26
白い石の床が、一気に後ろへ飛んだ。
そのまま回廊の真ん中めがけて飛び降りる。肩にかけていた布がずれ、赤い髪が視界の端で揺れた。
着地と同時に槍を横へ払った。細身の男へ飛びつこうとしていた獣の胴に、めり込む。獣が変な声を上げて吹き飛んだ。
三人の視線が、一瞬で私に集まる。
「え」
細身の男が間の抜けた声を出した。
次の一匹は、女の脇を回ってきていた。私は踏み込み、穂先でその喉を払う。
獣はあがいて爪を引っかく。私は跳んで避け、そのまま柄を返してもう一匹の鼻先を叩いた。
「ロラン、起きて!」
女の声が飛んだ。
ロランと呼ばれた大柄な男が、床に手をついて体勢を戻す。細身の男も慌てて立ち上がった。
獣は三匹だけじゃない。闇の向こうから、さらに三匹飛び込んでくる。私へ向かう二匹と、三人を狙う一匹。狙いが散ったぶん、かえって戦いやすい。
私は槍を低く構えた。
右から来た一匹の爪を、柄で受け流す。考えてから対応できた。懐へ入り、肘でその首を打つ。
浮く。そこへ大柄な男の大剣が落ちた。獣が床へ沈む。見れば向こうも、立て直していた。
私は、次へ向かう。
こちらに向かってきたもう一匹が、頭上から爪を振り下ろした。私は体を翻し、腹の下へ槍を差し込み、持ち上げ、壁に叩きつけた。
『もう、なにも言うことはないわね』
ベルザリアが呆れたように言った。
「最近、やけに素直で逆に怖いよ」
『私は初めから素直よ。そんなことよりほら、残りが来ているわ』
闇から様子を見ていた最後の大きい二匹は、同時に来た。
二匹とも私に向かって。
私は前を見たまま、右手を開いた。
指先から、赤い線が走る。
ほんの一瞬。
細く、まっすぐ。狙い澄ませて。
右側の一匹に向かって熱が弾けた。大きな力じゃない。十分な熱だけが一枚、そこに落ちる。もう一匹が慌てて身をすくめた。
その隙を逃さず、私は左側の一匹の顎を打ち上げた。返した槍で横腹を払う。獣の体が大きく崩れる。
同時に、熱を浴びたもう一匹が悲鳴を上げた。
私は振り返り、踏み込む。
女が出していた青白い光が横目に揺れた。彼女は光を保ったまま、踏み込まなかった。私の動きを見て、邪魔をしない位置を選んでいる。
熱を浴びて体勢を崩した獣の首元へ、私は槍の柄を叩き下ろす。さらにそのまま穂先を返し、喉元を横に裂いた。
静けさが訪れた。
獣たちはもう、動かない。
白い石の床に、戦闘のあとだけが残った。
私は槍を下ろさないまま、三人のほうを見る。
ネアと呼ばれていた女が最初に口を開いた。
「……今の」
声が震えていた。
彼女は私と獣の死骸を交互に見ている。大柄な男は大剣を構えたままだ。
当然だと思う。
いきなり現れた、赤い髪した派手な服の少女。
警戒されても仕方がない。
私はゆっくり息を吐いた。面倒だった。
だから、逃げてもいい。けれど、久しぶりに人と話したい気もした。
私が迷っていると、大柄な男が先に口を開いた。
「助かった」
短かった。
それに、まっすぐだった。
「……どうも」
私は間の抜けた返事しかできなかった。
女がそこで、細身の男と視線を合わせた。
「いまの、見た?」
「見た」
彼女の目が、私の右手に向かった。
「それ、魔法じゃないよね」
きっぱりと言った。
私は思わず右手を隠しそうになって、途中でやめた。
頭の奥で、ベルザリアが笑う。
『見られてしまったわね。口封じでもする?』
「今は黙っていてよ」
口に出してから、しまったと思った。
男たちの眉が上がる。女は、わずかに目を細めた。
「今の、誰に言ったの」
まずい。
そう思ったところで、回廊の奥から別の足音がした。
重い。
鎧の擦れる音もした。
みんなの視線が一斉にそちらへ向く。
人か、それ以外か。どちらにしても、この場にとどまるのは得策ではなかった。
彼女もそれを察したらしい。
「まずいわね」
「あぁ」
大柄な男が即座に頷く。
細身の男はまだ混乱した顔のまま、それでも荷物を掴んだ。
私は槍を握り直した。
ここで逃げるか。
それとも、隠れるか。
答えが出るより先に、女が私を見た。
「話はあとで。今は一緒に来て」
迷いのない声だった。
私は一瞬だけ目を瞬いた。
それから、ゆっくり頷いた。




