第三話「逗留」(1)
「村長! あれは……あれはなんだ!」
「あれ、とは?」
村長が、トーマの指さす方を見やる。
そこには、木の突端に突き刺さった「人間の死体」がある。
だが、村長に慌てた様子はなく、「ああ、あれか」等と拍子抜けするような呟きをする始末。
トーマの混乱は増すばかりだった。
「お客人、あれは『はやにえ』だよ」
「は、はやにえ?」
「……地球の一部の鳥類が行う餌の保存法のことだね」
狼狽し興奮するトーマとは対照的に、リカルドは落ち着き払っていた。
それどころか、「ふむふむ」等と言いながら「はやにえ」をじっくり観察し始める始末だ。
「おいリカルド! 何そんなに落ち着いてんだよ!? 人が……人が木の上に突き刺さってんだぞ!?」
「そりゃあ、落ち着きもするさ。よく見てごらんトーマ。あれは人形だよ」
「はぁ? いや、ありゃどう見ても本物の死体だろ」
「僕は医者だよ? 本物の遺体を人形と見間違える訳ないでしょ。ほら、もっとよく見て」
リカルドの言葉に従い、しぶしぶと言った感じで樹上の「死体」を凝視するトーマ。やはり、どう見ても本物の死体にしか見えないのだが――。
「これは失礼した、お客人。リカルド殿の言った通り、あれは人形だ。手先の器用な村人がいてな、今年の力作というやつだ」
「は、はぁ~? つーか、なんでわざわざ人形をあんなところに?」
「村の古い風習なんです。オオカミさまへの畏れを忘れないようにと」
訝しがるトーマに、ホタルがそっと耳打ちをする。
「ホタルさん、それは一体――」
「お客人、人が集まってくる前に我が家へと案内したいのだが」
「あ、すんません」
仏頂面で促す村長に、トーマはヘコヘコと謝りながら追い付く。
その間も、樹上の死体――否、人形のことが頭から離れることはなかった。
***
村の中は長閑そのもの、といった風情だった。
木の骨組みに土の壁、藁か何かで葺かれた素朴な建物。
煮炊きのものなのか、村全体に漂う、宇宙暮らしのトーマ達には嗅ぎ慣れぬ香ばしい匂い。
時折姿を見かける村人達は、簡素な着物に身を包み、トーマとリカルドに不思議そうな視線を向けてくる。
ホタルは「二十世紀頃の暮らしをモデルにしている」と言っていたが、むしろそれ以前の時代を思わせる雰囲気だ。
――それに、気になることもある。
(なんだか、みんな痩せてるなぁ。メシ、食ってないのかね?)
村長はそうでもないが、ホタルも他の村人たちも、トーマの目から見ると少し痩せすぎなように思えた。
宇宙時代に入ってから、人類の食糧問題は大きく改善している。
効率的な食糧生産方法の確立。
コンパクトかつ長期保存の利く宇宙食の開発。
果ては、体内のナノマシンデバイスを利用した、人体へのエネルギーの直接供給等々。
人々が栄養問題に悩まされることは、銀河連邦下では非常に稀なのだ――。
素朴な家々の間を縫うように進む村道は、やがて傾斜を増し、急な坂道へと変化していった。
その先には、遠目に見た通りの段々畑が広がっていた。
斜面にへばりつくように幾つかの田畑があり、今も緑豊かな実りを見せている。
「やっぱり、米や麦を育ててるのか?」
「ええ。他にもお野菜をいくつか」
トーマの質問に、ホタルはいちいち律儀に答えてくれた。
気のせいか、距離もやや近い。
「米……水稲を育てているということは、水は豊富にあるのかい?」
その二人に割って入るように、リカルドが質問を重ねる。
「ええ。この山の中ほどには、オオカミさまのお力による枯れぬ泉があるんですよ」
「またオオカミさまか。それって一体何なんだ?」
「オオカミさまは、オオカミさまですよ?」
ホタルの答えはピントがずれ過ぎていた。けれども、別にとぼけているわけではなく、彼女にとってそれ以外に言いようがないといった風情だ。
――と。
「オオカミさまというのは、この村で古くから信仰されている神様だよ」
『神様?』
村長の言葉に、トーマとリカルドの声がきれいにハモる。
この宇宙時代にも宗教は存在する。他ならぬリカルドも「教会」の信徒だ。
だが、地球から離れた人類からは、土着の信仰の殆どが失われている――文字通り土地に紐づく信仰が多かった為だ。
けれども、村長の達の言う「オオカミさま」からは、そんな土着の信仰の匂いが感じられた。
「我が家はこの田畑を抜けた先だ。もう少し登るが、辛抱してくれ」
「オオカミさま」についての説明はそれで終わりだったようで、村長はさっさと先へと歩いていってしまう。
トーマとリカルドは顔を見合わせると、大人しくそれについていった。
***
村長の家は、村を一望できる場所に建てられていた。
つくりは他の家々と同じだが、より大きく広い。母屋の他に、何軒かの離れが併設されおり、トーマ達はその内の一つをあてがわれた。
「さて、お客人。しばらくの間、こちらに逗留していただくことになる訳だが、村にいる間は必ず次のことを守っていただきたい」
ホタルの淹れてくれた不思議な味のするお茶を飲みながら、トーマ達は「村のしきたり」を教わった。
一つ、村の中の移動は自由だが、必ずホタルか自分を同行させること。
一つ、湖には決して入らぬこと。
一つ、村の外へは出ぬこと。対岸へ渡るのはご法度である。
一つ、山の獣は勝手に獲らぬこと。
「お二人に守っていただきたいしきたりは、とりあえずはこの四つだ。また、それとは別に逗留される間やっていただきたいことがある。リカルド殿は船医……つまり医者と言ったな?」
「ええ」
「恥ずかしながら、この村には今、医者が一人もおらんのだ。数年前に、唯一の医者が後継者を残さずに亡くなってしまってな。良ければ、村の者達の診察をお願いしたい」
「構いませんよ。ですが、診断機は船に置きっぱなしです。触診と問診程度になりますが、よろしいですか?」
「無論だ。もちろん、重症の者がいれば医療機器の持ち込みも許可しよう。ただ、一点お願いしたいことがある」
そこで言葉を切ると、村長はトーマの両耳とリカルドの左手を盗み見るように一瞥した。
トーマの両耳にはピアスが、リカルドの左手中指には指輪が輝いている。そのどちらにも、赤い宝石があしらわれていた。
これはただの宝石ではなく、「エナジージェム」と呼ばれる体内ナノマシンとマルチプル・スーツのエネルギー源である。エナジージェムが無ければ、ナノマシンもスーツもものの役に立たないのだ。
「我が村では、人間が出来得る限り自然な形で生きることを目的としている。それ故に、村人の誰もナノマシン移植を受けていないのだ」
「げっ、マジか」
「トーマ」
トーマの失礼な反応を、すかさずリカルドが窘める。
銀河連邦法では、基本的に新生児へのナノマシン移植を推奨している。これは極めて義務に近く、連邦下の人間がナノマシン移植をしていないことは、ほぼないのだ。
「だからもし、治療にナノマシン移植が必要な場合でも、ご遠慮願いたいのだ」
「……分かりました。連邦法では、医療行為の最終決定権は現地首長にあります。僕としては従わざるを得ませんよ」
「感謝する」
リカルドの言葉に、村長が深々と頭を下げた。
どうやら、医療倫理に反することは村長も理解しているらしい。
「とりあえずは以上だ。――ああ、それと、村のしきたりでは外からお客人が来た場合は、主だった大人を集めて歓迎の宴を開くことになっている。申し訳ないが、お付き合いいただきたい」




