最終試験(後編)
アストラとの戦闘が終わると、次はレヴァンが攻撃をしてきた。
死の気配が近づき、魂が沈む感覚がした。
さっきまでの痛みとは違う。
身体ではなく、内側を掴まれる。
レイヴァは動きを止めた。
視界の端が暗くなる。
レヴァンの声が聞こえる。
「忘れるな、お前は強くなった。だが、死なぬわけではない」
レイヴァは息を吐く。
知っている。
何度も死にかけた。
”一億年”。
嫌というほど知った。
それでも、忘れそうになる瞬間がある。
強くなればなるほど。
痛みに慣れれば慣れるほど。
命が軽くなる。
レヴァンは、それを何度も止めた。
レイヴァは黒い円の中で目を閉じ、自分の鼓動を聞く。
まだ動いている。
まだ生きている。
なら。
「問題ない」
レイヴァは目を開けた。
紫の魔力が足元へ広がる。
神力でも妖力でもない。
魔力。
人間の力。
黒い円が揺れる。
「俺は、まだ生きてる」
その瞬間。
死の気配が薄れた。
レヴァンが静かに頷く。
「よし」
だが、次の瞬間。
空間が閉じた。
セフィだった。
透明な壁が、レイヴァの周囲を囲む。
上下左右。
全て塞がれている。
「次は私だ」
「勘弁してくれ...」
「時間が惜しい」
「一億年あっただろ」
「まだ足りない」
この神もおかしい。
壁が迫る。
潰される。
レイヴァは透明な境界を見る。
壊せない。
いや、壊す必要はない。
ずらす。
境界へ指を伸ばす。
セフィに何度も怒られた。
空間は力任せに裂くな。
形を読め。
流れを見ろ。
繋がりを外せ。
レイヴァは指先へ魔力を集めた。
一点。
透明な壁が揺れる。
そこへ妖力を少し流す。
境界が歪む。
さらに神力で固定する。
道が開いた。
レイヴァはそこを抜ける。
壁が背後で閉じた。
セフィは少しだけ目を細める。
「及第点だ」
「満点じゃないのか」
「形が汚い」
「そこまで見るのか」
「当然だ」
レイヴァは小さく息を吐いた。
かなり疲れてきた。
だが、まだ終わらない。
空気が止まり、音が消える。
飛び散った土も。
揺れる髪も。
アレスの笑みも。
全て止まった。
クロニア。
時間が止まった世界。
その中で、クロニアだけが歩いてくる。
「時間認識、最終確認」
「やっぱり来ると思った」
「驚いた?」
「予想してた」
クロニアは少し黙った。
「つまらない」
「試験中に面白さを求めるな」
クロニアが指を伸ばす。
額へ向かって。
触れられたら、意識ごと時間の迷路へ落とされる。
昔、それで千年迷った。
二度とやりたくない。
レイヴァは目を凝らす。
止まった世界。
その中にある、わずかな流れ。
時間の継ぎ目。
クロニアが動くたび、そこだけ微かに揺れる。
レイヴァはその揺れへ魔力を流した。
世界が軋み、止まっていたすべてが戻った。
クロニアの指が、額の寸前で止まった。
「成功」
「危なかった」
「驚いた?」
「かなりな」
クロニアは満足そうに頷いた。
「なら成功」
「それ、何回言うんだ」
時間が戻った瞬間。
空気がさらに重くなった。
まだだ。
まだ終わっていない。
レイヴァは顔を上げる。
オルフェウス。
彼だけが、まだ動いていない。
最後は、きっと彼だ。
そう分かっていた。
だが。
その前に。
「レイヴァ」
ミレイアの声。
レイヴァは嫌な予感がした。
「何?」
「最後に魔法制御を見るわ」
「今?」
「今」
「疲れてるんだけど」
「疲れていても暴走しないかを見るのよ」
嫌な正論だった。
ミレイアの周囲に魔法陣が広がる。
火、水、風、土、雷、氷、光、闇、空間、重力。
無数の属性が重なる。
レイヴァは思わず顔をしかめた。
「やりすぎだろ」
「これでも抑えてるわ」
「嘘だ」
「本当よ」
信用できない。
だが、来る。
レイヴァは両手を広げる。
全部を相殺するのは無理だ。
なら、受け流す。
自分の中で同じ属性を起こし、ぶつけず、沿わせる。
火には火を。
水には水を。
風には風を。
違う属性で弾けば、歪みが生まれる。
同じ属性で流せば、少しだけ制御できる。
ミレイアに嫌というほど叩き込まれた。
魔法陣が光る。
無数の魔法が降り注ぐ。
レイヴァは息を止めた。
世界が色で埋まる。
炎が来る。
水が来る。
雷が裂ける。
氷が伸びる。
重力が身体を押し潰す。
空間が捻れる。
レイヴァは全属性を同時に回す。
頭が痛い。
体内の魔力回路が悲鳴を上げる。
だが、崩れない。
一つずつ流し、受け、逃がす。
肩の傷が開き、血が流れる。
それでも立つ。
最後の光が消えた時。
レイヴァはまだそこにいた。
ミレイアは静かに息を吐く。
「合格」
「……もう二度とやりたくない」
「またやるわよ」
「やらない」
「必要ならやる」
本当に容赦がなかった。
だが、ミレイアの表情は少しだけ柔らかかった。
「よく耐えたわ」
その一言で。
少しだけ報われた気がした。
レイヴァは肩で息をする。
手も足も重い。
魔力もかなり削られた。
神力も妖力も、安定はしているが余裕はない。
それでも。
倒れていない。
アレスが笑う。
「十分だろ」
アシュラも刀を下ろす。
「だな」
ラグナが鼻を鳴らす。
「外界の魔物程度なら相手にならん」
「その基準で外界へ出すな」
セフィが言い、ルナも頷いた。
「街が消えるわ」
「消さない」
レイヴァは即答した。
すると、全員が少し黙った。
「何だよ」
アレスが視線を逸らす。
ルナも少しだけ目を逸らした。
ミレイアも黙っていた。
レイヴァは眉を寄せる。
「信用されてないのか?」
「されてるわよ」
ルナが言う。
「力加減以外は」
「一番大事だろ」
誰も否定しなかった。
レイヴァは頭を押さえていると、レヴァンが静かに前へ出た。
騒がしかった空気が、少しずつ冷えていく。
黒い円が足元へ広がった。
だが、さっきとは違う。
死の気配ではない。
もっと深い場所。
魂の奥へ触れてくるような感覚だった。
レヴァンは言う。
「最後は、魂だ」
レイヴァは黙って見た。
その隣に、オルフェウスが立つ。
白い光が広がる。
黒い円と、白い光。
二つが静かに重なった。
オルフェウスが言う。
「お前は外へ戻る」
視界が揺れた。
時界結界の空が消え、草原が消える。
神々も妖怪達も消えた。
代わりに現れたのは。
白亜の城。
王城だった。
懐かしい。
広く、冷たい廊下。
豪華な装飾。
遠くから聞こえる声。
レイヴァは立ち尽くす。
忘れたと思っていた。
だが、覚えていた。
ここで生まれ、捨てられ、ここでゼロ階梯と呼ばれた。
目の前に水晶柱が現れる。
測定水晶。
五歳の自分が立っていた。
小さな手を水晶へ置いている。
光は灯らない。
色も出ない。
属性反応もない。
広間がざわめく。
「ゼロ階梯」
神官長の声が響く。
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
一億年経っても。
まだ痛む。
レイヴァは無言で、その光景を見ていた。
次に、王が現れる。
冷たい目。
父ではなく、王の目。
「お前は王族に相応しくない」
その声が響く。
レイヴァは目を細める。
怒り。
悲しみ。
諦め。
全部が、静かに胸の奥で揺れた。
レヴァンの声が聞こえる。
「憎いか?」
レイヴァは答えない。
王城の景色が揺れる。
地下室。
騎士。
眠りの術式。
死の山。
冷たい土。
魔物の牙。
幼い自分が血を流して倒れている。
小さく震えているが、誰も助けに来ない。
その姿を見た瞬間。
レイヴァは少しだけ拳を握った。
「憎かった」
静かに言う。
王の幻が揺れる。
「多分、今でも少しは憎い」
レヴァンは何も言わない。
オルフェウスも黙っている。
レイヴァは幼い自分を見下ろした。
小さな身体。
血に濡れた肩。
怯えた目。
あの日の自分。
泣くことすら出来なかった自分。
「でも」
レイヴァは続けた。
「それだけじゃない」
幼い自分の周囲に、光が落ちる。
白い外套の男。
騒がしい破壊神。
黒髪の妖怪。
静かな死神。
龍神。
羅刹。
九骸。
界理神。
星導神。
万象神。
刻神。
王城にはいなかった者達。
死の山で出会った者達。
自分を無能と呼ばなかった者達。
レイヴァは小さく息を吐いた。
「捨てられたことは、許さない」
その言葉に、景色が揺れる。
「でも、捨てられたから出会えたものもある」
幼い自分が、レイヴァを見る。
その目はまだ怯えていた。
レイヴァは近づき、膝をつく。
「もう大丈夫だ」
幼い自分は何も言わない。
「俺は弱くない」
レイヴァは静かに言った。
「だから、お前ももう怯えなくていい」
幼い自分の姿が、淡く崩れていく。
光になって消える。
同時に、王城も消えた。
景色が戻る。
時界結界。
歪んだ空。
太陽と月。
星の光。
神々と妖怪達。
全員がレイヴァを見ていた。
レヴァンが静かに目を閉じる。
「魂は、歪んでいない」
オルフェウスも頷いた。
「合格だ」
その言葉を聞いた瞬間。
レイヴァの身体から力が抜けた。
膝をつく。
疲れていた。
身体も。
魔力も。
心も。
全部が重い。
アレスが近づいてくる。
そして、乱暴に頭を撫でた。
「よくやったな」
「痛いって」
「褒めてんだよ」
「もう少し優しくしてくれ」
ルナが隣で笑う。
「最後まで雑ね」
「うるせぇ」
ラグナが低く笑う。
アシュラは刀を担ぎながら、少しつまらなそうだった。
「もう終わりか」
「終わりだ」
レイヴァが即答する。
「もう一戦くらい」
「やらない!」
「つれねぇな」
シキが笑う。
「壊れなかったねぇ」
「残念そうに言うな」
「残念だからねぇ」
「本当に嫌なやつだな」
シキは楽しそうだった。
クロニアが近づく。
「外界時間、調整完了」
セフィが続ける。
「門は開けられる」
ミレイアはレイヴァを見た。
「最後に言っておくわ」
「何?」
「絶対に全力を出さないこと」
「分かってる」
「街が消えるわ」
「分かってる」
「本当に?」
「多分」
ミレイアは不安そうだった。
ルナも同じ顔をしている。
アレスだけが笑っていた。
「何かあったらぶっ飛ばせ!」
「それは絶対に駄目」
ミレイアが即答した。
アストラがレイヴァへ近づく。
柔らかく笑っていた。
「外には、人がいるわ」
「知ってる」
「本当に?」
「……本では」
アストラは少し笑った。
「なら、ちゃんと見てきなさい」
レイヴァは黙る。
人間。
王都。
学院。
自分が知らない世界。
一億年も生きた。
それなのに。
人としては、何も知らない。
オルフェウスが空を見上げた。
「レイヴァ」
「何?」
「王都へ行け」
風が吹く。
「王立レグナス魔導学院へ入れ」
その名前を聞いた瞬間。
胸の奥が、少しだけ揺れた。
王立レグナス魔導学院。
王家。
貴族。
人間社会。
自分を捨てた世界へ戻る。
だが、今度は違う。
連れて行かれるのではない。
捨てられるのでもない。
自分の足で向かう。
レイヴァは静かに頷いた。
「分かった」
ルナが言う。
「常識を学んできなさい」
セフィが続く。
「力加減も学べ」
「努力する」
「努力ではなく必須だ」
「分かった」
レヴァンが静かに言う。
「命を軽く見るな」
「分かってる」
ラグナが低く笑う。
「弱者を見下すな」
「ああ」
アシュラが言う。
「強者を見つけたら教えろ」
「嫌だ」
シキが笑う。
「死体が出たら呼んでねぇ」
「呼ばない」
ミレイアがため息を吐く。
「本当に不安ね」
アレスがレイヴァの肩を叩く。
今度は少しだけ加減していた。
「行ってこい」
レイヴァはアレスを見る。
「珍しくまともだな」
「たまにはな!」
アレスは笑った。
本当に、いつも通りだった。
クロニアが手を上げる。
空間に亀裂が走る。
そこから、冷たい風が流れ込んできた。
死の山の匂い。
湿った土。
魔物の気配。
外の世界。
レイヴァは門の前に立つ。
一度だけ振り返った。
神々と妖怪達がいた。
うるさくて、滅茶苦茶で、危険で。
普通ではない連中。
けれど、自分を拾い、育てた者達。
王城では得られなかったもの。
死の山で手に入れたもの。
長すぎる時間を共に過ごした家族。
レイヴァは短く言った。
「行ってくる」
オルフェウスが頷く。
ルナが手を振る。
アレスが笑う。
アストラも笑っていた。
そして。
レイヴァは門をくぐった。
一億年の修行が終わる。
ゼロ階梯と呼ばれた王子は、再び外の世界へ戻る。
今度は、捨てられるためではない。
自分の足で、歩くために。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
今後とも『零階梯の神話』をよろしくお願いします。




