第四話「祟り」(2)
電気は有れど街灯のようなものはないらしく、村の夜は家々から漏れ出る営みの明かりによって淡く照らし出されるのみで、ひどく暗かった。
店屋の類もなく、夜に楽しめる娯楽も殆どないので、就寝も早いらしい。この僅かな明かりも、ぼちぼちと消えていくそうだ。
母屋で野菜と雑穀ばかりの夕餉を頂いてから、トーマ達は離れへと戻ってきた。
その表情が浮かないのは、何も食事に満足していないからではない。
食事は村長一家と共に済ませたのだが、そこには一家だんらんの和気あいあいとした雰囲気が皆無だったのだ。
シンイチは仏頂面で黙々と食べるのみ。
ホタルはトーマ達に「お味はどうですか?」と尋ねるくらいで無駄口は叩かない。
モモトにいたっては、父親の顔色を窺うようにして一言もしゃべらなかったのだ。
重苦しい事この上なかった。
「どうやら、村長は厳しい父親みたいだね」
「厳しい、つーか、モモトに興味がない? ようにも見えたな」
離れの中で粗末な――しかし村で用意出来る最上級の――布団を敷きながら、夕食の席を振り返る。母親――シンイチの妻の姿が見えなかったのも気になったが、軽率に訊いていい話題でもなく、訊けずじまいだった。
「……この村では、子どもは貴重だと思うんだけどね。いやはや」
「はっ? どんな場所でも子どもは大事だろ? 何言ってんだリカルド」
「もちろん、それはそうさ」
トーマの純粋な反応に、リカルドは思わず嬉しい苦笑いを浮かべてしまった。
「でも、僕が言っているのはちょっと意味が違うんだ。多分だけど、この村は――」
『お二人とも、誰かがこの離れに近付いているようです。成人男性が……複数』
リカルドの言葉を遮るように、ナビが警告を発した。
といっても、声は出していない。マルチプル・スーツの通信機能経由で、二人の聴覚に直接音声を送ったので、周囲には一切音は漏れていない。
二人は頷き合うと、木戸へと忍び寄った。
この離れには木戸以外に出入り口はなく、他は明かり採りの小さな窓くらいしかない。壁は決して厚くはないが、それでも簡単に叩き壊せるものでもない。
外の連中が良からぬ目的でやってきたのだとしても、木戸以外から侵入してくる可能性は薄かった。
そのまま、ややあって――。
「俺だ、トウリだ。秘蔵の酒を持ってきたんだ。村長には内緒で、一杯やらねぇか?」
木戸の向こうから聞こえてきた潜められた声に、トーマとリカルドは思わず苦笑した。
***
やってきたのはトウリとゴサク、それと見知らぬ青年だった。トウリと同い年くらいの男で、宴会の時には見かけなかった顔だ。
「紹介するよ。こいつはマンタって言ってな、俺の弟分だ。ほれ、お二人に挨拶しろ」
「マ、マンタっす! えへへ」
何故か照れ笑いする青年――マンタは、純朴を絵に描いたような青年だった。
精悍なトウリとは対照的に丸顔で、人の良さそうなうすら笑いが張り付いている。
「こいつ、こう見えて手先が器用でね。トーマさん達は、桟橋近くの『はやにえ』は見たかい? あれを作ったのもこいつさ」
「ああ、あれかぁ。俺、本物かと思ってビビったよ」
「え、えへへ。そう言っていただけて、嬉しいっす」
照れ隠しするように頭をかくマンタ。その手は顔に似合わずゴツゴツとしていて、いかにも職人の手といった風情だ。
「つーかさ、なんであんな人形を木の上に刺すんだ? 村長はオオカミさまがどうのこうの言ってたけどよ」
「ええ。オオカミさまへの畏れを忘れないようにって、村の風習なんすよ。なんでも、掟を破った者はオオカミさまの祟りで、『はやにえ』にされちまうって話でな」
「なるほど。掟を破った奴が天罰……いや、神罰か? ともかく神の怒りを買った姿を模してるって訳か。しかし、豪い残酷な神様だな」
「村人を怖がらせる為なんでしょうねぇ。――まっ、オオカミさまなんてモンが本当にいれば、の話ですが。掟を破った奴が実際に『はやにえ』にされたって話も聞きませんしね。なあ、ゴサクさん」
トウリから話を振られると、ゴサクは手にしたぐい呑みをゆっくりと空にしてから、口を開いた。
「おうよ。オラ達が獲っていい獣の数は村長が決めてるって話は、したよな?」
「ええ、そう仰ってましたね」
隣に座るリカルドが、ゴサクのぐい呑みにおかわりを注ぎながら首肯する。
「でもよ、わざとじゃねぇにしろ、間違って多く仕留めちまう時がさ、やっぱりあんのよ。けどよ、それでバチが当たったなんて話は、聞いたこともないんよ」
「そそ。そもそも、俺らの先祖は宇宙を渡ってこの惑星に来てこの村を作った訳だしよ。そんな村で神様だとか祟りだとか、意味が分からんのさ」
ゴサクの言葉に相槌を打ちながら、トウリもぐい呑みを一気に呷る。二人とも既にかなり飲んでいるはずだが、どうやら底なしらしい。
そんな二人とは対照的に、マンタはチビチビと飲んでいる。酒の楽しみ方は人それぞれなのだろう。
「だいたい、村の掟が厳しすぎるんだよ。やれ、アレをしちゃいけねぇ、これをしちゃいけねぇって。年々人だって減ってるのによ」
「やっぱり、そうなのかい?」
「ああ、リカルドさんは村を見て回ったんだったな。子どもが少ねぇだろ? 俺らの世代の半分以下なのさ。このままじゃ誰もいなくなっちまうよ」
吐き捨てるように呟いてから、トウリが大神村の現状を語り始めた。
曰く、イトコ以内の近親婚が禁止な為、そもそも夫婦になれる男女が減っている。
曰く、食料を田畑に頼っている為、何年か周期で深刻な食糧不足が起こっている。
曰く、トウリ達若者が森の獣をもっと獲らせてほしいと村長に直談判しても、聞く耳を持ってくれない等々。
「森の獣を獲り過ぎちゃアカンってのは、オラにも理解出来る。この島の獣達は地球から一緒に越してきた連中だからなぁ、数も種類も限られてるんよ。でもな、対岸の獣まで獲っちゃイカンってのは分からんのよ」
「対岸の……獣? この惑星の原生生物のことですか?」
「おうよ」
リカルドの問いに、ゴサクがぐい呑みを空にしながら答える。すかさずリカルドが酒を注ごうとしたが、酒瓶は既に空なようで、涙の一滴程度の酒がぽたぽたと垂れるばかりだった。
「オラの死んだ爺様がよ、今際の際に教えてくれたんよ。『対岸の獣は信じられねぇくらい美味い』ってな。なんでも、湖を渡った向こう側には、でけぇ鳥みてぇな姿をした六本足の獣がいて、簡単に狩れるんだとさ」
「ということは、ゴサクさんの御祖父様は実際に対岸の獣を狩ったことがある?」
「おうよ。夜中にこっそり舟で渡って、一匹だけ仕留めて持ち帰ったんだとさ。もちろん、当時の村長には内緒でなぁ」
「その……オオカミさまのバチは、当たらなかったんですか?」
「爺様は、はやにえにもならず、七十まで長生きしただよ」
「なるほど」
ゴサクの祖父の話を信じるなら、どうやら村の掟を破ったところで、オオカミさまにはやにえにされることはないようだ。つまり、バチだとか祟りなんてものは、存在しない。
だが、ならば何故、ゴサクも祖父に倣って対岸の獣を狩りに行かないのだろうか?
その疑問をリカルドが口にすると、ゴサクから饒舌さが消えた。
「そりゃあ……爺様は大丈夫だったかもだが、オラも大丈夫とは限らんしなぁ」
「ゴサクさんはビビリなんだよ」
「な、なんだとう!? トウリこの野郎! オ、オラだって、やれば出来らぁ!」
「お、言ったな? 良かったなトーマ、リカルド。近い内に『信じられねぇくらい美味い肉』が食えるかもしれねぇぞ」
ケタケタと笑いながら、トウリがそんなことを言う。どうやら、少し悪酔いしているらしい。
ゴサクはゴサクで、「見てろよ~」等とブツブツ言いながら、コックリコックリし始める始末。
見かねたマンタが二人をいさめて、この場はお開きということになった。
***
「トーマ、さっきの話、どう思う?」
「どうって、何がだ」
「対岸の獣の話。この村の食糧事情は悪い。それなのに、対岸に生息する食べられる動物に手を出すどころか、村の掟で湖を渡ることさえ禁じている」
「ああ、それか。あれじゃないのか? 自然保護の精神ってやつ。原生生物は殺さない主義なんだろ」
「……それだけ、なのかな」
「んなこと、俺らが考えても仕方ないだろ。村のルールなんだ。郷に入ってはナントヤラってやつだよ。ほら、もういい加減寝ようぜ」
言うや否や、さっさと布団に潜り込んで、驚くべき速さで寝息をたて始めるトーマ。
仕方なく、リカルドもようやく横になる。
(何かが引っかかってるんだよね……)
モヤモヤとした何かを感じつつも、リカルドもやがて静かな寝息をたて始めた。
こうして、二人の村での二日目の夜は、安眠と共に過ぎていった。
これが二人にとって最後の安眠であるとも知らずに。




