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零階梯の神話  作者: Matsu
11/13

神々と妖怪達

時界結界の空は、今日も歪んでいた。


空には太陽が浮かんでいる。

その隣には月。


さらに遠くでは、星みたいな光がゆっくり流れていた。

昼なのか夜なのか、もうレイヴァは気にしなくなっている。


最初の頃は、空を見るだけで吐き気がしていた。

時間感覚が狂い、一日が何日にも感じることもあれば、逆に何ヶ月過ぎたのか分からなくなることもあった。


普通の人間なら、精神が先に壊れる。


だが、レイヴァは適応した。


いや。


適応してしまった。


「……もう感覚おかしいんだろうな」


岩の上へ座りながら、レイヴァは小さく呟く。


その瞬間。


「おらぁぁぁ!!」


その声と共に大地が揺れる。


またかと、レイヴァは無言で視線を向けた。


遠くで岩山が一つ吹き飛んでいる。

原因は考える必要もない。


「朝から元気ねぇ」


後ろから声がした。


ルナだった。


黒髪をかき上げながら、呆れた顔をしている。


「またアレス?」


「多分」


「今日で何個目?」


「数えるのやめた」


ルナは深くため息を吐いた。


「その内、本当に結界壊すわよあいつ」


二人で音の方へ向かう。


案の定、アレスが巨大な岩を殴り飛ばしていた。


だが、今日は相手がいる。


「甘ぇぞ破壊神!!」


赤黒い肌で銀髪。

巨大な刀を肩へ担いだ男。


アシュラ。

羅刹(らせつ)の名を持つ妖怪。


妖怪側でも最上位に位置する戦闘狂だった。


レイヴァが初めて会った時、笑いながら斬りかかってきた相手でもある。


理由は。


「強くなりそうだったから」


意味が分からなかった。


アレスが拳を鳴らす。


「うるせぇぞ戦闘狂!」


「拳しか脳がねぇ奴には言われたくねぇな!」


次の瞬間。


拳と刀が正面からぶつかる。


衝撃波だけで周囲の木々が吹き飛んだ。


地面が割れ、岩が砕ける。


レイヴァは少し顔をしかめる。


「朝から何やってるんだ……」


「いつものことよ」


ルナは完全に慣れていた。


アレスとアシュラは、会う度に戦う。


しかも互いに加減を知らない。


昔は止めようとしていたレイヴァも、今では放置するようになった。


止めても無駄だからだ。


その時。


空が陰り、巨大ができた。


レイヴァは反射的に空を見上げた。


次の瞬間。


轟音と共に、巨大な黒龍が地面へ降り立つ。


山みたいな巨体。

金色の瞳。


存在感そのものが暴力だった。


ラグナ。

龍神。


妖怪側最強格。


純粋な力だけなら、アレスすら押し潰しかねない怪物。


ラグナは退屈そうに欠伸をする。

その動作だけで暴風が吹いた。


「騒がしいな」


低い声が響く。


アレスが笑う。


「混ざるか?」


「面倒だ」


「逃げんな!」


「お前達の喧嘩は地形が消える」


ラグナは本気で嫌そうだった。


ルナが頷く。


「そこは同意」


アシュラが鼻で笑う。


「脆い地形が悪ぃ」


「いやお前らが悪いだろ」


レイヴァが即答する。


少し前までなら、こんな相手に普通に話しかけることなんて出来なかった。


だが、長い時間を共に過ごす内に感覚がおかしくなっていた。


この連中は怪物だ。

世界を滅ぼせる存在。


それでも、レイヴァにとっては“日常”になっていた。


「レイヴァ」


静かな声が俺を呼んだ。


振り返ると、黒い着物を纏った男が立っていた。


レヴァン。

死神。


死と魂を司る神。


静かな男だ。


騒がしいこの場所で、唯一空気が落ち着いている。


「最近、殺気に呑まれなくなったな」


レヴァンが言う。


レイヴァは少し考える。


「慣れたんだと思う」


レヴァンは静かに目を細めた。


「慣れ過ぎるなよ。命を軽く見始めた瞬間、お前は壊れる」


レイヴァは黙った。


レヴァンの言葉は、いつも妙に胸へ残る。


その時。


空間が歪む。

青白い光。


銀髪の男が現れる。


セフィ。

界理神(かいりしん)


空間と結界を司る神だった。


理論主義者。


そして、レイヴァへ地獄みたいな術式講義を叩き込んだ張本人でもある。


セフィは周囲を見て即座に顔をしかめた。


「また結界へ負荷を掛けたのか」


「ちょっとだろ!」


「山一つ消えている時点でちょっとではない!!」


珍しく怒鳴っていた。


アシュラが笑う。


「神様って大変だな」


「誰のせいだと思っている」


セフィの額に青筋が浮かぶ。


ルナが呆れながら呟く。


「朝からうるさい連中ばっかりね」


ルナの言葉と同時に、空から光が落ちた。


白銀の髪を揺らしながら、一人の女性が降り立つ。


アストラ。

星導神(せいどうしん)


未来視に近い能力を持つ神。


レイヴァの戦闘感覚を鍛えた人物でもある。


アストラは柔らかく笑った。


「おはよう、レイヴァ」


「おはよう」


アストラはレイヴァの頭を軽く撫でる。


「本当に大きくなったわねぇ、最初はあんなに小さかったのに」


「その話もう何回目だよ」


「だって事実だもの」


アストラは楽しそうだった。


すると、再び空気が震えた。


膨大な魔力。


空間そのものが軋む。


長い銀髪を揺らしながら、一人の女性がゆっくり降り立つ。


ミレイア。

万象神(ばんしょうしん)


属性と魔法を司る神。


神界最高峰の魔導師と呼ばれる存在だった。


ミレイアは崩れた岩山を見て、深いため息を吐いた。


「本当に騒がしいわね、朝から何してるの?」


「模擬戦だ!」


アレスが笑う。


「地形ごと消し飛ばす模擬戦がある?」


「……ある!」


「無いわよ」


即答だった。


ルナが肩を震わせる。


「相変わらずね」


ミレイアはレイヴァを見る。


「魔力制御は?」


「安定してる」


「全属性同時展開は?」


「問題ない」


「複合術式の並列維持は?」


「まだ少し不安定だな」


ミレイアは目を細めた。


「後で修正ね」


「わかった」


レイヴァは素直に頷く。


この場所で、ミレイアへだけは逆らわない。


逆らうと講義時間が伸びるからだ。


本当に伸びる。


最長で時界結界基準で三年続いたことがある。


思い出しただけで頭が痛くなった。


アストラが楽しそうに笑う。


「でも、本当に成長したわよねぇ」


「昔は魔力暴走ばっかりだったのに」


「ミレイアの訓練が厳し過ぎたんだろ」


「必要だったのよ」


ミレイアは静かに言う。


「神力と妖力。本来なら絶対に共存しない力を、あなたは同時に扱わなければならなかった。

少しでも制御を誤れば、肉体も精神も崩壊する。だから基礎を徹底的に叩き込んだのよ」


レイヴァは少し黙る。


確かに、ミレイアの訓練は地獄だった。


魔力回路が焼ける感覚も、精神が崩れそうになる感覚も何度も味わった。


それでも、


あの時間があったからこそ、今の自分がある。


時界結界の中で、レイヴァは気の遠くなる時間を過ごした。


オルフェウスからは、神術と世界法則を。

アレスからは、武術と実戦を。

ルナからは、影と幻術、妖術を。

レヴァンからは、魂と死生観を。

セフィからは、空間術式と結界理論を。

アストラからは、未来予測に近い戦闘感覚を。

ラグナからは、純粋な暴力と覇気を。

アシュラからは、殺気と近接戦闘を。

シキからは、呪いと穢れへの耐性を。

ミレイアからは、魔法の全てを。

クロニアからは、時間認識と超高速思考を。


数え切れない時間。


普通の人間なら、百回生まれ変わっても足りない年月。


時界結界の中で流れた時間は、既に一億年を超えていた。


もちろん、レイヴァの身体が老いたわけではない。


時界結界は、時間そのものを歪めている。


肉体時間。

精神時間。

世界時間。


その全てが普通とは違う。


だが、積み重ねた経験だけは本物だった。


一億年。


戦い続けた。

学び続けた。

壊れ、立ち上がり、また強くなった。


その時間が、今のレイヴァを作っている。


「……レイヴァ」


アレスがニヤリと笑う。


「覚えてるか?」


「何を?」


「最初に俺の拳見た時、腰抜かしてたこと」


「抜かしてない」


「顔真っ青だったぞ!」


「アレスが化け物過ぎたんだ」


アレスは大笑いする。


その横で、ラグナが低く笑った。


「今は違う、今の貴様なら、アレス相手でも数分は持つだろう」


「数分かよ」


「十分異常よ」


ルナが呆れながら言う。


レイヴァは少し黙った。


昔の自分なら、今の会話すら信じられない。


王城で無能と呼ばれていた子供。


ゼロ階梯。


何も持たなかった存在。


それが今、神と妖怪達から“強い”と認識され始めている。


その時、


空気が変わった。


全員が同時に視線を向ける。


静かな足音。

黒い霧。

不気味な気配。


レイヴァは目を細めた。


「……シキ」


シキ。

九骸。


黒い着物。


痩せ細った身体。


異様に長い指。


顔には薄く笑みが浮かんでいる。


死骸と呪いを司る妖怪。


この場所で一番不気味な存在だった。


レイヴァは、未だにこの妖怪だけは完全に慣れない。


シキが笑う。


「随分、人らしくなくなったねぇ」


「褒めてないだろ」


「もちろん」


シキはレイヴァを見る。


その視線は、まるで獲物を見るみたいだった。


「普通の人間なら、とっくに壊れてる。神力と妖力、両方を抱えて一億年。

それでも正気を保ってるなんて、本当に気味が悪い」


ルナが冷たい目を向ける。


「アンタにだけは言われたくないでしょうね」


「酷いなぁ」


シキは笑う。


「外界時間、誤差なし」


静かな声。


いつの間にか、一人の少女が立っていた。


白銀の髪。


感情の薄い瞳。


存在感そのものが曖昧だ。


クロニア。

刻神。


時間を司る神。

時界結界を作り上げた張本人だった。


気配が無い。


そこにいるのに、認識がズレる。


レイヴァは今でも、この神だけは少し苦手だった。


「驚かすな」


「驚いた?」


「かなり」


クロニアは少しだけ首を傾げる。


「なら成功」


成功じゃない。


アレスが笑う。


「相変わらず怖ぇな!」


「アレスの方が怖いわよ」


ルナが即答する。


クロニアはレイヴァを見る。


「時間適応率、正常。

神力、妖力、共に安定。

肉体崩壊なし。」


レイヴァは小さく息を吐く。


神力と妖力。

本来なら、共存しない力。


普通の存在なら、どちらかへ侵食される。


肉体は崩壊し、精神は壊れ、異形化する。


だが、レイヴァだけは違った。


両方を扱える。


だからこそ、オルフェウス達はレイヴァを育てた。


その時。


オルフェウスが静かに口を開く。


「レイヴァ」


周囲の空気が変わる。


アレスも、ルナも、ラグナも。


全員が視線を向けた。


オルフェウスは静かに続ける。


「そろそろ終わりだ」


レイヴァは目を細める。


意味は分かっていた。


修行。

時界結界。

死の山。


その全てが終わる。


アシュラが笑う。


「ようやくか」


ラグナは退屈そうに腕を組む。


レヴァンは静かに目を閉じた。


オルフェウスが言う。


「最後に試す」


「お前が、どこまで至ったのかを」


風が吹く。


時界結界の空が揺れる。


アレスが口元を吊り上げた。


「最終試験だな」


その瞬間。


全員の殺気が膨れ上がった。


空間が軋む。

地面が震える。


時界結界そのものが悲鳴を上げるみたいだった。


レイヴァは静かに息を吐く。


怖くないわけじゃない。


この連中がどれだけ化け物か、誰より知っている。


一億年。


何度も殺されかけた。

何度も叩き潰された。

 

それでも、


今のレイヴァは、昔みたいに怯えるだけの存在じゃなかった。


レイヴァ・ルクシア・レグナスは、静かに拳を握った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、

ブックマークや評価をいただけると励みになります。


今後とも『零階梯の神話』をよろしくお願いします。

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