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零階梯の神話  作者: Matsu
12/13

最終試験(前編)

レイヴァ・ルクシア・レグナスは、静かに拳を握った。


時界結界の空が揺れている。


太陽、月、星のような光。

その全てが、少しだけ震えていた。


目の前にいるのは、神々と妖怪達。


一億年の間、自分を育てた者達。

そして、何度も殺された相手達だった。


オルフェウスが静かに立っている。


「試験内容は?」


レイヴァが聞くと、オルフェウスは答える。


「簡単だ」


その言葉を聞いた瞬間。


レイヴァは少しだけ目を細めた。


信用できない。


この場所で、簡単だったものなど一度もなかった。


「嫌な予感しかしない」


レイヴァが呟くと、ルナが小さく笑った。


「賢くなったわね」


「学んだからな」


アレスが拳を鳴らす。


「難しく考えんなって!」


「アレスがそう言う時ほど危ない」


「お前、本当に可愛げなくなったな!」


「誰のせいだ」


アレスは豪快に笑った。


オルフェウスは静かに続ける。


「ここにいる者達と戦い、生き残れ」


風が止まった。


レイヴァは数秒、何も言わなかった。


そして、


「やっぱり簡単じゃない」


そう言うと、アストラが楽しそうに笑う。


ミレイアは額に手を当てる。


セフィは当然のように頷いた。


「試験としては妥当だ」


「どこが?」


「外界へ出れば、敵は選べない」


セフィの声は淡々としていた。


レヴァンも静かに言う。


「力だけでは足りない。命を繋ぐ判断が必要だ」


ラグナが低く笑った。


「そして、恐怖に潰れぬ胆力もな」


アシュラは刀を肩に担いだまま、口元を吊り上げていた。


「結局、戦えば分かる」


「お前はそれしかないだろ」


レイヴァが言うと、アシュラは笑った。


「それで十分だ」


オルフェウスが一歩下がる。


「始めろ」


その一言で、空気が変わった。


全員の気配が深く沈む。


殺気。

神力。

妖力。

魔力。


それらが混ざり、時界結界全体を(きし)ませた。


レイヴァは呼吸を整える。


焦るな。


最初に来るのは誰か。


考えるまでもなかった。


目の前で、アシュラが刀を地面へ突き立てた。


ゴォンッ!!


地面が沈み、衝撃で岩が跳ねた。


アシュラはゆっくり首を回す。


「一億年も待った」


「毎日戦ってただろ」


「最後は別だ」


そういうアシュラの目は、獣みたいな目だった。


「お前がどこまで俺に近付いたか、ずっと見たかった!」


レイヴァは静かに息を吐く。


「期待外れでも文句言うなよ」


「それは無い」


「なぜ分かる」


「勘だ」


「信用できない」


アシュラは大きく笑った。


楽しそうだった。

本当に、楽しそうだった。


アレスが腕を組む。


「先陣取られたな」


「譲ってあげなさい」


ルナが言う。


「あいつ、ずっと我慢してたもの」


「我慢してあれか」


「アシュラ基準ではね」


レイヴァは小さく肩を落とした。


この場所にいる連中は、基準が壊れている。


だが、今さらだった。


アシュラが刀を抜く。


空気が鳴った。


刃が動いただけで、周囲の空間が裂けるように震える。


レイヴァは目を細めた。


昔は、この構えを見ただけで動けなくなった。


殺気に呑まれ、身体が固まり、次の瞬間には地面に転がっていた。


何度も、何度も、何度も。


だが、今は違う。


怖い。


それは確かだ。


だが、足は動く。

目も逸らさない。


アシュラが笑った。


「いい顔になったな!」


「そうか」


「ああ」


次の瞬間。

アシュラが消えた。


音は無かった。


遅れて、地面が爆ぜる。


レイヴァは半歩だけ横へ動いた。


銀の刃が、頬のすぐ横を通り過ぎる。


数本の髪が舞った。


その後ろで、岩山が真っ二つに裂け、ズレるように崩れていく。


大地が揺れた。


レイヴァは目だけでそれを確認する。


「相変わらず加減が下手だな」


「今のを避けて言うか」


アシュラは楽しそうに笑う。


刃を返す。


二撃目。


先ほどより早く、鋭い。


レイヴァは後ろへ下がらず、右手に魔力を流す。


風と雷。


身体の動きを補助する。


足元をずらし、刀の軌道から外れる。

同時に左手を上げた。


火と土。


瞬間的に硬化させた拳で、刃の側面を叩く。


火花が散った。


腕が痺れる。


重い。


だが、弾けた。


アシュラの目が見開かれる。


「弾いたか」


「少しだけな」


レイヴァは一歩踏み込む。


右拳。


アシュラの腹へ向ける。


だが、届かない。


アシュラの膝が先に来ていた。


レイヴァは咄嗟に腕で受ける。


衝撃と共に身体が浮く。


そのまま空中へ蹴り上げられた。


視界が回る。


アシュラの方を見ると、もう追ってきている。


「速いな」


レイヴァは呟く。


「遅くしたつもりだ!」


「嘘だろ!」


「本当だ!」


信用できない。


レイヴァは空中で身体を捻る。


背中に風を流し、足場を作った。


見えない空気の板。


そこを蹴る。


アシュラの刀が空を裂く。


レイヴァはその上を越え、右手を下へ向ける。


雷弾(サンダーボルト)


紫の雷が弾ける。


一発。


二発。


三発。


アシュラは刀で弾く。


その隙に、レイヴァは背後へ回る。


だが、アシュラは振り向かずに笑った。


「そこだろ」


刀の柄が、レイヴァの胸を打った。


鈍い音が鳴り、息が詰まる。


レイヴァの身体が地面へ落ち、地面が砕けた。


「っ……」


肺が痛い。

骨も何本か軋んだ。


だが、折れてはいない。


レイヴァはゆっくり立ち上がる。


アシュラは空から降りてきた。


「昔なら今ので終わってたな」


「昔の話だ」


「そうだな」


アシュラは笑う。


「今は続く」


その言葉と同時に、妖力が膨れ上がった。


赤黒い気配。

血の匂い。

獣の咆哮。


それらが混ざったような圧力。


レイヴァの肌が粟立つ。


”羅刹”。


戦うために生まれた妖怪。


その本質が、目の前で開いていく。


ルナが少し眉を寄せた。


「少し本気出しすぎじゃない?」


アレスは笑っている。


「いいだろ。レイヴァなら耐える」


「そういう問題じゃないわ」


ラグナが静かに見ていた。


「いや、ちょうどいい」


「どこがよ」


「外に出るなら、これくらいは超えねばならん」


ルナは呆れたように息を吐いた。


「本当に男連中は雑ね」


レイヴァには二人の会話は聞こえていなかった。


目の前のアシュラに集中している。


赤黒い妖力が、刀へ集まっていた。


あれは危ないと本能が告げている。


受ければ終わる。

避けても、余波で持っていかれる。


それならと、レイヴァは息を吐く。


右手に神力。

左手に妖力。

胸の奥に魔力。


三つを同時に回す。


白。

黒。

紫。


体内で力がぶつかり合う。


「ッ......」

 

痛い。

今でも痛い。


一億年かけても、この痛みだけは完全には消えなかった。


神力と妖力は、本来混ざらない。


混ぜようとすれば、身体が拒絶する。


魂が軋む。


それでも、レイヴァはそれを繋ぎ止めた。


「来い」


短く言う。


アシュラの笑みが深くなる。


「いい覚悟だ」


次の瞬間。


赤黒い刃が振り下ろされた。


世界が裂けた。


そう見えた。


レイヴァは前へ出る。


避けない。

逃げない。


右手の神力を刃へ当てる。


左手の妖力を流す。


神力で形を止める。


妖力で力を喰う。


魔力で自分を保つ。


轟音と共に空が揺れ、地面が割れる。


レイヴァの足が地面へ沈んだ。


腕が裂け、血が飛んだ。


だが、止めた。


アシュラの刀が、レイヴァの両手の間で止まっていた。


沈黙。


一瞬、誰も何も言わなかった。


アシュラが目を見開く。


「……止めたか」


レイヴァは歯を食いしばる。


「手、痛い」


「そりゃそうだろうな!」


アシュラが笑う。


力が増し、刀が少しずつ押し込まれる。


レイヴァの掌が裂け、血が流れる。


だが、放さない。

ここで放せば終わる。


レイヴァは一歩踏み込む。


アシュラの力を受け止めるのではない。


流す。


アレスに何度も叩き込まれた。


(真正面から強者とぶつかるな。壊れない形を作れ。)


レイヴァは刃を横へ流した。


アシュラの体勢が僅かに崩れる。


ほんの一瞬。

それで十分だった。


レイヴァは額で、アシュラの顔面を打った。


鈍い音が鳴り、アシュラの動きが止まる。


「……頭突き?」


ルナが呟く。


アレスが爆笑した。


「いいぞレイヴァ!」


ミレイアは額を押さえる。


「誰が教えたのよ」


「俺だ!」


「でしょうね」


レイヴァはそのまま拳を握る。


神力も妖力も使わない。


ただの拳。


アシュラの腹へ叩き込む。


今度は届いた。


アシュラの身体が後ろへ吹き飛ぶ。


地面を削りながら、数十歩分下がったところで止まった。


アシュラは少し(うつむ)いていた。


レイヴァは肩で息をする。


手が痛い。

額も痛い。

全身が痛い。


痛みを我慢してると、アシュラが笑った。


「はは……はははははは!!」


空気が震えるほどの笑い声。


「入ったな」


レイヴァは息を整えながら言う。


「入った」


「最高だ」


アシュラは刀を肩へ担ぎ直す。


「合格だ......俺からはな」


レイヴァは少しだけ息を吐いた。


終わった。


そう思った瞬間。


背後から拳が来た。


レイヴァは反射的に横へ飛ぶ。


さっきまで立っていた地面が爆ぜた。


攻撃してきたのはアレスだった。


「次は俺だ!」


「少しくらい休ませろよ」


「実戦で敵は待たねぇ!」


「味方くらい待て」


アレスは笑う。


「俺は敵役だ」


アレスの拳が再び来る。


単純だが速く、重い。


だからこそ避けづらい。


レイヴァは後ろへ下がる。


だが、背後の地面から影が伸びた。


ルナ。


足首が掴まれる。


「悪いわね」


「悪いと思ってないだろ」


「まあね」


レイヴァは影を焼こうとする。


しかし、その瞬間。


空からラグナの尾が落ちてきた。


巨大な黒い壁。


避け場がない。


レイヴァは一瞬で判断する。


前にはアレス。

後ろにはルナ。

上にはラグナ。


なら、

(下しかない!)


レイヴァは地面へ手を当てた。


土属性魔法と空間属性魔法を同時展開する。


地面に穴を開けるのではない。

自分の位置を、地中へずらす。


一瞬、視界が暗くなる。


次の瞬間、少し離れた地面から飛び出した。


直後。


アレスの拳。

ルナの影。

ラグナの尾。


三つが衝突し、地形が消し飛んだ。


レイヴァはその光景を見て、無言になった。


「やっぱり殺す気だろ」


「死んでないだろ!」


アレスが笑う。


「結果論だ」


ルナが呆れたように言う。


「今の避けるのね」


「避けなきゃ死ぬからな」


「本当に成長したわ」


褒めているのか分からなかった。


だが、休む暇はない。


空から星の光が降る。


アストラだ。


無数の光が軌道を描く。


未来の道。


その全てが、レイヴァを追い詰めるように配置されていた。


「逃げ道を読んだのか」


「ええ」


アストラは微笑む。


「全部塞いでおいたわ」


「優しくないな」


「優しさよ」


「どこが」


「逃げられない時にどうするか、知っておくべきでしょう?」


その通りだった。


だが、やり方が優しくない。


本当にこの場所の者達は、優しさの形がおかしい。


星光が降る。


レイヴァは右手を上げた。


炎、水、風。土、雷、氷。


六属性を同時展開。


さらに影を薄く混ぜる。


ミレイアの目が細くなった。


「六属性魔法に加えて、影の制御。無茶するわね」


レイヴァは答えない。


喋る余裕がない。


星光が迫る。


レイヴァは六つの属性と影を薄く広げた。


壁ではなく、膜。

受け止めるのではなく、逸らす。


星光が膜へ触れ、軌道をずらされる。


一本。


二本。


三本。


だが、全部は無理だった。


一本が肩を貫き痛みが走った。


レイヴァは顔をしかめる。


それでも集中を切らさない。


膜を維持する。


星光が全て逸れた。


アストラが小さく頷く。


「合格」


「肩、穴空いたんだけど」


「塞がるでしょう?」


「そういう問題じゃない」


ルナが少し笑った。


レイヴァは肩に手を当てる。


回復術式。


傷がゆっくり塞がっていく。


その時、足元が冷え黒い円が広がる。


次はレヴァンだった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


今後とも『零階梯の神話』をよろしくお願いします。

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