23
ひたすら前の影を追った。
後ろではもう、声も気配も遠ざかっていた。
曲がり角をひとつ、ふたつ。
そこで前の影が消えた。
焦ったけれど次の瞬間、右の裂け目から手が伸びて、私の袖を引いた。
「こっちね」
吸い込まれるように身を滑り込ませる。
前には二人、もう先に戻ってきている。一拍遅れて、頭上からひとり降りた。最後に、奥の裂け目からもうひとり。
約束していたみたいに揃った。
この先へ行くならここしかないと、みんな知っているからだった。
「全員いる?」
小さな声が落ちる。
「いる」
「いるよ」
「いるね」
そこでようやく、私は息を吐いた。
「……すごかったね」
「猿?」
「人?」
「干し肉?」
「そうそう干し肉、じゃなくて!」
笑いが漏れる。
私をここまで連れてきた一人が、壁へ背を預けながら言った。
「顔見られたかな」
「どうだろう」
「私たちはいいけど、君はまずかったかも」
「でもほっとけなかったしなぁ」
「そういうところあるよね、私」
ベルザリアが、頭の奥で笑った。
『そのうち痛い目をみるわよ』
私は一拍置いて、答えた。
「あなたを助けたときみたいに?」
ベルザリアは何も言わなかった。
裂け目はそのまま道に繋がっていて、進んだ先には大きな壁が立ちふさがっていた。登れないことはないけれど、さっきまでの勢いのままでは進めない。
今度はひとりずつ、足場を確かめながら昇る。
壁を昇った先は、白っぽい石でできた廊下だった。人の手が入っていることが一目で分かった。
出口が近い。
ここまで来て、みんなの顔つきも変わった。警戒心とは違うけれど、どこか落ち着きのない雰囲気だった。
「ここから先は、私たちがいると目立つね」
背の高い一人が言った。
「ここからは人が多いから」
「私たちの見た目じゃ、ね」
「集団だと見つかりやすいし」
私は頷いた。
「じゃあ、ここでお別れ?」
「うん」
別の一人が、私の肩の布を引いた。
そちらへ振り向くと、布包みを渡された。
「これあげる」
「なんだろう」
「好きなやつだよ」
開くと、中には干し肉が二切れ入っていた。
私は顔を上げる。
向こうは、何でもないみたいな顔をしていた。
「……取ってたの?」
「拾ったの。決して盗んだわけじゃないんだからね」
その場の空気が緩む。
私は包みを握ったまま、しばらく何も言えなかった。嬉しいとか、別れたくない、とかいろんなものが一度に来て、うまくまとまらない。
背の高い一人が、廊下の先を見た。
「じゃあ、さようならだ」
その言葉は、思ったよりあっさりしていた。
私はまた、頷いた。
「うん」
「お腹を出して寝ないようにね」
「車には気をつけて」
「ちゃんとご飯食べるんだぞ」
「お母さんみたいなこと言ってる」
最後まで私たちらしかった。
私は干し肉の包みを握りしめたまま、通路の前に立つ。振り返ると、みんなの黄土色の目が、やわらかくこっちを見ていた。違う形。違う顔。でも、みんな私だ。
「……ここまで、ありがとう」
そう言うと、何人かが頷いた。
次の瞬間には、みんな影へ溶けていた。廊下の角。割れた壁。崩れた天井。そのどこへ消えたのか、わからなくなる。
私はひとり、残された。
白い石の廊下。
薄い光。
遠くの足音。
手の中には、干し肉の包みがある。
冷めているけどあたたかいそれを胸へ押し当ててから、ゆっくり息を吐いた。
ここから先は、また一人、いや二人か。
でも、これまでとは違う気がした。




