第五話「早贄」(2)
その夜、村長宅での夕餉の時間は昨晩に輪をかけて無味乾燥な空気に包まれていた。
菜っ葉ばかりのおかずがやけにしょっぱいのは、味付けの加減を間違えたからだろうか。ホタルも平静を装っているが、内心ではかなり動揺しているのかもしれない。
今晩は「お味はどうですか?」等と尋ねてくる事もせず、大きな赤いリボンを揺らしながら、黙々と夕食を口にしていた。
「……その、村長」
沈黙に耐えかね、トーマが静かに口を開く。
「何かね」
「ゴサクさんの遺体は、あのままに?」
「下ろす手段がないからな」
「その……俺なら、何とか遺体を下ろせると思います」
「ほう? 宇宙船を使わずに、ですかな?」
「はい」
訝しがる村長に、トーマは親指で自分の身体を指してみせる。
「このマルチプル・スーツには運動補助機能があるんすよ。あのくらいの木に登ることは訳ない。それと、俺の体に移植されているナノマシンは、肉体強化に特化したタイプでね。遺体を引き抜けるかどうかは分からないが、いざとなれば枝ごとぶち折れると思いますよ」
「ほう、肉体強化型ナノマシンか。……私の記憶が確かなら、一般人への移植は禁止されていたと思うが?」
「ご安心を。きちんと合法です。トーマはスペシャルなんですよ」
村長の疑念を、すかさずリカルドが否定する。
すると、その言葉に何故か村長ではなくホタルが反応した。
「すぺしゃる……? トーマさんは、その、何か特別なんですか?」
「実は、トーマはスポーツ選手……と言って分かるかな? それに近い人間でね。きちんと銀河連邦法に則った移植を受けているんだ」
――ナノマシン技術の黎明期のことだ。
宇宙への適応目的以外にも、様々な機能を持ったナノマシンが盛んに開発された。
その一つが肉体強化型ナノマシンだ。読んで字の如く、人間の身体能力を著しく向上させる。
ただ強化するだけならなんの問題もなかったのだが、そのレベルが問題だった。段々と人間離れしたレベルまで肉体を強化するものが増えていったのだ。
肉体を鋼と化すもの。
巨大質量を内包するもの。
狼男よろしく、獣のような姿と能力を与えるものさえあった。
それらナノマシンは軍事やテロに利用され、銀河連邦の治安悪化に繋がったのだ。それに故に、現在では肉体強化型ナノマシンは基本禁止されている。
その例外が、スポーツ選手や資格を持った軍人なのだ。
「トーマは、こう見えてもエリートなのさ」
「『こう見えても』は余計だっつーの! ……まあ、そんな訳で、俺ならゴサクさんの遺体を回収出来ると思いますよ」
「なるほど、トーマ殿に可能なのは理解した。だが、おすすめは出来ないな」
「え、なんでさ?」
「情けない話だが、一部の村人はオオカミさまの存在を信じておらん。そんな連中が、見事に遺体を回収するトーマ殿の姿を見たとしよう。さて、何をどう考えるだろうか?」
村長が眉間のしわをいよいよ険しくしながら尋ねる。
一方、問われた方のトーマはピンとこないようで、大きく首を傾げている。
「トーマ、分からないのかい? 遺体の回収が出来るのなら、その逆もまた然りと考える輩が出るかもしれないと、村長さんは仰ってるのさ」
「……あっ」
リカルドに言われてようやく合点がいったのか、トーマが「なるほど」と手を打った。
つまり、下手に遺体を回収してみせては、トーマこそがゴサク殺害の犯人だと疑われてしまうかもしれないということだ。
「……ゴサクの遺体については、私も心苦しい。何か手を考えておこう。お客人に手伝って頂く場合もあると思うが、よろしいか?」
「それはもちろん。……ただその、気になっているんですが」
「何か?」
「そもそも、オオカミさまとは何者なんですか? どんな姿で、どんな能力を持った存在なんでしょうか?」
「……村の守り神、という事以外は私も知らん。オオカミさまは人前に姿を見せんからな。ただ、その奇跡の御業の数々は村にいくつも伝わっているのだ――というか、この村の存在自体がオオカミさまの奇跡によるものなのだ」
そう言って、村長は大神村の由来を語り始めた。
最初にこの惑星ロスロボスへ入植した人々は、森を切り開き村を作ろうとしたらしい。
だが、原生植物の勢いは凄まじく、開拓は遅々として進まない。自然派の教えとして重機を使わなかったことも、その一因だったらしい。
そうこうしている内に、仲間達は一人減り二人減り。遂に当初の半分ほどの人数になってしまった。
そこへ、どこからともなくやってきて救いの手を差し伸べたのがオオカミさまだった。
オオカミさまは、その奇跡の御業で密林の只中に大きな穴を穿つと、瞬く間に巨大な湖を創り上げた。
湖には大小二つの島が浮かんでおり、オオカミさまはそこを人々の住まいと定めたそうだ。
湖は霧の結界で覆われており、ロスロボスの原生動植物の侵入を防いでくれた。
大島と小島にはそれぞれ「枯れぬ泉」が湧いており、人々は水資源に困ることも無くなった。
その代わりに、オオカミさまが人々に求めたルールが、村の掟の原型となった。
「湖の……霧の結界の外へは出ぬこと。原生生物を獲らぬこと。その他いくつかのことを言いつけ、オオカミさまは湖へと姿を消したそうだ。人々はオオカミさまへの感謝を忘れぬ為に、集落に『大神村』と名を付け、暮らし始めた。――こんなところで如何かな?」
「ありがとうございます。いやあ、興味深いですね。地球に伝わる民話にも似たような話があります。移民達がどこからともなく現れた神様によって約束の地を与えられ、その神を崇めるようになった……みたいなのがね」
しきりにウンウンと頷くリカルドの目は、少年のように輝いていた。
「そういえばこいつ、この手の話が好きだったな」と思い出しつつも、トーマは今の話に、どこか現実味めいたものを感じていた。
別に神様が本当にいると思った訳ではない。無計画な開拓民を支援した何者かがいたのではないか、と考えたのだ。
例えば、この湖は大規模な人工湖で、となると重機を使ったこれまた大規模工事が必要で……。そういった事実は、「自然派」のこの村では不都合な真実となるので、「オオカミさま」という神様の御業だと捻じ曲げて伝えている、など。
(どちらにせよ、ゴサクさんをあんな目に遭わせた野郎がいるはずなんだ。バチが当たったとか、馬鹿馬鹿しいにも程があるぜ!)
***
その夜のことだ。村の明かりもすっかり消え、人々が寝静まった頃、不意にナビが二人に声をかけた。
『トーマ、リカルド。またお客さんのようですよ。足音、その他から推定すると、トウリのようです』
ナビの言葉に二人はむくりと起き上がり、しばし待った。
すると――。
「俺だ、トウリだ。こんな夜分にすまないが、少し話がしたいんだ」
木戸が控えめにネックされ、トウリの潜めた声が聞こえてきた。
こんな夜分にこっそり尋ねてくるなど、尋常の用件ではないのだろう。
暗闇の中、ナノマシンによる暗視状態の二人は静かに頷き合い、木戸へと向かった。
「どうしたよトウリ。また何か厄介事でも起きたか?」
「しっ。……村長達には内密に、ちと話したいことがあるんだ。二人とも、俺んちまで来てくれねぇか?」
「……ホタルさんにも内緒でか? 一応、俺らは勝手に出歩かないように言われてるんだが」
「ああ。あいつを疑ってる訳じゃないが、念の為」
トーマは確かめるようにリカルドに振り向く。リカルドは静かに頷き返す。彼にも思うところがあるのだろう。
こうして二人は、トウリの持つ頼りないランプの明かりだけを頼りに、村へと向かった。
――星明りもない夜の下に、そんな三人を見つめる少女の姿があることにも気付かずに。




