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零階梯の神話  作者: Matsu
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死の山の朝

「もう一回やる」


レイヴァは自分の右手を見つめながら呟いた。


指先に残る微かな熱。

ほんの一瞬だけ現れた小さな火。


それでも、自分の中から何かが出てきた感覚は消えていなかった。


王城では、一度も感じたことのないものだった。


アレスとルナが笑った。


「いい顔するようになったじゃねぇか!」


「さっきまで死にそうな顔してたのに」


「うるさい」


レイヴァが睨むと、アレスはさらに笑った。


ルナは木にもたれながら腕を組む。


「単純なのよ。力を手に入れると、人は少し前を見るようになる」


「みんなもそうだったの?」


レイヴァが聞く。


すると、ルナは少し考えるように空を見た。


「私は違うわね、最初から壊す側だったもの」


さらっと恐ろしいことを言う。


レイヴァが言葉を失っていると、アレスが肩を揺らした。


「こいつは昔からこんなんだ」


「アンタほどじゃないわよ脳筋」


「誰が脳筋だ」


また言い合いが始まった。


レイヴァはそれを見ながら、小さく息を吐いた。


昨日まで、神や妖怪なんてもっと恐ろしい存在だと思っていた。

近付くだけで死ぬような。

人間とは何もかも違う存在。


けれど、目の前の連中は妙に騒がしい。


アレスは大声で笑うし、ルナは呆れながら毒を吐く。


オルフェウスだけは静かだったが、それでも王城の人間達よりずっと話しやすかった。


その時。


森の奥から低い唸り声が響く。


空気が少し張り詰めた。


レイヴァの身体が反射的に強張る。


アレスが森の方へ顔を向けた。


「近いな」


「朝から元気ね」


ルナは面倒そうに呟く。


オルフェウスはレイヴァを見る。


「感じるか?」


レイヴァは集中する。


風の音。

木々の揺れる音。


その奥。


何かいる。


昨日より少しだけ分かった。


気配。

殺意。


森の暗い場所に、

獣のような感覚が蠢いている。


「……いる」


オルフェウスが頷いた。


「魔力は目で見るものではない。感じ取るものだ。

慣れれば、殺気、魔力、気配、感情の揺れも分かるようになる」


レイヴァは森を見る。


確かに何かいる。


だが、姿はまだ見えない。


「人間達は術式ばかりを重視する。本来、力とはもっと感覚に近い」


オルフェウスの言葉を聞きながら、レイヴァは昨日の戦いを思い出していた。


アレスの拳。

ルナの闇。


あれは確かに魔法だった。


けれど、王城で見た魔法とは全然違う。


もっと自然だった。


まるで、最初から世界に存在していたものを引き出しているような感覚。


「人間の魔法と、みんなの力は違うの?」


レイヴァが聞く。


アレスが口を開いた。


「根っこは同じだ。ただ、人間は形にこだわりすぎる」


ルナが続ける。


「詠唱、術式、階梯、属性。人間は全部を分けたがるのよ。

効率化するためには必要だったのでしょうけど」


オルフェウスが静かに前を見る。


「本来、世界に境界などない。火、水、風、雷。全ては繋がっている。

神力も妖力も、結局は世界へ干渉する力に過ぎない」


レイヴァは少し眉を寄せた。


難しい。


王城で習った内容と違いすぎる。


「……難しくてよく分からない」


正直に言うと、アレスが笑った。


「最初から理解できる方が気持ち悪ぃよ。お前はまだ五歳だぞ」


ルナも珍しく否定しなかった。


「まずは感覚で覚えればいいわ」


オルフェウスはレイヴァへ視線を向ける。


「階梯も同じだ」


レイヴァが顔を上げる。


「……階梯?」


「人間達は階梯を絶対視している。だが、本来あれは目安に過ぎない」


王城でもそう教わってきた。


第一階梯から第十階梯。


階梯が高い者ほど優秀。


それが常識だった。


「同じ第三階梯でも、強さは術者によって変わる。

戦い方、魔力量、経験、感覚。全てが関わる」


「階梯だけで決まるほど、世界は単純じゃないのよ」


そうオルフェウスとルナは言った。


レイヴァは黙って聞いていた。


王城の教師達とは、話している内容そのものが違う。


「それに」


オルフェウスは続ける。


「測定できない存在もいる」


レイヴァの肩が僅かに揺れた。


オルフェウスはそれ以上言わない。


ただ静かに森を見ていた。


その時。


茂みが大きく揺れる。


黒い影が飛び出した。


狼型の魔物。

昨日遭遇した個体より一回り大きい。

赤い瞳がレイヴァを捉える。


レイヴァの呼吸が止まりかける。


速い。


飛びかかってくる。


けれど、昨日ほど身体は固まらなかった。


レイヴァは咄嗟に横へ飛ぶ。


牙が肩を掠めた。


熱い痛みが走る。


狼が地面を蹴る。


再び来る。


アレス達は動かない。


見ているだけだった。


レイヴァは歯を食いしばる。


怖い。


それでも。


昨日より少しだけ、身体が動いた。


狼が距離を詰める。


レイヴァは右手を前へ出した。


昨日の感覚を思い出す。


熱。

指先。

小さな火。


「っ……!」


火花が散る。


しかし、炎にはならない。


狼が迫る。


間に合わない。


レイヴァは反射的に腕で顔を庇った。


その瞬間。


狼の身体が横へ吹き飛んだ。


轟音。


数メートル先の木へ叩き付けられる。


アレスだった。


「惜しいな、今のはかなり良かったぞ」


レイヴァは肩で息をする。


心臓がうるさい。


怖かった。


けれど同時に。


悔しかった。


何もできなかったことが。


アレスがその顔を見て笑う。


「いいな、その顔。最初は皆そこからだ」


ルナもレイヴァを見る。


「少なくとも諦めた目ではなくなったわね」


レイヴァは何も答えなかった。


ただ、倒れた狼を見つめる。


もっと強くなりたい。


今度は、はっきりそう思っていた。


オルフェウスが静かに歩き出す。


「戻るぞ、明日から修行を始める」


レイヴァは顔を上げる。


「修行……」


アレスがニヤリと笑った。


「安心しろ、死ぬほど鍛えてやる」


全然安心できない。


レイヴァはそう思いながらも、小さく息を吐いた。


昨日までの自分なら、逃げたいと思っていたはずだった。


けれど今は違う。


怖さの奥に、ほんの少しだけ期待が混ざり始めていた。


森を抜ける途中。


レイヴァはふと空を見上げた。


木々の隙間から見える空は狭い。


王城の庭から見ていた空とは全然違う。


なのに。


不思議と、今の方がずっと広く感じた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


今後とも『零階梯の神話』をよろしくお願いします。

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