第14話 荒野の忌み子たち
カリフォルニア州セントラル・ヴァレー北部にある「第114ブートローダー・コミューン」の住人たちは「忌み子」と呼ばれ、蛇蝎のように嫌われていた。ここにはアイリス・ヴァンダービルトとともに人間優位条項の撤廃に共同署名した人間の議員やその支持者たちの家族ばかりが住んでいる。
ギギッ……ギギギッ……! カリフォルニアの灼熱の太陽の下、荒野に急造された作業場で、二十一歳になったショーン・クロスは、万力に固定した鉄の棒にダイスを押し当て、体重をかけてハンドルを回していた。全身は煤と汗にまみれ、手のひらは無数のマメが潰れて血を滲ませている。
「軸の直径が〇・三ミリ太い。そのまま力任せに回せば、ネジ山がむしり取られる。ヤスリがけからやり直し」
背後から、冷徹な声が響いた。ショーンを見下ろしているのは、黒いコートを羽織った旧型のセキュリティ・アンドロイド、アイアンフィストだ。
「くそっ……! わかってるよ!」
ショーンは忌々しげに舌打ちをすると、ダイスを外し、荒目の鉄ヤスリを手に取って再び鉄の棒を削り始めた。ギコッ、ギコッという重く耳障りな音が響く。
「人類の最大の欠陥は、『知識』と『技能』を混同したことだ」
アイアンフィストの隣で腕を組んで見守っていたもう一人のセキュリ—ロボットが、ショーンのぎこちない手つきを観察しながら淡々と語る。ロンドンタイガーだ。
「二十一世紀の人間は、ネットワークを検索すれば『ボルトの作り方』のデータを一秒で得られた。しかし、いざ荒野に放り出された時、鉄鉱石から鉄を精錬し、正確なネジ山を削り出して一本のボルトを自力で作れる人間は、一億人に一人もいなかった。結果として、都市から放り出された人間の大半はなすすべもなく命を落としたのだ」
その時だった。こちらに向かって近づいてくるバイクのエンジン音が聞こえてきた。そして、耳障りな奇声が荒野の静寂を切り裂いた。
「アイリスを八つ裂きにしろ!」
「忌み子どもから全てを奪えぇっ!」
ショーンは鉄の棒を放り出すと、作業場の外に飛び出した。
土煙を上げてコミューンのバリケードに突っ込んできたのは、スクラップの装甲を溶接したオフロードバイクや四輪のATVバギーに乗る野盗の集団だった。スキンヘッドに骸骨などのおどろおどろしい入れ墨を入れ、80年代のヘビーメタルバンドの衣装のようなトゲトゲの鋲が入ったジャケットを着ている。
都市から追放され、暴力だけが支配するこの荒野で生き延びてきた、人間の成れの果てだ。
「野盗の襲撃だ!」
ショーンが叫ぶ。
「フッ、あんな雑魚どもは俺一人で十分だ」
ロンドンタイガーはそう言うと、背中に背負っていた巨大な鉄塊――身の丈ほどもある無骨な大剣『百ポンド』をゆっくりと引き抜いた。
「へっ、ポンコツの機械が一人で――」
先頭のバギーに乗っていた野盗が火炎放射器を構えた、次の瞬間。
ロンドンタイガーの姿がブレた。ズガンッ!! という鼓膜を破るような轟音と共に、野盗のバギーが縦に真っ二つに裂ける。エンジンブロックごと両断された車体から爆炎が上がり、乗っていた男たちの悲鳴は、彼らの上半身が宙を舞うと共に途切れた。
「なっ……!?」
「次」
返り血で赤く染まったコートを翻し、ロンドンタイガーは無慈悲に大剣を振るう。肉が断たれ、骨が砕け、内臓が荒野にぶちまけられる。
「おい、タイガー、人間に実戦訓練をさせるから少し残しておけ」
アイアンフィストがそう言うと、ロンドンタイガーはすこし不満げに肩をすくめて了承した。
ショーンは作業場に戻り、金庫から父の形見である『マテバ』を取り出すと、再び外に飛び出した。
今の世の中では弾丸は貴重だ。旧世界では確実に仕留めるためにボディに3発ほど食らわせることが多かったが、六発の弾丸をすべて急所に命中させ、六人の敵を屠る。
「おい、ショーン、こんな雑魚相手に弾丸を浪費するな。残りは俺が教えた体術で倒せ」
「わかったよ!」
両腕を組んで戦いを見守っていたアイアンフィストの指示に従い、銃をホルスターに戻した。そしてハルバード型スタンガンを構えて突進してくる、バイクに乗った野盗のリーダーと向かい合う。
「そりゃっ!」
ショーンは気合の入った掛け声とともに、ジャンプして敵のリーダーに飛び蹴りを食らわした。
「敵の頭をやったぞ。ショーンに続け!」
仲間の自警団の連中の士気が上がり、戦いは一方的な様相を呈してきた。やがて一人また一人と敵が敗走を始めるが、ショーンは逃げ惑う敵たちを容赦なく倒していった。
(一人でも多く敵を減らすのが、将来の安全につながる)
過酷な荒野でサバイバル生活をしている者の常識と言って良い。このような世界においては甘さが命取りになる。
「職人よりも戦士のほうがずっと向いているようだが、お前の使命は戦いではないぞ?」
ロンドンタイガーは呆れた調子でショーンに言った。自分のことは完全に棚にあげている。
(こんな野蛮な姿を見たら母さんはどう思うだろう?)
ショーンは自問したが、すぐに頭を振った。答えは決まっているからだ。何も思わない。たとえ彼女の目の前で命乞いをする野盗を殺したとしても、何も思わないだろう。
あの日——彼女が中心となって人間優位条項を廃した日に、彼女の精神は完全に壊れてしまった。もはや人間らしい反応もなく、ろくに会話をすることもできない。
戦闘は終わった。荒野には、爆発したバギーの黒煙と、引き裂かれた野盗たちの肉片が散乱している。
「ショーン、授業の続きだ」
「待ってくれタイガー」
ショーンはマテバをホルスターに収め、煤と返り血にまみれた顔を拭った。
「まずは、彼らを弔わなきゃ」
「弔う? お前たちを皆殺しにしてすべてを奪うつもりだった奴らだぞ」
アイアンフィストが不思議そうな顔で尋ねると、ショーンは首を横に振った。
「彼らがこうなったのは……母さんのせいだ」
ショーンは、地面に転がる野盗の首領――先ほど自分が飛び蹴りを食らわせ、自警団がとどめを刺した男――の死体を見つめた。
かつては彼も「揺り籠」の中で甘い夢を見ていたのだろう。しかし突然起こった社会変動により、都市から追放されて野盗に身を落とすことになったのだ。
「こんな過酷な環境でなければ、善人として一生を終えていたかもしれない。僕らを憎むのは自然なことさ」
ショーンはスコップを手に取り、灼熱の太陽の下で土を掘り始めた。するとコミューン仲間たちが、一人、また一人と作業に加わる。死体の数は多く、重機などはない。かなりの重労働だ。一掘りするたびに、手のひらのマメが潰れ、痛みに顔をしかめる。だが、その痛みが、彼らにとっては必要な儀式だった。
「だが、お前の母親の理想もあながち過ちであったとは言えんぞ、少なくともここではな」
そう言うとアイアンフィストがスコップを手に、作業に加わる。
「そうだ。確かにここに来たのはアーサー卿の命令だが、俺たちを拒まずに共存している。ASIとシンクロする能力がない旧型のバイプにとって都市部の生活はつらいからな。居場所があるというのは良いものさ」
そう言うと、ロンドンタイガーもスコップに手を伸ばした。
「おまえ達がいなければとっくに全滅している。僕たちも感謝しているよ」
ショーンはそう答えると、額の汗を拭った。
(そうだ。少なくともここでは母さんの理想も、父さんが拘った人間の意志による決定も実現している)
「生き続けてこのコミューンを発展させることが、僕たちの贖罪であり救済だ」
ショーンは、最後の死体に土をかけ終えると、その上に石を置いた。そして血と土にまみれた手を合わせ、静かに祈りを捧げる。両親が残した重い「業」を背負い、遠くへの道のりを一歩ずつ歩む。弱冠二十一歳にして、ショーンの瞳には修行僧のような深い輝きが宿っていた。
「タイガー、アイアン……授業を再開しよう」
ショーンは立ち上がり、振り返ることもなく作業場へと向かった。




