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 朝食は、薄いスープと固いパンだった。


 温かかった。私は黙って食べた。ロランは水を飲みながら、詰所で聞かれそうなことを短く並べる。


「名前、年齢、出身、体調、どこで見つかったか」


「それだけ?」


「わからない」


 ユーノがパンを噛みながら、不安そうに言った。


「本当に何を聞かれるか分からないんですよね」


「仕方ない」


 ネアが続ける。


「聞く側が何を気にするかは、行ってみないとわからない」


 私は借りた上着の袖を引いた。生成りのシャツも、茶色の上着も、昨日までの服よりずっと地味だ。


『やっぱりみすぼらしいわ』


「そんなことないってば」


『私の美しさは隠せていないけれど』


「うわ、すごい自信だ」


 小さく返すと、ユーノがこっちを見そうになって、すぐパンへ視線を戻した。聞かない努力をしている顔だった。


 食べ終わると、四人で古鍋亭を出た。


 朝の迷宮都市は、もう動いていた。荷車が石畳を鳴らし、店先で桶の水が跳ねる。冒険者らしい人たちが、まだ眠そうな顔で迷宮のほうへ歩いていく。

 昨日まで私がいた場所へ、今日は誰かが普通に入っていく。


 変な感じだった。


 詰所は、昨日と同じように迷宮の口を塞いでいた。


 低い柵。

 槍立て。

 その向こうに兵士が二人。


 年かさの兵士は机のそばに立ち、若い兵士は入口側で槍を持っていた。机の上には帳面と紙束が置かれている。昨日より紙の量が多い気がして、それだけで息が詰まった。


「来たか」


 年かさの兵士が言った。


「時間通り来た」


 ロランが返す。


「保証人と証言者も一緒に聞く」


 ネアが言葉を足した。


「わかった。座れ」


 柵の内側へ通された。


 詰所の中は広くなかった。入口から机まで、数歩しかない。奥まった部屋ではなく、迷宮の出入りを見張るための小さな受付みたいな場所だった。


 机の前に椅子を出され、私はそこへ座った。


 兵士の前に座らされるだけで、背中が固くなった。


 年かさの兵士が帳面を開き、ペンを取る。


「名前は」


「マイ・ワタナベです」


「年齢は」


 詰まった。

 この体の年齢なんて知らない。


「……十六、くらい」


 私が答えた後、ユーノが咳をした。

 助け舟か、単にむせただけかはわからない。


 年かさの兵士は眉を寄せたけれど、そのまま書いた。


「迷宮内で発見された場所は」


 ロランが答える。


「上層寄りの回廊。崩れた宿直室の近くだ」


「発見時の状態は」


 今度はネアが答えた。


「疲労していた。怪我はしていなかった。会話は可能」


「それで、どこから来た」


 ユーノは一拍も置かなかった。


「迷宮内で保護されたばかりです。本人も混乱しています。今ここで正確な出身を答えさせるのは無理があります」


「本人に訊いている」


 年かさの兵士が私を見る。


「どこの生まれだ」


 日本。

 そう答えたところで、通じるはずがない。


「……遠いところです」


 兵士のペンが止まる。


「王国外か」


「……たぶん」


 声が掠れた。

 嘘はつき慣れていない。気づかれたかもしれない。


『へたくそね』


 黙ってて。

 今度は、ちゃんと口の中だけで言った。


 年かさの兵士は、私を見たまま次の質問をした。


「では、迷宮へ入った経路は」


 それを知りたいのは、私のほうだった。

 気づいたときには、あの暗い場所にいた。


 どこから入ったのかも、どうしてあそこにいたのかも、説明できない。

 答えられるはずがない。


 私が大きく息を吸った瞬間、入口側から別の足音がした。


 黒い上着を着た細い男が、詰所に入ってくる。兵士ではなさそうだ。若い兵士がすぐに姿勢を正した。


「管理官」


 男は短く頷き、封のされた紙を年かさの兵士へ差し出した。


「この件は、こちらで預かる」


 その一言で、場の空気が変わった。


 年かさの兵士が封を開ける。中を見た。表情はほとんど動かないけれど、ペンを置いた。


 ネアが目を細める。私にもわかった。

 何かが、急に決まった。


「処理を変更する」


 年かさの兵士が言った。


「マイ・ワタナベ。記録外帰還者。迷宮都市での滞在および王国内の通行を認める」


 若い兵士が机の脇から別の紙を取る。


「正式証明書を発行する」


 昨日、あれだけ怪しまれた。

 今も、何も説明できていない。


 なのにもう、私の扱いが決まっていた。


「正式証明書?」


 ユーノが驚いたような声を出した。


「仮じゃなくて?」


 管理官はユーノを見た。


「問題がないと判断された」


「誰が」


 ネアの声は静かだった。

 管理官は答えなかった。


「必要な確認は済んでいる。もう帰っていいぞ」


 それだけだった。


 誰が確認したのか。

 何を確認したのか。


 聞ける空気ではなかった。


『泳がされているわね』


 ベルザリアが低く言った。


「……誰に」


 今度は小さく声に出てしまった。


 ユーノがこちらを見た。

 でも、なにも聞かなかった。


 若い兵士が、薄い金属板を差し出してくる。縁に簡単な刻みがあり、中央には、見覚えのない文字が彫られていた。


 それでも、読めた。


 マイ・ワタナベ。


「正式証明書です」


 若い兵士が言った。


「なくさないでください。門、宿、商会、冒険者協会等で身分確認に使えます」


 私はそれを受け取る。

 薄いけれど、手に乗せると妙に重かった。


 続けて、年かさの兵士が説明を並べた。


「騒ぎは起こすな」

「迷宮への再入場は、冒険者協会で登録を済ませてからだ」

「都市外へ出るなら門で提示しろ」


「……はい」


 私の返事を聞いて、ロランが横で頷く。


 それで終わりだった。


 詰所を出ると、太陽はもう上まで昇っており、光がまぶしかった。


 ネアが言った。


「妙だった」


「だよね」


 ユーノが声を潜める。


「正式証明書って、普通あんなに早く出ないよ」


「だろうな」


 ロランが続ける。


「でも、なんとかなった。腹も減った」


「また飯?」


「大事だろ。古鍋亭に戻って、昼の仕込みだ」


 私は手の中の金属板を見下ろした。


 証明書。

 私がここにいていいという、正式な許可証。


 でも、その裏側で何かがあったと考えてしまう。


 手の中の金属板が、私をどこかへ繋いでいるように思えてならなかった。

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