第15話 鋼の復讐者
ショーンはいつものように作業場でアイアンフィストとロンドンタイガーから授業を受けていた。
「ヘンリー・モーズリー型のネジ切り旋盤を作れなければ、いつまで経っても一定規格のボルトとナットを作れないぞ」
「わかってるよ!」
ロンドンタイガーの指示を受けながら、ショーンはネジ切り旋盤の自作に取り掛かっていた。これがなければ、ハーバー・ボッシュ法は使えない。限られた居住区で一定数以上の人間を養うためには、化学肥料の自作が必須だ。
すると、ゲートの守備を担当しているサトルが、血相を変えて駆け込んできた。
「ショーン! 正面ゲートに客だ。アイリスさんに面会を求めてる。リアム・サンチェスという名の大男だ」
「追い返せ。どうせろくな用件じゃない」
ショーンはヤスリから手を止めずに冷たく言い放ったが、サトルは怯えたように首を横に振った。
「無理だ。引き取ってもらうように頼んだが……言うことを聞いてくれない。尋常じゃない雰囲気なんだ。頼む、ショーンが応対してくれ」
剣道の有段者であるサトルが怯えているのを見て、ショーンは事態の深刻さに気づいた。マテバをホルスターに押し込み、護衛のアイアンフィストとロンドンタイガーを伴ってゲートへと向かう。
鉄条網の向こうには、ボロ布のようなフード付きのマントを纏った大男が立っていた。不気味なほどに静かだが、視界に入れた途端に目が痛くなるような殺気を放っている。
(強い)
ひと目見ただけで戦士としての勘がそう告げた。
その時、乾いた熱風が荒野の砂塵を巻き上げ、男のマントを大きく捲り上げる。露出した服の下の四肢は、生身の肉体ではなかった。
「アンドロイドか?」
ショーンが眉をひそめて問う。
「いや、生体反応がある」
アイアンフィストが視覚センサーを赤く点滅させて応じた。
「生体兵器か?」
ロンドンタイガーもまた、背中の大剣の柄に手をかけながら警戒のトーンで呟く。フードを脱ぎ捨てたその男――リアムは、落ち窪んだ眼窩の奥に飢えた獣のような光を宿して言った。
「俺が用があるのはアイリスだけだ。邪魔をしなければ危害は加えない」
その声は、機械のようでもあり、地を這う亡霊のようでもあった。
「断る。あんたのように剣呑な男を母さんに会わせるわけにはいかない」
「母さん? ほぅ……確かにジュリアン・クロスの面影があるな」
そう呟いたリアムの姿がボヤけた。
ズガンッ!! 鉄のゲートが紙屑のように吹き飛び、リアムが爆発的な踏み込みで突進してくる。
「迎撃」
アイアンフィストが鋼の拳を振り下ろすが、リアムの機械化された左腕がその痛烈な一撃を払いのけ、そのままショーンに向かって踏み込んでいく。
「させん!」
ロンドンタイガーが大剣『百ポンド』を上段から振り下ろす。重さ45キロを超える大剣だ。当たれば只では済まない。しかし、リアムは間一髪のところでその鋭い斬撃を避けると、掌底を叩き込んだ。
「こいつ……単なるサイボーグじゃない。軍用だ……」
ふっとばされたロンドンタイガーが呻く。
「フッ……勇者にはなれなかったが、ちょっとした悪魔にはなれたようだ」
リアムはそう呟くと狂気じみた笑みを浮かべた。そして目標をショーンに定めて突進する。
「化け物め、これでも喰らえ!」
ショーンの放った大口径の弾丸は確実にリアムの額に狙いが定められていた。まだ生身の肉体が残っている数少ない部位だ。
次の瞬間、ガキン! という鈍い金属音が響く。リアムが機械化された腕を使って弾丸を弾いたのだ。
「馬鹿な!? 人間の反射神経じゃない」
「俺は脳を介さずに動けるんだよ」
リアムの鋼の拳がショーンのみぞおちにめり込み、ショーンはその場に崩れ落ちた。
「手加減してやった。十分に鍛えているようだし、死にはしないだろう」
リアムが呟くと、中年の女がふらふらと建物から出てきた。
「今の音……ジュリアン? ジュリアンなの?」
焦点の定まらない目でふらふらと歩くその姿には往年の凛とした雰囲気はまったくなかった。目の前の出来事など理解できず、侵入者である鋼の巨漢を完全に自分の夫だと錯覚している。
「ジュリアン……私、あなたに謝らなければならないの。ずっと待ってたんだから……」
アイリスは無防備に、狂気に満ちたリアムに向かってふらふらと近づいていく。
「母さん、逃げろッ!!」
地面にうずくまっていたショーンが絶叫する。
「アイリスゥゥゥッ!!」
雄叫びをあげて、リアムは駆け出した。彼の右腕が唸りを上げ、凶悪なマチェーテが一閃する。鈍く肉を断つ音——アイリスの胸から腹にかけて深い裂傷が走り、どす黒い鮮血が飛び散った。
「母さんッ!!」
アイリスが崩れ落ちる。生命の灯火が急速に失われていく中、血を吐くアイリスは、自分を斬り裂いたリアムの顔を見上げ、うっとりとした少女のような笑みを浮かべた。
「ああ……ジュリアン。あなた……なのね……? 私を……この悪夢から解放するために……戻ってきて……くれたのね……」
かつての聖女は、狂気で甘美な幻覚の中で、静かに息絶えた。
「母さん! 母さんッ!!」
ショーンの絶叫が響き渡る。
マチェーテから血を滴らせながら、リアムはその恍惚とした死顔を呆然と見下ろしていた。
「ク、クックック……アハハハハハハハハハッ!!」
狂気を孕んだ大笑いが、リアムの喉から弾けた。
「アハハハッ! そうか……あんたも、俺と同じだったんだな。時代に弄ばれ、耐えられなくなって……狂っちまった。……だったら……だったら俺はいったい誰を?」
その言葉には、底知れぬ虚無と、奇妙な安堵が入り混じっていた。
「そうか。そういうことなのか……」
そう言い捨てると、リアムは自らの機械の腕を振りかぶり、血濡れたマチェーテの刃を、自分自身の首筋に当てた。そして一瞬の躊躇すらせずに、ザシュッ! と力任せに自らの首を刎ね飛ばす。
リアムの頭部がゴトリと荒野の砂に転がり、四肢を機械化された首なしの巨体が、大量の血飛沫を吹き出しながらアイリスの亡骸の傍らに倒れ伏した。




