最終試験(前編)
レイヴァ・ルクシア・レグナスは、静かに拳を握った。
時界結界の空が揺れている。
太陽、月、星のような光。
その全てが、少しだけ震えていた。
目の前にいるのは、神々と妖怪達。
一億年の間、自分を育てた者達。
そして、何度も殺された相手達だった。
オルフェウスが静かに立っている。
「試験内容は?」
レイヴァが聞くと、オルフェウスは答える。
「簡単だ」
その言葉を聞いた瞬間。
レイヴァは少しだけ目を細めた。
信用できない。
この場所で、簡単だったものなど一度もなかった。
「嫌な予感しかしない」
レイヴァが呟くと、ルナが小さく笑った。
「賢くなったわね」
「学んだからな」
アレスが拳を鳴らす。
「難しく考えんなって!」
「アレスがそう言う時ほど危ない」
「お前、本当に可愛げなくなったな!」
「誰のせいだ」
アレスは豪快に笑った。
オルフェウスは静かに続ける。
「ここにいる者達と戦い、生き残れ」
風が止まった。
レイヴァは数秒、何も言わなかった。
そして、
「やっぱり簡単じゃない」
そう言うと、アストラが楽しそうに笑う。
ミレイアは額に手を当てる。
セフィは当然のように頷いた。
「試験としては妥当だ」
「どこが?」
「外界へ出れば、敵は選べない」
セフィの声は淡々としていた。
レヴァンも静かに言う。
「力だけでは足りない。命を繋ぐ判断が必要だ」
ラグナが低く笑った。
「そして、恐怖に潰れぬ胆力もな」
アシュラは刀を肩に担いだまま、口元を吊り上げていた。
「結局、戦えば分かる」
「お前はそれしかないだろ」
レイヴァが言うと、アシュラは笑った。
「それで十分だ」
オルフェウスが一歩下がる。
「始めろ」
その一言で、空気が変わった。
全員の気配が深く沈む。
殺気。
神力。
妖力。
魔力。
それらが混ざり、時界結界全体を軋ませた。
レイヴァは呼吸を整える。
焦るな。
最初に来るのは誰か。
考えるまでもなかった。
目の前で、アシュラが刀を地面へ突き立てた。
ゴォンッ!!
地面が沈み、衝撃で岩が跳ねた。
アシュラはゆっくり首を回す。
「一億年も待った」
「毎日戦ってただろ」
「最後は別だ」
そういうアシュラの目は、獣みたいな目だった。
「お前がどこまで俺に近付いたか、ずっと見たかった!」
レイヴァは静かに息を吐く。
「期待外れでも文句言うなよ」
「それは無い」
「なぜ分かる」
「勘だ」
「信用できない」
アシュラは大きく笑った。
楽しそうだった。
本当に、楽しそうだった。
アレスが腕を組む。
「先陣取られたな」
「譲ってあげなさい」
ルナが言う。
「あいつ、ずっと我慢してたもの」
「我慢してあれか」
「アシュラ基準ではね」
レイヴァは小さく肩を落とした。
この場所にいる連中は、基準が壊れている。
だが、今さらだった。
アシュラが刀を抜く。
空気が鳴った。
刃が動いただけで、周囲の空間が裂けるように震える。
レイヴァは目を細めた。
昔は、この構えを見ただけで動けなくなった。
殺気に呑まれ、身体が固まり、次の瞬間には地面に転がっていた。
何度も、何度も、何度も。
だが、今は違う。
怖い。
それは確かだ。
だが、足は動く。
目も逸らさない。
アシュラが笑った。
「いい顔になったな!」
「そうか」
「ああ」
次の瞬間。
アシュラが消えた。
音は無かった。
遅れて、地面が爆ぜる。
レイヴァは半歩だけ横へ動いた。
銀の刃が、頬のすぐ横を通り過ぎる。
数本の髪が舞った。
その後ろで、岩山が真っ二つに裂け、ズレるように崩れていく。
大地が揺れた。
レイヴァは目だけでそれを確認する。
「相変わらず加減が下手だな」
「今のを避けて言うか」
アシュラは楽しそうに笑う。
刃を返す。
二撃目。
先ほどより早く、鋭い。
レイヴァは後ろへ下がらず、右手に魔力を流す。
風と雷。
身体の動きを補助する。
足元をずらし、刀の軌道から外れる。
同時に左手を上げた。
火と土。
瞬間的に硬化させた拳で、刃の側面を叩く。
火花が散った。
腕が痺れる。
重い。
だが、弾けた。
アシュラの目が見開かれる。
「弾いたか」
「少しだけな」
レイヴァは一歩踏み込む。
右拳。
アシュラの腹へ向ける。
だが、届かない。
アシュラの膝が先に来ていた。
レイヴァは咄嗟に腕で受ける。
衝撃と共に身体が浮く。
そのまま空中へ蹴り上げられた。
視界が回る。
アシュラの方を見ると、もう追ってきている。
「速いな」
レイヴァは呟く。
「遅くしたつもりだ!」
「嘘だろ!」
「本当だ!」
信用できない。
レイヴァは空中で身体を捻る。
背中に風を流し、足場を作った。
見えない空気の板。
そこを蹴る。
アシュラの刀が空を裂く。
レイヴァはその上を越え、右手を下へ向ける。
「雷弾」
紫の雷が弾ける。
一発。
二発。
三発。
アシュラは刀で弾く。
その隙に、レイヴァは背後へ回る。
だが、アシュラは振り向かずに笑った。
「そこだろ」
刀の柄が、レイヴァの胸を打った。
鈍い音が鳴り、息が詰まる。
レイヴァの身体が地面へ落ち、地面が砕けた。
「っ……」
肺が痛い。
骨も何本か軋んだ。
だが、折れてはいない。
レイヴァはゆっくり立ち上がる。
アシュラは空から降りてきた。
「昔なら今ので終わってたな」
「昔の話だ」
「そうだな」
アシュラは笑う。
「今は続く」
その言葉と同時に、妖力が膨れ上がった。
赤黒い気配。
血の匂い。
獣の咆哮。
それらが混ざったような圧力。
レイヴァの肌が粟立つ。
”羅刹”。
戦うために生まれた妖怪。
その本質が、目の前で開いていく。
ルナが少し眉を寄せた。
「少し本気出しすぎじゃない?」
アレスは笑っている。
「いいだろ。レイヴァなら耐える」
「そういう問題じゃないわ」
ラグナが静かに見ていた。
「いや、ちょうどいい」
「どこがよ」
「外に出るなら、これくらいは超えねばならん」
ルナは呆れたように息を吐いた。
「本当に男連中は雑ね」
レイヴァには二人の会話は聞こえていなかった。
目の前のアシュラに集中している。
赤黒い妖力が、刀へ集まっていた。
あれは危ないと本能が告げている。
受ければ終わる。
避けても、余波で持っていかれる。
それならと、レイヴァは息を吐く。
右手に神力。
左手に妖力。
胸の奥に魔力。
三つを同時に回す。
白。
黒。
紫。
体内で力がぶつかり合う。
「ッ......」
痛い。
今でも痛い。
一億年かけても、この痛みだけは完全には消えなかった。
神力と妖力は、本来混ざらない。
混ぜようとすれば、身体が拒絶する。
魂が軋む。
それでも、レイヴァはそれを繋ぎ止めた。
「来い」
短く言う。
アシュラの笑みが深くなる。
「いい覚悟だ」
次の瞬間。
赤黒い刃が振り下ろされた。
世界が裂けた。
そう見えた。
レイヴァは前へ出る。
避けない。
逃げない。
右手の神力を刃へ当てる。
左手の妖力を流す。
神力で形を止める。
妖力で力を喰う。
魔力で自分を保つ。
轟音と共に空が揺れ、地面が割れる。
レイヴァの足が地面へ沈んだ。
腕が裂け、血が飛んだ。
だが、止めた。
アシュラの刀が、レイヴァの両手の間で止まっていた。
沈黙。
一瞬、誰も何も言わなかった。
アシュラが目を見開く。
「……止めたか」
レイヴァは歯を食いしばる。
「手、痛い」
「そりゃそうだろうな!」
アシュラが笑う。
力が増し、刀が少しずつ押し込まれる。
レイヴァの掌が裂け、血が流れる。
だが、放さない。
ここで放せば終わる。
レイヴァは一歩踏み込む。
アシュラの力を受け止めるのではない。
流す。
アレスに何度も叩き込まれた。
(真正面から強者とぶつかるな。壊れない形を作れ。)
レイヴァは刃を横へ流した。
アシュラの体勢が僅かに崩れる。
ほんの一瞬。
それで十分だった。
レイヴァは額で、アシュラの顔面を打った。
鈍い音が鳴り、アシュラの動きが止まる。
「……頭突き?」
ルナが呟く。
アレスが爆笑した。
「いいぞレイヴァ!」
ミレイアは額を押さえる。
「誰が教えたのよ」
「俺だ!」
「でしょうね」
レイヴァはそのまま拳を握る。
神力も妖力も使わない。
ただの拳。
アシュラの腹へ叩き込む。
今度は届いた。
アシュラの身体が後ろへ吹き飛ぶ。
地面を削りながら、数十歩分下がったところで止まった。
アシュラは少し俯いていた。
レイヴァは肩で息をする。
手が痛い。
額も痛い。
全身が痛い。
痛みを我慢してると、アシュラが笑った。
「はは……はははははは!!」
空気が震えるほどの笑い声。
「入ったな」
レイヴァは息を整えながら言う。
「入った」
「最高だ」
アシュラは刀を肩へ担ぎ直す。
「合格だ......俺からはな」
レイヴァは少しだけ息を吐いた。
終わった。
そう思った瞬間。
背後から拳が来た。
レイヴァは反射的に横へ飛ぶ。
さっきまで立っていた地面が爆ぜた。
攻撃してきたのはアレスだった。
「次は俺だ!」
「少しくらい休ませろよ」
「実戦で敵は待たねぇ!」
「味方くらい待て」
アレスは笑う。
「俺は敵役だ」
アレスの拳が再び来る。
単純だが速く、重い。
だからこそ避けづらい。
レイヴァは後ろへ下がる。
だが、背後の地面から影が伸びた。
ルナ。
足首が掴まれる。
「悪いわね」
「悪いと思ってないだろ」
「まあね」
レイヴァは影を焼こうとする。
しかし、その瞬間。
空からラグナの尾が落ちてきた。
巨大な黒い壁。
避け場がない。
レイヴァは一瞬で判断する。
前にはアレス。
後ろにはルナ。
上にはラグナ。
なら、
(下しかない!)
レイヴァは地面へ手を当てた。
土属性魔法と空間属性魔法を同時展開する。
地面に穴を開けるのではない。
自分の位置を、地中へずらす。
一瞬、視界が暗くなる。
次の瞬間、少し離れた地面から飛び出した。
直後。
アレスの拳。
ルナの影。
ラグナの尾。
三つが衝突し、地形が消し飛んだ。
レイヴァはその光景を見て、無言になった。
「やっぱり殺す気だろ」
「死んでないだろ!」
アレスが笑う。
「結果論だ」
ルナが呆れたように言う。
「今の避けるのね」
「避けなきゃ死ぬからな」
「本当に成長したわ」
褒めているのか分からなかった。
だが、休む暇はない。
空から星の光が降る。
アストラだ。
無数の光が軌道を描く。
未来の道。
その全てが、レイヴァを追い詰めるように配置されていた。
「逃げ道を読んだのか」
「ええ」
アストラは微笑む。
「全部塞いでおいたわ」
「優しくないな」
「優しさよ」
「どこが」
「逃げられない時にどうするか、知っておくべきでしょう?」
その通りだった。
だが、やり方が優しくない。
本当にこの場所の者達は、優しさの形がおかしい。
星光が降る。
レイヴァは右手を上げた。
炎、水、風。土、雷、氷。
六属性を同時展開。
さらに影を薄く混ぜる。
ミレイアの目が細くなった。
「六属性魔法に加えて、影の制御。無茶するわね」
レイヴァは答えない。
喋る余裕がない。
星光が迫る。
レイヴァは六つの属性と影を薄く広げた。
壁ではなく、膜。
受け止めるのではなく、逸らす。
星光が膜へ触れ、軌道をずらされる。
一本。
二本。
三本。
だが、全部は無理だった。
一本が肩を貫き痛みが走った。
レイヴァは顔をしかめる。
それでも集中を切らさない。
膜を維持する。
星光が全て逸れた。
アストラが小さく頷く。
「合格」
「肩、穴空いたんだけど」
「塞がるでしょう?」
「そういう問題じゃない」
ルナが少し笑った。
レイヴァは肩に手を当てる。
回復術式。
傷がゆっくり塞がっていく。
その時、足元が冷え黒い円が広がる。
次はレヴァンだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
今後とも『零階梯の神話』をよろしくお願いします。




