第三話「逗留」(2)
夜。村長宅の広い座敷に村人達が集まって、ささやかな宴会が催された。
村長は「主だった大人」と言っていたが、集まったのは青年から中年くらいの男達が多く、老人はごく僅かだった。全部で二十名くらいだろうか。
少々意外だったのは、照明に電気が使われていたことだ。どうやら、村のどこかに発電施設があるらしい。
「まあまあ、お客人。まずは飲んでくれよ」
その中で、トーマとリカルドを接待するのは、トウリという二十歳くらいの青年だった。二人の正面にドカッと座り、手にした陶器製の酒瓶を振ってみせる。
中身は間違いなく酒なのだろうが、一体どんな酒やらと、トーマは戦々恐々だった。
「っと、なんだ、お客人の盃がないじゃないか。ホタル、適当なやつ持ってきてくれよ」
「はい、トウリ兄さん」
村長の娘に対するとは思えぬぞんざいなトウリの態度を気にした風もなく、ホタルが部屋の片隅にある粗末な食器棚へと向かう。
ちなみに彼女は、ちゃっかりトーマの隣をキープしていた。何やら気に入られたらしい。
「……兄さんってことは、トウリさんはホタルさんの兄さんなのか?」
「呼び捨てでいい。こっちもトーマとリカルドって呼ぶからさ。ちなみに、俺とホタルは兄妹じゃないぞ」
「この村の人達は、全員が家族みたいなものですから」
トーマとリカルドに盃を渡しながら、ホタルがトウリの言葉を継ぐ。
少し無骨な盃は、酒瓶と同じく陶器製だ。この村ではガラス製品を極端に見かけないが、代わりに陶器製品が多いようだ。
「まずは一献!」
トウリが豪快に酒を注ぐと、盃はたちまち謎の白い液体で満杯になった。どうやら濁り酒らしい。
トーマは、失礼にならない程度に匂いを確かめてから、一気に盃を煽った――強い。トロリとした飲みごたえの中に、強烈な酒精を感じた。
一方のリカルドは、自分で飲む前にこっそりと酒をナビに舐めさせていた。どうやら成分分析させているらしい。
……ややあって、トーマとリカルドの頭の中に「過食判定、問題ありません」というナビの声が響いた。マルチプル・スーツとナノマシン経由で直接音声情報を伝えているので、村人にはナビの声は聞こえない。トーマは少しだけ後ろめたさを覚えた。
気を取り直して、今度は膳に盛られた料理に目を向ける。
玄米飯、青菜のおひたし、里芋と人参らしきものの煮物、大根の漬物……どれもトーマが資料の中でしか見たことがない料理だ。
食べた覚えのあるものと言えば、味噌汁くらいだろうか。銀河一円に展開する牛丼チェーン「松本屋」の味噌汁は、何を隠そうトーマの好物だった。
尤も、あちらは豆腐とワカメの味噌汁だが、こちらはゼンマイらしき山菜が具のようだ。
恐る恐る箸を進めていくが、どれも薄味で素朴な感じだ。
「あの……トーマさん、お口に合いましたか?」
「これはホタルさんが?」
「はい、村の女衆と。外の方がどんなものを召し上がっているのか分からないので、村の普段の食事と変わらなくて恐縮なんですが」
「とんでもない、すごく美味しいですよ! なあ、リカルド?」
「そうだね。医者の立場からすると、実に健康的で理想的なメニューだと思うよ」
トーマとリカルドの言葉に、ホタルの顔に花が咲くような笑顔が浮かぶ。……トーマはまた少し罪悪感を覚えた。
――と、その時。
「お待たせいたしやした! 肉をお持ちしましたよ!」
見事に禿げ上がった頭を光らせながら、大柄な男が座敷へと入ってきた。手には一抱えはありそうな大皿を携えており、皿の上にはブスブスと音を立てる何かの肉が鎮座していた。
「お、ゴサクさん待ってました! お客人はこっちっすよ」
トウリが声をかけると、ゴサクは陽気な笑みを浮かべながらトーマ達の方へとやってきた。
豊かに貯えた口髭のせいで少々年齢不詳だが、肌の感じからすると村長と同年代に見える。
「ゴサクさんは村一番の狩人で、この肉もゴサクさんが仕留めた獲物なんだ」
「へえ、狩人。獲物はやっぱり、この星の原生動物か何かですか?」
笑顔を貼りつけ「一体何を食べさせられるんだ」という本音を包み隠するリカルド。
だが、ゴサクの答えは少し意外なものだった。
「――バカ言っちゃいけねぇ。オラ達が獲っていいのは、地球から連れてきた動物だけだよ。例えば、こいつは鹿肉だ」
懐から取り出したナイフで豪快に肉を切り分けながら、ゴサクが答える。
確かに、言われてみれば鹿の大腿部にも見える。
「地球から連れてきた鹿を放し飼いにしてるんですか?」
「放し飼いっつーか、野生化してる感じだなぁ。村が出来たのは、百年以上も前のことだ。放した獣は、みーんな野生に帰ってるよ」
大きな肉の塊がリカルドの前に置かれる。見れば、トーマなどは置かれた先から「うまいうまい」と言いながら肉にむしゃぶりついてる。
(……全く。これが得体の知れない肉だったらどうするんだい、トーマ?)
相棒の蛮行に呆れつつ、リカルドはナビに過食判定させてから、ようやく肉に手を伸ばした。
野性味溢れる味だが、確かに美味い。味付けは塩と味噌か、素朴だが味わい深い印象だ。
「全く、お客人様々だぜ。肉なんて年に何回も食えねぇからなぁ」
トーマに負けじと、肉にしゃぶりつきながらトウリが漏らす。
「なんだかこの青年、トーマに似ているな。名前も似てるし」と思いつつ、リカルドには気になることがあった。
「肉はあまり食べられないのかい?」
「ああ。そもそも、山の獣も村長が決めた数しか獲っちゃいけねぇしな。なんでも、獲り過ぎると数が増えなくなるし、森の恵みにも影響が出るんだと」
「オラも狩りに出るのは月に一度くらいだねぇ。腕が錆びついちまわないようにするのが大変だわ」
ゴサクが弓矢を引くような仕草をしながら、ガハハと笑う。
どうやら、狩人が使うのは銃火器ではなく弓矢らしい。
「一度、その見事な腕前とやらを、拝見してみたいなぁ」
「おう、機会があったらなぁ!」
ゴサクがガハガハ笑いながら、リカルドの盃に勝手に酒を足していく。
リカルドは相好を崩したまま注がれた酒をちびちびと飲み――静かに思考をめぐらせていた。
ナビの簡易サーチによれば、この村の人口は百人余り。独立した集落として発展していくにはギリギリの人数だ。
加えて、田畑の規模から推測するに、この村の食料事情は常にギリギリのラインのはずだ。先進農業を行っていれば話は別だが、どう見ても古式農法に見える。
ならば、肉食で栄養を補うべきはずだが、狩猟は制限されているという。山の環境保全の為という言葉が嘘とは思えないのだが――。
(それにしたって、これだけ森に囲まれた惑星だ。可食動植物の一つや二つあるだろうに、村の外に出るのは禁忌ときた。……どうにも、不自然な点が多いね、これは)
遂に村人達と飲み比べ勝負を始めた相棒の姿に、心の中でため息をつきながら、リカルドは黙々と肉を消化していった。




