第十七話「炎上」
『繰り返します、大気圏外に複数の未確認飛行物体を確認! 管制塔の指示を受け付けません! 惑星管理者は直ちに対応を開始してください』
宇宙港中のスピーカーから、管制AIによる警告メッセージが鳴り響く。
ありとあらゆる警告灯が点灯し、低いサイレンの音が湖上を駆け抜けていった。
「――ナビ! 警戒態勢! ドラケ号の防御システムを起動!」
『ラジャー』
一瞬で我に返ったトーマの指示のもと、ナビがフランシス・ドラケ号のエンジンを始動し、防御システムを展開した。
ドラケ号の頭上を覆うように、ウロコ模様の光の壁が広がっていく。所謂「障壁」だ。
「トーマさん! これは一体……?」
「分からない。けど、管制塔の指示を無視してるってことは、まともな連中じゃないってことさ。ホタルさんもトウリも、もっとドラケ号の近くに――」
トウリが二人を手招きした、その時。遥か上空から、耳をつんざくような風切り音が響き――オオカミさまの巨体がひしゃげるようにして地面にめり込んだ。
次いで、凄まじい轟音と衝撃がトーマ達を襲う!
「うわっ!? ナビ! シールド拡大!」
『もうやっています、トーマ』
「あ、ホントだ。さっすがナビ!」
衝撃はトーマ達のところまで届かず、ドラケ号のシールドで防がれていた。
ウロコ状の光の壁の向こうでは、発着場の地面が大きくえぐれ、凄まじい粉塵が巻き上がっている。
地面に穿たれた穴の底では、オオカミさまがその巨体をペシャンコにして息絶えていた。
その無残な姿に、ホタルが小さな悲鳴を上げた。
「そ、そんな……オオカミさまが!」
「トーマ、今の攻撃は?」
「分からねぇ。貫通重量弾の類だと思うが、普通ならシールドを張ったところで、俺達ごと吹き飛ばしてるはずだ。ロスロボスだけを狙いすましたように押し潰す程の精度の兵器なんて、俺は知らねぇ」
そうこうしている間にも、今度は村の方から轟音が響きだした。見れば、鳥居の辺りが既に粉塵に包まれている。同じ攻撃を受けたに違いなかった。
「村が! ……くそっ、リカルド! 二人と一緒にドラケ号の中に退避だ! 駄目とは言わねぇよな?」
「もちろん。さあ、二人とも、タラップから中へ」
リカルドの誘導に従い、ホタルとトウリが戸惑いながらもドラケ号へと乗り込んでいく。
トーマは村の方を一瞥し、未だ粉塵のせいで何も見えないことを確認すると、後ろ髪惹かれる思いを抑えながらドラケ号へと乗り込んだ。
***
「ナビ、状況を教えてくれ」
『はい。現在、ロスロボス宇宙港と大神村は、超高高度からの実弾攻撃を受けている模様です。トーマの推測通り、貫通重量弾の一種が使われていると思います。恐らくですが、狙撃銃のようにピンポイントでの破壊に特化した弾頭です』
「了解。で、この船のシールドで防げるのか?」
『シールドを対実態弾特化モードに切り替えました。数発ならば耐えられます』
「オッケー、上等だ。あとは……『敵』の正体、だな。通信は?」
『先程から試みていますが……おっと、ようやく繋がりました。認識コード、照会。連邦軍の正規のコードです』
「相手は正規の軍隊、か……僕が話そう。ナビ、ホタルさんとトウリの姿は隠して、音声もミュートに」
『了解――モニターに映像、出ます』
ナビの声と共に、ブリッジのメインモニターに映像が映し出される。
そこに現れたのは、二人の初老男だった。銀河連邦の軍服に身を包んでいるが、少なくともリカルドもトーマも知らない人物だ。
「あっ!?」
「こちらは銀河連邦所属、フランシス・ドラケ号。乗組員のリカルド・ホルタ・ロドリゲスだ。即刻攻撃を中止の上、そちらの官姓名を名乗られたし」
モニター映像に驚いたのか、トウリが声を上げたが、彼の声はミュートしているので相手には届かない。リカルドは、何事もなかったかのように映像の向こうの男達に問いかける。
男達はそれに、ピクリとも表情を変えず淡々と返答した。
「こちらは、銀河連邦軍・情報部所属マルコス少佐とフランコ中尉だ。当方に貴船を攻撃する意思はない。作戦終了まで、その場での待機を要請する」
「作戦の内容は? 原生生物への長距離兵器による攻撃は連邦法違反だが」
「答える義務はない。本作戦は極めて機密性の高いものだ。余計な詮索及び口外をすれば、当方はそちらを拘束する準備がある」
「拘束とは、穏やかではないね」
リカルドが苛立つように眼鏡の弦をトントンと指で叩く。
すると、彼の網膜だけに直接外部カメラの映像が映し出された。
外では、何隻もの揚陸艇が宇宙港に着陸し、その腹から数十人の兵士を吐き出しているところだった。
マルコス少佐の言葉はハッタリではないらしい。
「――とにかく、大人しくしているように。こちらからは以上だ」
マルコス少佐は言いたいことだけを伝えると、早々に通信を切ってしまった。
外には多数の歩兵。
上空には、数も種別も不明の飛行物体――恐らくは、強襲艦を含む戦闘艦や戦闘艇。
四面楚歌とはまさにこのことだった。
「やれやれ、取り付く島もないね。……さて、トウリ。何やら驚いていたけど、マルコス少佐とフランコ中尉に見覚えでもあるのかい?」
「見覚えがあるなんてもんじゃねぇ! あいつらだよ、村に来てた二人組の商人ってのは!」
「……なるほどねぇ。まあ、そんなことだろうと思ったけど」
「おいおい、リカルド。また一人で納得してねぇで、俺達にも説明してくれよ」
苛立つようにトーマが催促する。放っておけば、今にも「機動兵器アルマドゥーラ」で出撃し、軍を蹴散らしてしまわん勢いだ。
「ご丁寧に名乗ってくれたように、あちらさんは軍の情報部――諜報活動や破壊工作の部門さ。そこの軍人が商人を装って大神村を訪れていた以上、目的は一つ」
「スパイ活動ってやつか?」
「そうだね。それと、現地協力員の調達だけど……こちらには消極的だったらしいね」
リカルドは一瞬だけトウリに視線を向け、すぐに逸らした。
――あくまでもリカルドの推測だが、マルコス少尉達は幼いトウリらに外の知識を教えることで、大神村内の不和を誘発したのではないだろうか。
もしかすると、村長への不信感を植え付けたのも彼らかもしれない。
だが、今その真実を明かすことは、トウリの心を更に傷付けるだけだろう。そう判断し、黙ることにしたのだ。
リカルドにしては珍しく、真実の追及よりも人情が優先した結果だった。
「結局、オオカミさま――ロスロボスの懸念が的中したってことだね。連邦軍全体か、はたまた一部なのかは分からないけど、彼らを危険視し、排除しようと考える連中が実在した訳だ」
「訳だ~じゃねぇよ! このままむざむざ、この惑星が攻撃されているのを指をくわえて見てろってのか!? ここは、ホタルさん達の故郷なんだぞ!」
「じゃあ、どうする? 『アルマドゥーラ』で彼らを皆殺しにするかい? 君なら、半数は余裕だろうね」
――リカルドの言葉通り、トーマの駆る機動兵器アルマドゥーラならば、一個艦隊すら相手に出来る。マルコス少佐達の総戦力は不明だが、かなりの数を撃墜することが可能だろう。
しかし、彼らはあくまでも正規の銀河連邦軍だ。どんな理由があるにせよ、それを撃破、殺害すればトーマも処分は免れない。もちろん、リカルドもだ。
「で、でもよぉ……」
「そんな顔するなよトーマ。監察官権限で、連邦軍本部に作戦の確認と中止を要請してみる。ただし、時間がかかる。亜空間通信でラグは殆どないけど、軍もお役所だからね。手続きにどれくらいかかるやら」
ボヤくように呟きながら、ナビに申請の指示を出すリカルド。
なんだかんだ言って、大神村を救おうと考えていた相棒に、トーマは「クソ、早く言えよ」と嬉しい愚痴をこぼすしかなかった。
「ホタルさんとトウリも、僕の権限で一時保護扱いにするよ。オオカミさまや村が攻撃されて辛いとは思うけど、今は我慢してくれ」
「……分かりました」
「くそっ! こんな時に何も出来ないなんて!」
悔しそうに唇を噛むホタルとトウリ。
その姿に、トーマの心が再びズシリと傷む。
「まあ、見たところマルコス少佐達の目的はロスロボスの殲滅だ。あの貫通重量弾の特性を見るに、あれは対ロスロボス用に特化した兵器なんだと思う」
リカルドは、閲覧したロスロボスの情報を思い出していた。
彼らは生体でありながらシールドのような防御フィールドをも発生させられるらしい。かつての戦いでは、人類側の光学兵器やミサイル兵器が悉く防がれ、苦戦したそうだ。
例の貫通重量弾は見たところ、大質量と超スピード、更には被害範囲を局所に集中させる謎の技術により、ロスロボスのシールドを貫通して仕留める兵器なのだろう。彼らの能力をよく研究して開発した兵器と思われる。
「先程からの攻撃も、ロスロボスの各個撃破に限られている。人間を狙うとは、考えたくないね」
言いながら、外の様子を各種モニターで観察する。
超高高度からの攻撃は未だ、断続的に続いている。
それに対するロスロボス側の反撃は、まだない。
もしかすると、彼らの個体数は思ったよりも少ないのかもしれない。
一方のマルコス少佐の部隊の全容も、段々と見えてきた。
衛星軌道上に大型強襲艦が一隻、中型戦闘艦が二隻。
大気圏内の超高高度に戦闘艇が十隻。
この宇宙港には、揚陸艇が四隻と、歩兵が沢山。
恐らくは、現在推測されるロスロボスの個体数に合わせて、戦力を整えてきたのだろう。
(これは勝負あった、かな?)
ロスロボスの末路を思い、リカルドが暗澹たる思いを抱いた、その時だった。
突如、大神村の一画から、白く巨大な何かが天へと向かって飛び出した――オオカミさまだ。
一際大きな、リーダー格のあの個体だった。
「彼」は驚くべき速さで加速し、ぐんぐんと高度を上げていった。
ドラケ号のカメラがやっと追いつける程の、信じられないスピードだった。
そして――大神村の空に無数の白い閃光が走った。
「や、やったのか!? ナビ、今爆発したのは……」
『超高高度に展開していた戦闘艇が全滅したようです。ただし、大型のロスロボスの個体もロスト。何らかの方法で自爆し、道連れにした模様』
「オオカミさま……」
ホタルが両手で顔を覆い被りを振る。無慈悲な支配者ではあるが、オオカミさまは彼女の身を案じもしていた。ホタルとしては、複雑な思いがあるのだろう。
「くそっ、衛星軌道上の三隻は無傷か。……マルコスの奴ら、この後どう出る?」
ロスロボスという脅威は排除したのだから、彼らはこの惑星にもう用はないはずだ。
だがトーマには、一抹の不安があった。戦士としての勘と言ってもいい。何か、嫌な予感がしたのだ。
――と。
「お、外の兵隊が引き上げるみたいだぜ」
トウリの言葉に外の様子を窺うと、確かに兵士達が揚陸艇へと乗り込み始めていた。尤も、一隻を除いて、だが。
恐らく、その一隻はドラケ号の監視に残るのだろう。
他、三隻の揚陸艇はエンジンを始動し、一路大気圏外へと――向かわなかった。
彼らはホバー移動を開始すると、一直線に大神村の方へと移動を開始した。
「えっ!? おいおいおい、そっちは村の方だぞ!?」
トウリがモニターに貼りつかんばかりの勢いで彼らの行方を追う。
三隻の揚陸艇はそのまま村への上陸を果たし――しばしの後。
「おい。おいおいおいおい! やめろ、やめろぉ!」
トウリが半狂乱し叫ぶ。
リカルドもトーマもホタルも、言葉を失う。
モニターの向こう側の大神村。その各所から、一斉に火の手が上がったのだ――。




