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馬車の中は、思っていたより狭かった。
向かい合わせの木の座席に、知らない人たちが肩を寄せて座っている。
揺れるたびに木枠がぎしぎし鳴った。
私は端の席で、旅袋を膝に抱えた。
隣にネアはいない。
前にロランの背中もない。
ユーノの長い説明も聞こえない。
馬車の揺れが大きくなった気がした。
『寂しいの?』
ベルザリアが言った。
「寂しい」
『お腹いっぱい食べれば寂しさなんて薄れるわ。ほら、食べ物を出しなさい』
「ベルザリアさん、まだ出発して間もないんですけど」
声を小さくしたつもりだったけれど、向かいの女がちらりと私を見た。私は何でもない顔をして、外へ視線を逃がす。
独り言は小さめに。
ネアの声を思い出して、私は口を閉じた。
馬車は畑の間を進んでいた。
風に揺れる麦の穂と、ところどころに立つ細い木と、遠くの森が見えた。
それからしばらく、車輪の音だけを聞いていた。
やることもないので、目的地について考えてみる。
神領ノエティア。
そこへ行けと言ったのは、ベルザリアだった。
「ねえ」
『なによ』
「神領ノエティアに、何があるの」
今度はちゃんと声を落とした。向かいの女はこちらを見ない。隣の男も目を閉じている。聞こえていない、と思う。
ベルザリアはすぐには答えなかった。
珍しく、言葉を選んでいる気配がした。
『大賢者と呼ばれているあいつがいるわ』
「大賢者?」
『ええ。知識を集めることが好きな女よ。人間たちは大賢者とも、知恵の神とも呼んでいたわ』
「知り合いなの?」
『腐れ縁よ』
ベルザリアは酷く嫌そうに言った。
『神領ノエティアは、あいつの領域よ。できることなら会いたくないわ。でも、癪だけれどあいつを頼る他ないわ』
「その人なら、ベルザリアを戻す方法も、私が元の世界に帰る方法も知っているかもしれないの?」
『そうよ。あいつなら何かしらの手がかりを、見つけられると信じているわ』
ベルザリアにここまで言わせるなんて、一体どんな人なのだろう。
「大賢者って、そんなにすごい人なんだ」
『人、ね』
ベルザリアが鼻で笑った。
『小娘』
「なに」
『油断はしないことね。あいつはとびっきり性格が悪いわよ』
「ベルザリアより?」
『まあ、私には負けるわね』
笑いそうになった。そんなところで張り合わなくてもいいのに。
馬車は休みなく進み、昼前に水場で止まった。御者が馬に水を飲ませ、乗客たちも外へ出て脚を伸ばす。
私は人の流れに合わせて降りた。地面に足をつけると、まだ体が馬車の揺れを覚えていて、ふらついた。
干し肉を一切れ齧る。
かたい。
おいしい。
休憩が終わると、馬車はまた動き出した。
午後は眠くなるくらい穏やかだった。
車輪の音は単調で、乗客の何人かはうとうとしている。私も何度か目を閉じかけた。馬車の揺れは思ったよりしつこく眠気を連れてくる。
最初の宿場まで、あと少しだと御者が言ったころだった。
馬車の中の空気が緩んだ。誰かが荷物を直し、別の誰かが外を見て、今日の寝床の話をする。
道は、ちょうど森へ差しかかっていた。
日は傾き、木々の影が長く伸びている。風は少し冷たい。護衛らしい二人の男が馬車の前後を歩いていて、槍と弓を持ったまま、時々森のほうを見る。
ふと、馬車が大きく揺れた。
前のほうで御者が声を上げる。
車輪が石を踏んだのかと思った。馬車が止まる。
乗客たちがざわめいて、護衛が短く何かを叫んだ。
私は旅袋を掴んだまま、上体を起こす。
外を見ると、道の先に倒木があった。
太い木が一本、道を塞ぐように横たわっている。
御者が手綱を引き、護衛が前に出た。
『罠ね』
ベルザリアが言うより早く、森の影から人が出てきた。
一人。
二人。
もっといる。
布で顔を隠した男たちだった。剣、短弓、斧。装備はまばらだった。
前を塞ぎ、後ろを押さえ、馬車の横へ回る。
乗客の誰かが言った。
盗賊だ、と。




