第十六話「覆水」(2)
「――村を閉ざし非文明的な生活を遅らせたのは、村の始祖達が望んだ『自然派』の生活を目指したことが一つ。もう一つは、オオカミさまが人間のより原始的な生態を研究したがった為だ」
「村の厳しい掟も、その一環ですか?」
「ああ。外の獣を狩ってはいけないというのは、オオカミさまからの要請だがな。彼らにとって、惑星の生態系そのものが種族の一部なのだ。――飼い犬が手を噛んでも多少ならば許すが、血が出るほどならば罰を与える。つまりは、そういうことだ」
全てを語り終えたのか、村長が長い息を吐いた。
気のせいか、その顔はげっそりとやつれ、数歳程老けたようにも見える。
村人達の反応は様々だった。
トウリのように、理不尽な自分達の生に納得がいかない者。
オバちゃんのように全てを受け止め、達観の表情を見せる者。
未だ戸惑いを隠せない者も、話をよく理解出来なかった者もいる。
「――約束の三時間まではまだ猶予があるが、リカルド殿とトーマ殿は早々に退去された方が良い。オオカミさまの気が変わらぬとも限らんしな。ホタル、トウリ。今頃は桟橋に舟が戻ってきているはずだ。二人を送って差し上げろ」
「な、なんで俺が!? 俺はまだ村長に言いたいことが――」
「トウリ兄さん!」
村長の言いつけなど聞けぬとばかりに歯向かおうとするトウリを、ホタルがすかさず窘める。
見れば、年配の村人達は今にもトウリに飛び掛かり縛り上げ、オオカミさまへの生贄に捧げんばかりの形相だ。
――もちろん、オオカミさまは平等に贄を選ぶと宣言したのだから、それが通るはずもないのだが。
村長は、そんな彼らとトウリを遠ざけようとしているのだ。
「……分かったよ。でもよ、舟が戻ってきてるって、なんで分かるんだ?」
「あれはただの木製の舟ではない。湖を唯一渡ることが出来る特別性だ。オオカミさまのご加護により、漂流しても自動的に桟橋に戻るようになっている」
「道理でマンタが死んだ時、都合よく舟が戻ってきてたはずだぜ――なあ、村長。アンタ、本当にマンタとゴサクさんを殺しちゃいないんだよな?」
「無論だ。マンタはリカルド殿の推測通り、舟を手繰り寄せようとして湖に落ちたのだろう。……あの子は、一人で頑張ろうとする子だったからな」
マンタを偲ぶように、村長が空を見上げた。
大神村の上空はいつものような薄曇りではなく、青空が覗いている。オオカミさまが「霧の結界」を一時的に解いた為だ。
そのせいか、見知らぬ生物が村の上を飛んでいた。鳥にも似ているが足が四本ある。この惑星の原生生物だろう。
「もう一つ。ゴサクさんの遺体が木の上から舟の上に移動したのは?」
「私にも詳細は分からん。だが、ゴサクがいい加減哀れだったので、遺体を我々のもとに戻してくれと、私からオオカミさまに上申はした。マンタの人形も出来れば返してやってくれ、とな」
「へぇ。返してくれただけにしちゃ、えらい演出だったがなぁ」
「オオカミさまの思考は人間と全く同一ではない。ゴサクの遺体を舟に乗せたのは、あやつが舟で対岸に渡っていったから、帰りも舟に乗せてやった……恐らくそんなところだろう。マンタの人形も、まさか木の上に戻してくれるとまでは、予想がつかなかったさ」
村長が思わず苦笑いを浮かべる。
オオカミさまの気まぐれで、古のミステリ小説のような奇怪な現場が生まれてしまったのだ。当時の村長の心中はいかばかりか。
「……真実てな、案外と拍子抜けなんだな。まあ、いいさ。――また後でな、村長。さあ、トーマさん、リカルドさん、行こうぜ」
そのまま、トウリは振り向きもせず桟橋の方へと歩き出した。
仕方なく、リカルド達もそれに続く。背後では、一部の村人達が殺気立っていたようだが、村長が諫める気配があった。
長く不毛な「親子喧嘩」は、こうして終わりを告げた。
***
「ひょえ~! これがトーマさん達の宇宙船か!」
「ああ。フランシス・ドラケ号。最少乗員二名の小型航宙船さ」
「かっけぇな~! こんな乗り物で宇宙を旅出来たら、きっと楽しいだろうなぁ」
――霧が晴れている為、宇宙港への船旅はあっという間だった。
今は、ロスロボス宇宙港の発着場からも大神村の姿がよく見える。鳥居の前に陣取るオオカミさま達の姿さえも、くっきり。
「ははっ、トウリならいつでも大歓迎だぜ?」
「本当かよトーマさん。へへ、その言葉、忘れないぜ」
互いの拳と拳をぶつけ笑いあうトーマとトウリ。
名前も性格も、どこか似ている二人だからこそ、馬が合った。一緒に宇宙へ出れば、きっと楽しい旅路が待っているだろう。
だが――。
『村人の惑星外への退去は認められない』
「うっせーな! 分かってるっての……ったく。オオカミさまってのは、冗談も通じないのかよ」
野暮なツッコミを入れた「ソレ」にトウリが悪態をつく。
今、彼の傍らには三メートル程の大きさのオオカミさま――ロスロボスの個体が控えていた。監視役である。
トーマ達が余計なことをしないか、無断で村人を連れ出さないか、見張りに来たのだ。
『シンイチの娘よ。お前は特に許可出来ん。我々も人間の恋愛感情を理解しないではないが……』
「お気遣いありがとうございます、オオカミさま。――ということで、トーマさん、リカルドさん。これでお別れです」
「ホタルさん……」
ホタルがいつもの着物姿でペコリとお辞儀をする。
トレードマークである赤いリボンが小刻みに揺れているのは、頭を下げたからではないだろう。
「あの、トーマさん。最後に……握手をしてもらってもいいですか? 私、最初にお会いした時、握手という習慣をよく理解していなくて……」
「もちろん。お安い御用ですよ」
トーマがスッと手を差し出す。
ホタルがその手を優しく握る。
――温かい。ホタルの白魚のような手は、とても温かかった。
そのまま、永遠のような数十秒が過ぎ、二人の手は離れ離れになった。
「それでは、トーマさん、リカルドさん、お元気で。お二人のこと、きっと忘れません」
「じゃあな、お二人さん! ……短い間だったけど、俺の人生の中で一番騒がしい時間だったぜ!」
「ホタルさん……ずっと、君のことを忘れない! 絶対に! トウリも、どうか……どうか……」
「ほら、トーマ。最後なんだから湿っぽくしない! 二人とも、元気でね――またいつか、銀河のどこかで巡り合えると信じているよ――主のご加護を」
名残惜しさを断ち切るように、リカルドが祈りの言葉と共に十字を切った――その時。
『エマージェンシー! エマージェンシー! 大気圏外に複数の未確認飛行物体を確認! 管制塔の指示を受け付けません! 惑星管理者は直ちに対応を開始してください。繰り返します、大気圏外に複数の未確認飛行物体を確認――』




