ドゴォン!!!!


地響き。


家が揺れる。


レイヴァは無言で起き上がった。


もう誰が原因か考える必要もない。


外へ出る。


案の定、アレスが巨大な木を殴り飛ばしていた。


幹が真っ二つに折れ、吹き飛んだ木が地面へ転がる。


「起きたか!」


朝から元気過ぎる。


「近所迷惑でしょ」


「近所に人間いねぇから問題ない!」


確かにいない。


そもそも、普通の人間は死の山へ近付けない。


レイヴァは小さく息を吐いた。


2日前まで、こんな場所にいるだけで震えていたはずなのに。


最近は、驚くことに疲れてきている気がする。


ルナが家から出てきた。


「慣れるの早いわね」


「慣れたくて慣れてるわけじゃない」


「それでも順応してる」


ルナはそう言いながら、レイヴァの肩を見る。


昨日狼に掠められた傷。


既にかなり塞がっていた。


「回復も早いわね。普通の人間なら、まだ熱出して寝込んでる頃よ」


レイヴァも気付いていた。


痛みが薄い。


昨日より明らかに身体が軽かった。


「……これも測れなかったのと関係あるのか?」


ルナは少しだけ考える。


「あるでしょうね。アンタ、色々おかしいもの」


全然嬉しくない言い方だった。


その時。


家の扉が開く。


オルフェウスだった。


昨日と変わらない静かな表情。


だが、

レイヴァを見る目だけは少し違った。


観察している。


そんな視線だった。


「今日から修行を始める」


アレスが笑う。


「待ってました!」


「アンタは黙ってなさい」


ルナが即座に返す。


オルフェウスは森の方へ歩き出した。


レイヴァも後を追う。


昨日よりさらに奥へ進む。


空気が重い。


森の色も暗くなっていた。


木々の隙間から差し込む光すら薄い。


歩いているだけで、肌がざわつく。


レイヴァは周囲を見回した。


気配が多い。


昨日よりはっきり分かる。


視線。

殺意。

何かがこちらを見ている。


「止まれ」


オルフェウスが言う。


小さく開けた場所だった。


地面には無数の傷跡が残っている。


爪痕。

焼け跡。

巨大な何かが暴れた跡まであった。


アレスが笑う。


「昔よく壊した場所だ!」


「威張ることじゃないわ」


ルナが呆れている。


オルフェウスはレイヴァを見る。


「修行で最初に覚えるべきことは一つだ。魔法ではない」


レイヴァは少し意外そうな顔をした。


「じゃあ何をするの?」


「生き残り方だ」


短い言葉だった。


オルフェウスは地面へ小石を投げる。


次の瞬間。


横の茂みが弾け飛んだ。


黒い影が飛び出す。


狼型の魔物。


昨日の個体よりさらに大きい。


レイヴァの身体が反射的に強張る。


魔物は低く唸りながら距離を詰める。


赤い瞳。

鋭い牙。


喉の奥から漏れる音だけで、本能が警告してくる。


危険だ。

逃げろ。


身体がそう叫んでいた。


「戦え」


オルフェウスの声。


アレス達は動かない。


助ける気はないらしい。


レイヴァは歯を食いしばる。


正直、今すぐ逃げ出したかった。


だが。


ここで逃げれば、昨日と同じだ。


狼が地面を蹴る。


速い。


レイヴァは横へ飛ぶ。


爪が服を裂いた。


浅い。


避け切れなかった。


狼が振り向く。


間髪入れずに飛び込んでくる。


レイヴァは近くの枝を掴み、無理やり振った。


鈍い音。


狼の頭が少し揺れる。


それでも止まらない。


レイヴァは後ろへ下がる。


呼吸が乱れる。


怖い。


昨日よりずっと怖かった。


相手が強いからじゃない。


今度は、本当に自分一人だからだ。


その時。


オルフェウスの声が聞こえた。


「感じろ」


「……っ」


「火を作ろうとするな、流れを掴め」


狼が再び迫る。


レイヴァは右手を前へ出した。


昨日の感覚を思い出す。


熱。

身体の奥。

指先へ流れる感覚。


狼が飛びかかる。


レイヴァは息を止めた。


次の瞬間。


掌から火花が散る。


赤い火。


昨日より大きい。


小さな炎が狼の顔へ当たった。


狼が怯む。


一瞬だけ。


本当に短い隙。


「今だ!」


アレスの声。


レイヴァは反射的に地面を蹴る。


近くの石を掴み、全力で狼の頭へ叩き付けた。


鈍い音。


狼がよろめく。


そこへ。


黒い影が地面を走った。


ルナの妖力。


狼の身体が地面へ押し付けられる。


アレスが歩いてくる。


「よし、終わりだな」


拳が振り下ろされた。


轟音。


地面が揺れる。


狼は二度と動かなかった。


レイヴァはその場へ座り込む。


息が荒い。


心臓が痛いくらい鳴っていた。


怖かった。


けれど。


昨日とは違う。


今の火は、確かに自分の意思で出した。


小さかった。


弱かった。


それでも、何もできなかった昨日よりは前へ進んでいる。


アレスが笑う。


「ちゃんと戦えたじゃねぇか」


「最後ほぼアンタ達だったけどね」


ルナが冷静に言う。


「うるさい……」


レイヴァは息を整えながら返した。


オルフェウスが近付いてくる。


「今の感覚を忘れるな」


「恐怖の中で掴んだ感覚は、簡単には消えない」


レイヴァは右手を見る。


まだ少し熱が残っていた。


その熱は、昨日より確かに強くなっている気がした。


しばらく沈黙が続いた後。


オルフェウスが空を見上げる。


「そろそろだな」


「何が?」


レイヴァが聞く。


すると、アレスが口元を吊り上げた。


「時間だよ」


「……時間?」


意味が分からない。


ルナがレイヴァを見る。


「死の山の中心部には、時界結界がある」


初めて聞く言葉だった。


レイヴァは眉を寄せる。


「時界……?」


「時間そのものを歪めた空間よ」


ルナが淡々と言う。


「外の世界と、流れる時間が違う」


レイヴァは少し黙った。


何を言われているのか理解できない。


時間が違う?


そんなことがあるのか。


アレスが笑う。


「まあ、最初はそういう顔になるよな」


オルフェウスは静かな声で続けた。


「外界で一年が過ぎる間に、結界の中では遥かな時間が流れる。

神々が作り、妖怪達が干渉し、完成した特殊領域だ」


レイヴァは言葉を失っていた。


王城のどんな本にも、そんな話は載っていない。


ルナが小さく肩を竦める。


「人間達は存在すら知らないでしょうね、知れば世界が混乱するもの」


レイヴァはゆっくり息を吐いた。


まただ。


また、自分の知っている世界が壊される。


けれど。


嫌ではなかった。


むしろ、胸の奥が熱くなっていた。


オルフェウスがレイヴァを見る。


「お前はこれから、そこで力を磨くことになる」


森の風が吹く。


木々が揺れる。


レイヴァは自分の右手を見つめた。


小さな火。


まだ弱い力。


それでも。


この山へ来た時とは違う。


今のレイヴァは、少しだけ前を見始めていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


今後とも『零階梯の神話』をよろしくお願いします。

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