24
白い石の廊下を、私はひとりで歩き出した。
壁は古く、ひび割れている。それでも下層の獣道とは違って、道としての形がちゃんと残っていた。
手の中の包みを、なくさないよう服の内側へしまって、耳を澄ます。
どこかで水の垂れる音がした。
ぽたり。
ぽたり。
一か所ではなかった。
廊下の先、壁際の影がじわりと揺れた。
床にへばりついていた半透明のものが、ゆっくり盛り上がってくる。それもたくさん。
「……うわ」
スライムだ。
前に見た、スライムよりはずっと小さい。人の頭ほどの塊が、床の上をぬるりと滑ってくる。水色がかった透明で、中に溶け残った骨や金具みたいなものがぼんやり浮いていた。
『下級ね』
頭の奥でベルザリアが言った。
『下のあれよりずっと弱いわ』
動きは遅い。触れたら終わり、という感じもしない。けれど、数が多かった。
あちこちから、ぬるり、ぬるりと這い出してくる。十じゃ足りない。二十はいる。小さいぶん、隙間という隙間から湧いてくる感じがした。
私は槍をすぐに構えた。
先頭の一体が、私の靴へまとわりつこうと滑ってきた。
そこへ、槍の穂先じゃなく柄を叩きつける。
べしゃり、と鈍い音がした。
叩かれたスライムは横へ弾け、壁へぶつかって薄く広がる。私は前へ出る。右。左。足元へ寄ってきた二体を、今度は踏み込んで蹴散らした。
脚がよく動く。
高く上がるし、踏み込みが深い。槍の長さも、もう邪魔なだけじゃなかった。自分がどこまで動けるか、分かっていた。
『前よ』
ベルザリアが短く言った。
言われる前に槍を向けていた。
天井近くの壁を這ってきた一体が、穂先に引っかかって裂けた。中身が飛ぶ。私は身を引いて、避けた。
私は更に前へ出た。
横から来るやつは柄で払う。後ろへ回ったやつは、振り向かずに蹴り飛ばす。全部を一度に相手するんじゃない。円を描くように、自分の周りに寄れない場所をつくる。
気づけば、体が勝手に動いていた。
『悪くないわね』
ベルザリアが言った。
「もしかして褒めてる?」
言いながらも、止めはしない。
そのとき、排水溝の奥で一気に気配が膨れた。
壁際の細い水路から、今までの倍はある塊が押し出されてくる。
「うわ、やっぱりこういうボスみたいなのいるんだ」
『まとめ役ね』
小さいやつらが、その大きい塊のほうへじわじわ寄っていく。合わさるつもりだと分かった。
私は胸の奥の熱を引き上げた。
右手を開く。
赤い光が、細く走った。
指先からまっすぐ、床を舐めるように赤い線が伸びて、大きい塊の中心へ刺さる。遅れて、熱が膨らんだ。
ぼっ、と短く鳴った。
爆発というほど大きくはないけれど、その一帯だけが一瞬で煮えた。透明な塊がぶくぶく泡立ち、白い蒸気を上げる。
それを見て、残りが一斉に引いた。
排水溝へ。
壁のひびへ。
暗い隅へ。
静かになる。
焦げた臭いと、ぬるい蒸気だけが残った。
私は自分の手のひらを見た。
赤い光の残滓が、まだ指先に細く揺れている。
今回は、上手く調整できたと思う。
『やるじゃない』
ベルザリアが素直に言った。
「……変なものでも食べた?」
『変なスープなら飲まされたわ』
その言い方が可笑しかった。
廊下の床には、叩き潰れたスライムの残骸が薄く広がっている。
私は槍の先を一度だけ振って、付いた液体を払った。
上層は、きっとこういう場所なんだろう。
下みたいに理不尽に食われる場所じゃない。
それでも、油断すれば死ぬかもしれない。
私は廊下の先を見た。
白い光。
乾いた空気。
人の匂い。
私は服の内側の干し肉を確かめてから、静かに歩き出した。




