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零階梯の神話  作者: Matsu
13/13

最終試験(後編)

アストラとの戦闘が終わると、次はレヴァンが攻撃をしてきた。


死の気配が近づき、魂が沈む感覚がした。


さっきまでの痛みとは違う。

身体ではなく、内側を掴まれる。


レイヴァは動きを止めた。


視界の端が暗くなる。


レヴァンの声が聞こえる。


「忘れるな、お前は強くなった。だが、死なぬわけではない」


レイヴァは息を吐く。


知っている。


何度も死にかけた。


”一億年”。


嫌というほど知った。


それでも、忘れそうになる瞬間がある。


強くなればなるほど。

痛みに慣れれば慣れるほど。

命が軽くなる。


レヴァンは、それを何度も止めた。


レイヴァは黒い円の中で目を閉じ、自分の鼓動を聞く。


まだ動いている。

まだ生きている。


なら。


「問題ない」


レイヴァは目を開けた。


紫の魔力が足元へ広がる。


神力でも妖力でもない。


魔力。


人間の力。


黒い円が揺れる。


「俺は、まだ生きてる」


その瞬間。


死の気配が薄れた。


レヴァンが静かに頷く。


「よし」


だが、次の瞬間。


空間が閉じた。


セフィだった。


透明な壁が、レイヴァの周囲を囲む。


上下左右。


全て塞がれている。


「次は私だ」


「勘弁してくれ...」


「時間が惜しい」


「一億年あっただろ」


「まだ足りない」


この神もおかしい。


壁が迫る。

潰される。


レイヴァは透明な境界を見る。


壊せない。


いや、壊す必要はない。


ずらす。


境界へ指を伸ばす。


セフィに何度も怒られた。


空間は力任せに裂くな。


形を読め。

流れを見ろ。

繋がりを外せ。


レイヴァは指先へ魔力を集めた。


一点。


透明な壁が揺れる。


そこへ妖力を少し流す。


境界が歪む。


さらに神力で固定する。


道が開いた。


レイヴァはそこを抜ける。


壁が背後で閉じた。


セフィは少しだけ目を細める。


「及第点だ」


「満点じゃないのか」


「形が汚い」


「そこまで見るのか」


「当然だ」


レイヴァは小さく息を吐いた。


かなり疲れてきた。


だが、まだ終わらない。


空気が止まり、音が消える。

飛び散った土も。

揺れる髪も。


アレスの笑みも。


全て止まった。


クロニア。


時間が止まった世界。


その中で、クロニアだけが歩いてくる。


「時間認識、最終確認」


「やっぱり来ると思った」


「驚いた?」


「予想してた」


クロニアは少し黙った。


「つまらない」


「試験中に面白さを求めるな」


クロニアが指を伸ばす。


額へ向かって。

触れられたら、意識ごと時間の迷路へ落とされる。


昔、それで千年迷った。


二度とやりたくない。


レイヴァは目を凝らす。


止まった世界。


その中にある、わずかな流れ。


時間の継ぎ目。


クロニアが動くたび、そこだけ微かに揺れる。


レイヴァはその揺れへ魔力を流した。


世界が軋み、止まっていたすべてが戻った。


クロニアの指が、額の寸前で止まった。


「成功」


「危なかった」


「驚いた?」


「かなりな」


クロニアは満足そうに頷いた。


「なら成功」


「それ、何回言うんだ」


時間が戻った瞬間。


空気がさらに重くなった。


まだだ。

まだ終わっていない。


レイヴァは顔を上げる。


オルフェウス。


彼だけが、まだ動いていない。


最後は、きっと彼だ。


そう分かっていた。


だが。


その前に。


「レイヴァ」


ミレイアの声。


レイヴァは嫌な予感がした。


「何?」


「最後に魔法制御を見るわ」


「今?」


「今」


「疲れてるんだけど」


「疲れていても暴走しないかを見るのよ」


嫌な正論だった。


ミレイアの周囲に魔法陣が広がる。


火、水、風、土、雷、氷、光、闇、空間、重力。


無数の属性が重なる。


レイヴァは思わず顔をしかめた。


「やりすぎだろ」


「これでも抑えてるわ」


「嘘だ」


「本当よ」


信用できない。


だが、来る。


レイヴァは両手を広げる。


全部を相殺するのは無理だ。


なら、受け流す。


自分の中で同じ属性を起こし、ぶつけず、沿わせる。


火には火を。


水には水を。


風には風を。


違う属性で弾けば、歪みが生まれる。


同じ属性で流せば、少しだけ制御できる。


ミレイアに嫌というほど叩き込まれた。


魔法陣が光る。


無数の魔法が降り注ぐ。


レイヴァは息を止めた。


世界が色で埋まる。


炎が来る。


水が来る。


雷が裂ける。


氷が伸びる。


重力が身体を押し潰す。


空間が捻れる。


レイヴァは全属性を同時に回す。


頭が痛い。


体内の魔力回路が悲鳴を上げる。


だが、崩れない。


一つずつ流し、受け、逃がす。

 

肩の傷が開き、血が流れる。


それでも立つ。


最後の光が消えた時。


レイヴァはまだそこにいた。


ミレイアは静かに息を吐く。


「合格」


「……もう二度とやりたくない」


「またやるわよ」


「やらない」


「必要ならやる」


本当に容赦がなかった。


だが、ミレイアの表情は少しだけ柔らかかった。


「よく耐えたわ」


その一言で。


少しだけ報われた気がした。


レイヴァは肩で息をする。


手も足も重い。


魔力もかなり削られた。


神力も妖力も、安定はしているが余裕はない。


それでも。


倒れていない。


アレスが笑う。


「十分だろ」


アシュラも刀を下ろす。


「だな」


ラグナが鼻を鳴らす。


「外界の魔物程度なら相手にならん」


「その基準で外界へ出すな」


セフィが言い、ルナも頷いた。


「街が消えるわ」


「消さない」


レイヴァは即答した。


すると、全員が少し黙った。


「何だよ」


アレスが視線を逸らす。


ルナも少しだけ目を逸らした。


ミレイアも黙っていた。


レイヴァは眉を寄せる。


「信用されてないのか?」


「されてるわよ」


ルナが言う。


「力加減以外は」


「一番大事だろ」


誰も否定しなかった。


レイヴァは頭を押さえていると、レヴァンが静かに前へ出た。


騒がしかった空気が、少しずつ冷えていく。


黒い円が足元へ広がった。


だが、さっきとは違う。


死の気配ではない。


もっと深い場所。


魂の奥へ触れてくるような感覚だった。


レヴァンは言う。


「最後は、魂だ」


レイヴァは黙って見た。


その隣に、オルフェウスが立つ。


白い光が広がる。


黒い円と、白い光。


二つが静かに重なった。


オルフェウスが言う。


「お前は外へ戻る」


視界が揺れた。


時界結界の空が消え、草原が消える。

神々も妖怪達も消えた。


代わりに現れたのは。


白亜の城。

王城だった。


懐かしい。


広く、冷たい廊下。


豪華な装飾。


遠くから聞こえる声。


レイヴァは立ち尽くす。


忘れたと思っていた。


だが、覚えていた。


ここで生まれ、捨てられ、ここでゼロ階梯と呼ばれた。


目の前に水晶柱が現れる。


測定水晶。


五歳の自分が立っていた。


小さな手を水晶へ置いている。


光は灯らない。


色も出ない。


属性反応もない。


広間がざわめく。


「ゼロ階梯」


神官長の声が響く。


その言葉を聞いた瞬間。


胸の奥が少しだけ痛んだ。


一億年経っても。


まだ痛む。


レイヴァは無言で、その光景を見ていた。


次に、王が現れる。


冷たい目。


父ではなく、王の目。


「お前は王族に相応しくない」


その声が響く。


レイヴァは目を細める。


怒り。

悲しみ。

諦め。


全部が、静かに胸の奥で揺れた。


レヴァンの声が聞こえる。


「憎いか?」


レイヴァは答えない。


王城の景色が揺れる。


地下室。

騎士。

眠りの術式。

死の山。

冷たい土。

魔物の牙。


幼い自分が血を流して倒れている。


小さく震えているが、誰も助けに来ない。


その姿を見た瞬間。


レイヴァは少しだけ拳を握った。


「憎かった」


静かに言う。


王の幻が揺れる。


「多分、今でも少しは憎い」


レヴァンは何も言わない。


オルフェウスも黙っている。


レイヴァは幼い自分を見下ろした。


小さな身体。

血に濡れた肩。

怯えた目。


あの日の自分。


泣くことすら出来なかった自分。


「でも」


レイヴァは続けた。


「それだけじゃない」


幼い自分の周囲に、光が落ちる。


白い外套の男。


騒がしい破壊神。


黒髪の妖怪。


静かな死神。


龍神。


羅刹。


九骸。


界理神。


星導神。


万象神。


刻神。


王城にはいなかった者達。


死の山で出会った者達。


自分を無能と呼ばなかった者達。


レイヴァは小さく息を吐いた。


「捨てられたことは、許さない」


その言葉に、景色が揺れる。


「でも、捨てられたから出会えたものもある」


幼い自分が、レイヴァを見る。


その目はまだ怯えていた。


レイヴァは近づき、膝をつく。


「もう大丈夫だ」


幼い自分は何も言わない。


「俺は弱くない」


レイヴァは静かに言った。


「だから、お前ももう怯えなくていい」


幼い自分の姿が、淡く崩れていく。


光になって消える。


同時に、王城も消えた。


景色が戻る。


時界結界。


歪んだ空。


太陽と月。


星の光。


神々と妖怪達。


全員がレイヴァを見ていた。


レヴァンが静かに目を閉じる。


「魂は、歪んでいない」


オルフェウスも頷いた。


「合格だ」


その言葉を聞いた瞬間。


レイヴァの身体から力が抜けた。


膝をつく。


疲れていた。


身体も。

魔力も。

心も。


全部が重い。


アレスが近づいてくる。


そして、乱暴に頭を撫でた。


「よくやったな」


「痛いって」


「褒めてんだよ」


「もう少し優しくしてくれ」


ルナが隣で笑う。


「最後まで雑ね」


「うるせぇ」


ラグナが低く笑う。


アシュラは刀を担ぎながら、少しつまらなそうだった。


「もう終わりか」


「終わりだ」


レイヴァが即答する。


「もう一戦くらい」


「やらない!」


「つれねぇな」


シキが笑う。


「壊れなかったねぇ」


「残念そうに言うな」


「残念だからねぇ」


「本当に嫌なやつだな」


シキは楽しそうだった。


クロニアが近づく。


「外界時間、調整完了」


セフィが続ける。


「門は開けられる」


ミレイアはレイヴァを見た。


「最後に言っておくわ」


「何?」


「絶対に全力を出さないこと」


「分かってる」


「街が消えるわ」


「分かってる」


「本当に?」


「多分」


ミレイアは不安そうだった。


ルナも同じ顔をしている。


アレスだけが笑っていた。


「何かあったらぶっ飛ばせ!」


「それは絶対に駄目」


ミレイアが即答した。


アストラがレイヴァへ近づく。


柔らかく笑っていた。


「外には、人がいるわ」


「知ってる」


「本当に?」


「……本では」


アストラは少し笑った。


「なら、ちゃんと見てきなさい」


レイヴァは黙る。


人間。


王都。


学院。


自分が知らない世界。


一億年も生きた。


それなのに。


人としては、何も知らない。


オルフェウスが空を見上げた。


「レイヴァ」


「何?」


「王都へ行け」


風が吹く。


「王立レグナス魔導学院へ入れ」


その名前を聞いた瞬間。


胸の奥が、少しだけ揺れた。


王立レグナス魔導学院。


王家。


貴族。


人間社会。


自分を捨てた世界へ戻る。


だが、今度は違う。


連れて行かれるのではない。


捨てられるのでもない。


自分の足で向かう。


レイヴァは静かに頷いた。


「分かった」


ルナが言う。


「常識を学んできなさい」


セフィが続く。


「力加減も学べ」


「努力する」


「努力ではなく必須だ」


「分かった」


レヴァンが静かに言う。


「命を軽く見るな」


「分かってる」


ラグナが低く笑う。


「弱者を見下すな」


「ああ」


アシュラが言う。


「強者を見つけたら教えろ」


「嫌だ」


シキが笑う。


「死体が出たら呼んでねぇ」


「呼ばない」


ミレイアがため息を吐く。


「本当に不安ね」


アレスがレイヴァの肩を叩く。


今度は少しだけ加減していた。


「行ってこい」


レイヴァはアレスを見る。


「珍しくまともだな」


「たまにはな!」


アレスは笑った。


本当に、いつも通りだった。


クロニアが手を上げる。


空間に亀裂が走る。


そこから、冷たい風が流れ込んできた。


死の山の匂い。


湿った土。


魔物の気配。


外の世界。


レイヴァは門の前に立つ。


一度だけ振り返った。


神々と妖怪達がいた。


うるさくて、滅茶苦茶で、危険で。

普通ではない連中。


けれど、自分を拾い、育てた者達。


王城では得られなかったもの。


死の山で手に入れたもの。


長すぎる時間を共に過ごした家族。


レイヴァは短く言った。


「行ってくる」


オルフェウスが頷く。


ルナが手を振る。


アレスが笑う。


アストラも笑っていた。


そして。


レイヴァは門をくぐった。


一億年の修行が終わる。


ゼロ階梯と呼ばれた王子は、再び外の世界へ戻る。


今度は、捨てられるためではない。


自分の足で、歩くために。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


今後とも『零階梯の神話』をよろしくお願いします。

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