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「行っちゃいましたね」
イリスが言った。
「うん」
「また会えますか」
「絶対会えるよ」
「どうして分かるんですか」
「あの子も、マイだからね」
自分で言って、変な気分になった。
『あなた、増えることに慣れすぎじゃなくて?』
「慣れたくて慣れたわけじゃないけど」
私は息を吐いて、丘の下を見た。
白い街道が、神領ノエティアへ続いている。
道の両側には低い石柱が等間隔に並び、その上に硝子玉みたいなものがはめ込まれていた。朝の光を受けて、淡く青く光っている。
「歩ける?」
「はい。大丈夫です」
イリスの顔色は、いくらか戻っていた。
私たちは丘を下り、白い街道へ出た。
朝の風は冷たかった。草の匂いがして、遠くで水の流れる音が聞こえる。神領ノエティアの門はまだ遠い。塔の先端はもう朝日に照らされて、白く輝いていた。
ここに、大賢者と呼ばれている人がいる。
元の世界へ戻る方法。
元の体に戻る方法。
それから、ベルザリアのこと。
知りたいことは多すぎた。
「マイさん」
「どうしたの」
「私、その、入っても大丈夫でしょうか」
イリスは小さな角を隠すように、外套の頭巾を深く引いた。
私は考えた。考えたけれど、分かるはずもなかった。
「たぶん大丈夫」
「たぶん」
「うん。もし駄目って言われたら」
「言われたら?」
「一緒に困ろう」
イリスが瞬きをした。
それから、柔らかく笑った。
「はい」
門へ近づくにつれて、人の姿が見え始めた。
白い外套の人。
荷を引く商人。
水路のそばで何かを書きつけている子ども。
門の前に立つ兵士らしい人たちは、細い杖と帳面を持っていた。
門の上には、見たことのない文字が刻まれている。けれど読めた。
神領ノエティア。知を求める者は入り、知を奪う者は退け。
「……意識が高い」
『あの女らしいわね』
ベルザリアが言った。
私は門番の前まで来たあと、証明書を服の内側から取り出した。
門番の一人がこちらを見る。
「来訪目的は」
淡々とした声だった。
「大賢者に会いに来ました」
「予約は」
「ないです」
「紹介状は」
「ないです」
「用件は」
「たぶん、本人にしか話せません」
彼は隣の門番に何か短く告げ、帳面の別の頁を開いた。
「名前を」
「マイ・ワタナベです」
「同行者は」
イリスが身を縮める。
「イリスといいます」
門番の視線がイリスの頭巾で止まった。
そこに驚きはなかった。
門番は最後に、門の内側を指した。
「受付塔へ。そこで改めて用件を確認します」
「確認はもういいんですか」
「知を求める者は入れます」
さっき門に書いてあった言葉だ。
私は証明書を握り直す。
イリスが隣で、ほっとしたように息を吐いた。
私たちは門をくぐった。
進んだ先には、白い石の街が広がっていた。
水路。塔。橋。
朝日に光る硝子窓。
紙と薬草の匂いが混じった、静かな空気。
私はもう一歩、神領ノエティアへ踏み込んだ。
『マイ』
「どうしたの」
『気をつけなさい』
ベルザリアの声は、いつもより硬かった。
『ここは、ある意味では迷宮より厄介よ』
私は答えず、前を見た。
危険な生き物は見当たらない。
争う声も、悲鳴もない。
それでもベルザリアは警告した。
私はイリスの隣に半歩寄った。




