第十八話「離別」
大神村の各所から上がった火の手は、ゆっくりと、だが確実に広がりつつあった。
恐らく、まだ家々が燃えている段階だろう。だが、一度これが木々へ燃え移れば、島全体が火の海と化すのは時間の問題だ。
「おい! あそこは民間人の村だぞ! 今すぐ攻撃を止めろ!」
トーマが外部スピーカーで外の兵士に呼びかける。が、何の反応も返ってこない。
兵士達の表情は、よく訓練された冷徹で無表情なそれであり、少しの動揺も見受けられなかった。
「くそっ! こうなったらもう、後のことなんか知るか! リカルド、アルマドゥーラを出すぞ。嫌とは言わせないからな!」
「トーマ! 気持ちは分かるが少し落ち着くんだ!」
今にもブリッジを飛び出しアルマドゥーラに乗り込まん勢いのトーマを、リカルドが体を張って制止する。
目の前で行われようとしているのは、紛れもない虐殺だ。止めなければならない。
だが同時に、リカルドは銀河連邦の秩序を守る立場である。軍の命令として行われている虐殺行為ならば、兵士達を殺害して止めるのではなく、命令そのものを撤回あるいは中止させなければならないのだ。
「ナビ、マルコス少佐に繋いでくれ、至急だ!」
『了解――おっと。リカルド、先方から通信要請です。繋ぎますか?』
「もちろんだ。引き続き、ホタルさんとトウリの存在は隠蔽するように」
渡りに船――とはとても思えない。
このタイミングでの通信には、嫌な予感しかしなかった。
「こちらはフランシス・ドラケ号、リカルド・ホルタ・ロドリゲス」
『地球連邦軍所属、マルコス少佐だ。ロドリゲス、まずは作戦への協力を感謝する』
「協力? 恫喝しておいて、よく言える。……それよりも、村に向かった兵士達と、あの火の手はなんだ!? あそこには民間人が多く暮らしている。非戦闘員への、明らかな虐殺行為だぞ!」
『民間人……?』
モニターの向こうのマルコス少佐が首を傾げる。
気のせいか、その口元は僅かに歪んでいた。それは、彼が初めて見せた感情らしい感情だった。
『あの集落に民間人などいない。いるのは、原生生物によって改造された生物兵器の素体だけなのだよ』
「……言っている意味が分からないな。原生生物が住民を改造だと? そんな高度な文明を持った原生生物がいる訳ないだろう」
『とぼけなくても結構だよ、ロドリゲス監察官。君も、ロスロボスの情報は見たのだろう? 彼らは恐るべき種だ――人類にとっては、この上ない脅威なのだよ』
どうやら、マルコス少佐にはリカルド達の素性も、ロスロボスに関する情報を閲覧したことも筒抜けなようだ。
――機密情報の閲覧履歴は、それ自体がまた高度な機密のはずなのだが、そこは流石の情報部といったところか。どうやら、非正規なルートで情報を仕入れているらしい。
「では、監察官としてマルコス少佐に勧告する。即刻、村への攻撃を中止し兵を引き上げろ。ロスロボスは撃破された。もう、貴官らの任務は終わりだろう?」
『拒否する。先程も言った通り、この惑星の住人はロスロボスにより改造された生物兵器の素体だ。人類に仇なす存在を放置は出来ん。一人残らず駆逐するのが我々の任務だ』
「この件は、既に連邦軍本部にも通告済みだ。承認されれば、正式に作戦中止の命令が下るだろう。加えて、口頭での勧告も先程行った。無視すれば処分は免れないぞ、少佐」
『ほう……仕事が速いな、監察官殿。だがな、上層部経由で作戦中止をしようとしても、無駄だ』
「……なんだと?」
監察官からの直接の要請や意見具申は、連邦内でもかなり強い効力を持つ。
いかな情報部と言えども、無下には出来ないはずだ。
だが、マルコス少佐のこの余裕は一体何なのだろう。リカルドは背筋に冷たいものが走るのを感じた。何か、とても嫌な予感がした。
『本作戦は銀河連邦による正式な命令だ。だが、我々に命令を下した人間はとうの昔に存在しない。故に、我々への命令を撤回できる上官も、もはや存在せんのだよ、監察官殿』
「言っている意味が分からないな。そんな指揮系統もへったくれもない話が、通じる訳がないだろう。銀河連邦も連邦軍も、法と秩序に基づいて運営されているのだからな」
『普通ならば、な。だが、我々への命令は違う。本作戦はまさに、数世紀にわたる銀河連邦の悲願なのだ』
「数世紀にわたる、だと?」
『ああ。本作戦の始まりは、おおよそ数百年前。連邦政府、議会、軍、それぞれのトップにより秘密作戦として承認された。作戦終了期限は、完遂まで――それ以外の終了は認められない』
「なっ――」
リカルドは思わず言葉を失った。
まさか、この作戦がそんなに前から、銀河連邦中枢の手によって行われていたとは、予想外だった。
しかも、作戦終了期限を求めず、完遂まで終わらない。そんな無茶苦茶な、道理に合わぬものが正規の命令だとは。
『それ以来、我々は独立した部隊として何世代にもわたって作戦実行の機会を窺ってきたのだ。それが今日、結実した。今更中止などあり得ん』
「だが! 村の人々は生物兵器なんかじゃない! れっきとした人間だぞ!」
『それは人間――人類の定義による。ロドリゲス監察官、貴官も知っているのではないか? 村長と称するシンイチなる男、その身体に移植された驚異の性能を持つ強化型ナノマシンのことを』
「……村長個人が問題ならば、彼の拘束だけで済ませるべきでは?」
チラリと、ホタルに気遣うような視線を向けつつ、リカルドが食い下がる。
だが――。
『残念ながら情報不足だな、監察官殿。この惑星の人間は、誰しも少なからず遺伝子改造を受けている。「成人の儀」という儀式は知っているか? 鏡にカモフラージュした端末で、住民の遺伝子検査を行う、というものだ』
「鏡を……そうか、だから血液を」
『どうやら思い当たる節があるようだな』
勝ち誇るでもなく、マルコス少佐が冷静に言い放つ。
確かに、「成人の儀」ではその年の成人が祭具である鏡に自らの血液を付着させるという行為が行われていた。あれが遺伝子検査であるという可能性は否定出来ない。
『「成人の儀」でナノマシン適性値が高い者を選別し、移植実験を行いつつ、計画的交配を行う。何世代にもわたって、奴らはそれを繰り返してきたのだ。現世代の適合者はシンイチだけだったようだがな。他の者も潜在的脅威にあたる』
――残念ながら、モモトには後継としての資格がないのだ。あの子には、一族の血があまりにも薄く伝わってしまった。
いつかの村長の言葉を思い出す。あれは、ロスロボス製のナノマシン適性値が低いという意味だったのか。リカルドは今更に気付いた。
『ロスロボス製のナノマシンは奴らの強化だけではなく、手駒である村民達の強化にも繋がる。想像してみるがいい、監察官殿。人類の姿でありながらも、ロスロボスの超能力を操る工作員が、銀河連邦を破壊する様を――さて、という訳だ。貴官らが収容している実験体も引き渡してもらおうか。若い男と女が、一人ずつだったな』
「……なんのことかな?」
『そういう腹芸はいい。我々は既にロスロボス宇宙港の管理システムを掌握している。貴官らの船に実験体が収容されているのは確認済みだ――ああ、それと』
マルコス少佐の視線が動く。その瞳は、モニター越しにも拘らずトーマの姿を捉えているように見えた。
『アルマドゥーラ発進の予兆を検知した場合、我々は直ちにフランシス・ドラケ号を撃破する準備がある。砲身は既に向けられている。無駄な動きはせぬことだな、トーマ・アマツ』
「……けっ。俺のことも調査済みかよ」
『「ロペス星域の戦い」の英雄にお目にかかれて光栄だよ。こんな時でなければ、な――さあ、今から十五分の猶予を差し上げよう。二体の実験体を引き渡したまえ。通信は以上だ』
通信が無慈悲にも一方的に打ち切られる。後に残るは静寂のみ。
ドラケ号の外では、歩兵達がかなり離れた位置からこちらを監視している。艦砲射撃に備えての布陣だろう。
「こりゃ参った。打つ手なし、だね。彼ら、何があろうと最後までやる気だよ。どうする、トーマ? 一か八か、やってみるかい?」
「やらいでかよ! ナビ! 緊急離陸用意! ようは、ターゲットロックを一瞬でも外して俺が出撃、その後は秒速で大気圏突破して、あいつらの母艦を叩けば万事解決だ!」
『了解。成功確率は一割を切りますが、私も微力を尽くします』
大神村を包む火の手は、ますます勢いを増している。
もう手遅れかもしれないが、それでも、一分一秒でも早く彼らを助けに行きたかった。
二人と一機は、阿吽の呼吸で黙々と出撃準備を始めた。
しかし――。
「いいえ、トーマさん。どうか、私だけでも引き渡してください」
「違うぞホタル、俺もだ。トーマさん、リカルドさん。これ以上、村の為にあんた達二人に危ない橋を渡らせる訳にはいかない」
「……二人とも、何を言っているのか分かっているのか!? 殺されるんだぞ! もしかしたら、人体実験に回されるかもしれない! 俺は……俺はそんなの、嫌だ!」
トーマは火が付いたように喚き散らし、ブリッジを出ていこうとした。
だが、その肩を力強く掴み、止める者がいた――ホタルだ。
「ホ、ホタルさん……?」
「大丈夫です、トーマさん。私を信じて。二人は、マルコス少佐の指示通りに、動かないでいてください。反撃の機会が、きっとありますから――さあ、行きましょうかトウリ兄さん」
「ああ。……トーマさん、リカルドさん。今度こそお別れだ。どうか、無事で。ナビさん、案内を頼むよ」
『了解しました。ホタル、トウリ、御武運を』
ひょこっと猫型端末のナビが現れて、二人をブリッジから誘導していく。
遠ざかるその背中を、トーマは追いかけることが出来なかった。
何故ならば――。
「トーマさん、最後のお願いです。私が外に出たら、しばらくの間でいいんです、目を……目を瞑っていてください」
「……分かった」
最後にたおやかな笑顔と一礼を残して、ホタルはトウリと共にブリッジを去っていった。
「……トーマ。止めなくていいのかい? 一体どうしたんだ」
「リカルド。ホタルさんの手、さ、とっても温かくて」
――ドラケ号の乗降口が開き、タラップが降りる。
「でも、それ以上に力強かったんだ」
ゆっくりと、まるで散歩に出かけるかのような足取りで、ホタルがタラップを降りていく。その後ろを歩くトウリは、姫にかしずく侍のようだ。
「トウリ兄さん、付き合わせてごめんなさい。それと、何をするか伝えてもいないのに、察してくれてありがとう」
「バーカ。兄貴ってのは、そういう生き物なんだよ。で? 俺はどうすればいい?」
「私が次に名前を呼んだら、その場に倒れ込んで、そのまま身を伏せてじっとしていて下さい」
「それだけでいいのか?」
「はい。それでも、巻き添えにしてまうかもしれないけど……生き残る可能性は一番高いと思います」
「分かった、ホタルの言う通りにするよ――頼んだぜ、次期村長!」
ニッコリと、最後に笑顔を交わし合い、二人は死地へと歩み出す。
目の前には、数十人の兵士。皆、様々な携行火器で武装し、ホタル達に不審な動きがあれば射殺する準備万端、と言った感じだ。
『マルコス少佐の要請通り、現地住民二人を引き渡す』
「了解した! おい、そこの二人! ゆっくりこちらへ歩いてこい! おかしな真似をすれば、即座に射殺する」
リカルドの外部スピーカーからの呼びかけに応じ、隊長らしき兵士が一歩前に出てホタル達に指示を飛ばした。
何丁もの銃火器の先端が、二人に向けられる。
その中を、ホタルは確かな足取りで、トウリは少しおぼつかない足取りで進んでいく。
そのまま、数十歩を進んだ、その時。
「トウリ兄さん」
ホタルの鈴の音のようなささやきと共に、トウリの身体が地面へと倒れ込む。
――次の瞬間、日の暮れかけた宇宙港に、太陽の如き輝きが現れた。




