第十五話「霊長」
『これより、オオカミの名において罰を与える。――二十の命を贖うがよい』
巨大狼――否、オオカミが天に向かって遠吠えをする。
すると、それに呼応するように湖の中から無数の影が飛び出してきた。
見ればそれは、白い狼の群れだった。ただし、サイズは遥かに小さい。普通の狼よりも一回り大きい程度だ。
新たな驚異の出現に、村人達の間に動揺が走る。
そんな中、オオカミの足元へと駆け付け、声を上げる者の姿があった。村長だ。
「お待ちください! 今、この村には外からの客人が逗留しています! 彼らは村の掟に縛られるものではない! どうか、彼らが退去するまでの暇を……暇を頂戴いたしたく!」
『……よかろう。お前達の単位で三時間の猶予をやろう。それまでに退去させるがよい――霧の結界も解除してやろう』
意外にも、オオカミの答えは寛大だった。
オオカミが再び遠吠えすると、村を包んでいた霧が、引き潮のように晴れていき、遂には小島までの景色が露わとなった。
村長がほっと胸をなでおろす。
だが――。
『三時間後、贄の選定を始める。村の者全てが対象だ。老人ばかりを差し出し、逃れようなどと思うな。それでは罰にならん故な』
オオカミの口元がぐにゃりと歪む。もしかすると、笑ったのかもしれない。
そのあまりの神々しい邪悪さに、その場の誰もが震えあがった。
***
オオカミ達はそのまま、鳥居の前に陣取り静かに伏せていた。
しかし、その無数の眼はじぃっと村の様子を見通しており、今も獲物を品定めしているようであった。
一方、村人達は混乱の極みにあった。大通りに殆どの村人達が集まり、諍いが始まってしまっていた。
事態の元凶たるトウリをリーダーとする青年団は当然の如く責められ、中には「トウリ達を生贄にしてオオカミさまの怒りを鎮めよう」と主張する者さえいた。
その間も、トウリは地面を見つめじっと絶え続けていた。恐らく、責任を感じているのだろう。もちろん、トウリ一人の責任ではなく、青年団の総意ではあったのだが――。
「ええい! 静まらんかぁ! 責任云々を問うのであれば、村長の私に一番の責任がある。責めるなら私を責めたまえ――そもそも、この中の何人がオオカミさまの存在を信じ、掟を守ってきた?」
村長の一括に、幾人かの村人達が口を噤んだ。
死んだゴサクもそうだったが、村人の幾人かはオオカミさまの存在など信じていなかった。故に、こっそりと禁を破っていた者もいるのだろう。
しかし、先程のオオカミの言葉を信じるならば、それは見逃されていただけらしい。恐らくは、ゴサクの祖父にバチが当たらなかったのも、食糧難の為やむなく対岸の獣を狩ったのだと判断され、お目こぼしされたからなのだろう。
「でもねぇ、村長さん。なんでオオカミさまが本当にいるってことを、教えてくれなかったのさ? オバちゃんは信じてたけどね。トウリちゃん達だって、オオカミさまが本当にいるって知ってれば、こんなことはしなかったデショ?」
「それは……」
オバちゃんの言葉に、村長はすぐには答えられなかった。
――と。
「お父様、事ここに至っては、皆さんに真実をお話しするべきです」
「ホタル……だが……」
父を諭すようなホタルの言葉に、しかし村長はなおも口を噤んでいた。
余程の事情があるのだろう。
「他ならぬオオカミさまが、あちらで耳を澄ましているのです。不都合があれば、その場でお止めになるでしょう?」
今も鳥居の辺りでこちらを監視しているオオカミに聞かせるように、ホタルが一際強い声で村長に迫る。
村長は、ようやくその重い首を縦に振った。
「オオカミさまの実在を皆に黙っていた理由は二つある。一つは、それ自体がオオカミさまによって定められた禁だったからだ。自らの存在は言い伝えとしてのみ残し、その実在は秘匿する――それが、遥か昔に我々の先祖とオオカミさまとが交わした盟約だ」
「盟約……な。そもそも、オオカミさまってのは一体何なんだ? 俺とリカルドは色んな惑星回ってるけど、あんな巨大で、しかも人間と同等の知性があって、おまけに光学迷彩まで使うなんて、けったいな生物は見たことねぇぞ?」
トーマの言葉にリカルドも頷く。
生物学の博士号も持っているリカルドだが、オオカミさまのような生物の存在は聞いたこともなかった。
「銀河連邦広しと言えども、オオカミさまのような生物は見当たりません。一体、彼らは?」
「その答えは、もう一つの理由にも関わってくることだ。……リカルド殿、そろそろこの惑星の情報閲覧の許可が出たのではないか?」
「おっと、そういえば。どうだい、ナビ?」
『失礼。一連の騒ぎのせいでお伝えしていませんでした。情報を転送します』
いきなりナビが流暢に喋り始めたことで、村人の間に再びざわめきが広がる。
「もう隠す必要もない」と判断したのだろうが、いきなりはやめてほしかったと村長は頭を抱えた。
「――これは。おいおいおい」
「どうしたよリカルド? 一人で唸ってないで、俺達にも教えてくれよ」
「あ、ああ。村長、皆の前で話しても?」
「事ここに至っては、仕方あるまい」
「分かりました。いいかい、トーマ。皆も。落ち着いて聞いてくれ」
リカルドの言葉に、トーマも、トウリも、他の村人達も「なんだなんだ」と静まり返る。
「まず、僕らは一つ勘違いをしていた。この惑星ロスロボスには人類の集落はこの大神村しか存在しない。だから、この惑星の首長は村長であるシンイチ氏だと認識していた――でも違うんだ。銀河連邦の公式情報では、この惑星の首長はロスロボスとなっている」
「ロスロボス? そりゃ、惑星の名前だろ? 惑星自身が首長って、どういう意味だよ」
「うん。確かにこの惑星の名前だ。でもね、トーマ。そもそもロスロボスというのは、特定の種族を表す言葉なんだ」
リカルドが静かにオオカミ達へ目を向ける。
その視線の意味は、誰の目にも明らかだった。
「ってことはリカルドさん。その、オオカミさま……達が、ロスロボスっていう種族ってことか?」
「そういうことだね」
トウリの言葉をリカルドが首肯する。
けれども、トウリは納得いっていないようだった。
「で、でもよ。いくら頭が良いからといって、犬ッコロだぜ? そいつが首長ってどういうことだよ」
「うん、そうだね。僕も今、ロスロボスについて検索してみたけど、出てくる情報は『いずこかの惑星に生息する巨大な狼様の生物』となっている。でもね、これは銀河連邦による情報隠匿の結果なんだ――実際には、ロスロボスはただの生物じゃない。彼らはね、人類以外で唯一認定されたこの銀河の霊長なんだよ」
***
「この銀河の霊長……? 霊長ってのは、あれか。霊長類とかの?」
「お、よく勉強してるねトウリ。でもね、霊長類には所謂サルなんかも含まれる。この場合の霊長とは、人類のように独自文化を持ち自力で宇宙へと進出できる高等知性を持った種、ということさ。銀河連邦には数多の知的生物が生息しているけど、霊長とされるのは人類だけ――だったはずなんだけどね。まいったね、これ。とんでもない情報が隠匿されてたもんだ」
そうして、リカルドは語りだした。人類とロスロボスの歴史を。
人類とロスロボスが初めて遭遇したのは、千年近く前の事だという。
当時の人類は早々に「銀河に人類以外の霊長は無し」と決めつけ、当初はロスロボスのことも「知能が高いだけの巨大な狼」としてしか認識していなかった。
――だが、それは間違いだった。
ロスロボスの特徴は、高い知性と巨大な体躯のみではない。
彼らの最大の能力は、生物でありながら人類の先端技術と同じことをその身だけで実現出来ることにある。
飛行能力。
念動力。
テレパシー。
千里眼。
単体での光学迷彩能力。
体内に独自のエネルギー発生・貯蔵器官を持つ。
大気圏離脱能力。
宇宙空間での移動および生存。
その他、惑星の気象や地形を自在に操る能力等々。
挙げればきりがない。
しかし、人類はそのことに気付かず、惑星ロスロボスを開拓する為に侵攻作戦を開始。
結果は、人類――銀河連邦軍の大敗という惨憺たる結果に終わった。
もちろん、ロスロボス側も大きな損害を負うことになった。
そこで両者は和解し、同盟を結ぶことになった。
銀河連邦としては、ロスロボスにも銀河連邦の運営に参加してほしかったのだが、彼らはそれを辞退。
代わりに、自分達の存在の秘匿を要請した。
人類以外の霊長の存在というスキャンダルを隠したかった連邦はそれを快諾し、ロスロボスの存在は長い間、都市伝説レベルでしか語り継がれなかった――。
***
「おまけに、僕らの使っているエナジージェムやマルチプル・スーツ、果てはナノマシンにも、ロスロボスの生体情報からのフィードバックが使われているそうだよ。人類はロスロボスに頭が上がらないのさ」
そうして、リカルドの長い話は終わった。
村人の中には話をあまり理解できなかった者もいたようだが、トウリのように現代知識を学んでいる者達には、十分に伝わったようだ。
「こんなところかな? さて、次は村長の番だね。どうしてこの村は、そんなロスロボスの管理下に置かれているのか? 教えてくれると、みんなモヤモヤが晴れると思いますよ」
「……残念ながら、むしろモヤモヤする話になる。皆、心して聞け。我々は……我々は、オオカミさまの所有物なのだ」
――大神村の始祖達が惑星ロスロボスに辿り着いたのは、そもそも偶然だった。
開拓団が、船の航行システムの不具合により銀河外縁部で漂流し、惑星ロスロボスに不時着したところを保護されたのだ。
自然派にかぶれていた開拓団の長達は、自然豊かな惑星ロスロボスの環境に感動し、この惑星に留まることを望んだ。
だが、惑星ロスロボスの環境は人類がそのまま生きていくには過酷すぎ、また人類の機械文明を嫌うロスロボスは、必要以上の機械の持ち込みや大規模開発を許さなかった。
しかし、開拓団の長達もただでは引き下がらない。
彼らは、長い対話の中でロスロボスが人類を知りたがっていることに気付き、こう提案した。
『人類のことを知りたいのなら、我々を飼育してみませんか?』




