22
背の高い一人が振り返り、唇の前に指を立てた。
そのまま身を低くして、崩れた門の向こうをそっと覗く。
門の向こう、石の廊下の奥に、小さな休憩所みたいな窪みがあった。
黄ばんだ火がひとつ揺れている。ランタンだ。そのそばに三つの影。
そのうち一人が、荷物の中をごそごそ漁っていた。背中の鍋が、ランタンの明かりを受けて鈍く光る。
私は顔をしかめた。
「またあいつらだ」
すぐ横の一人が肩を揺らした。
「干し肉の人たちだ」
「よく会うね」
「中層のときと違って油断してる」
見ると、鍋を背負った男が嬉しそうに干し肉を取り出していた。
肩から下げた袋がいくつも揺れている。男が一切れを掲げると、向かいにいた痩せた少年が何か言った。
その横で、背の高い女が短く返す。
白っぽい三つ編みが肩の前で揺れた。女は干し肉よりも、壁や床の傷のほうを見ているようだった。
鍋の男はもう、自分の分を齧っていた。
鼻の奥へ、塩気と肉の匂いが細く届く。
その瞬間、お腹がぎゅううっと鳴った。
「静かにしてよ」
「スープ結構飲んでいたよね」
「私ってそんな食い意地はってたっけ」
「ぐぬぬ」
言い返せないのが悔しかった。私はお腹を押さえながら、なおも男たちを見た。
おいしそう、まちがえた。平和そうだった。
だからだろう。彼らは天井の違和感に気づいていない。
天井の影が、ひとつずれた。
その奥でも、また揺れる。
私は目を凝らした。
それは、猿に似ていた。
長い腕と細い尾。五匹や六匹じゃない。壁の割れ目にも、暗がりの奥にも、まだいる。ぞろぞろと現れて、廊下の上半分が黒い影で埋まっていく。
多い。
三人でどうにかなる数じゃなかった。
猿たちは気配を殺しているように感じた。ただ、揃って荷物を見ている。食料袋やランタンの脇の包み。
次の瞬間、先頭の一匹が落ちた。
天井から、壁から、暗がりから、まとめて雪崩れる。弓を抱えた少年の背中へ。鍋の男の袋へ。三つ編みの女の足元へ。
短い悲鳴が上がる。ランタンが揺れる。女が細い槍を引き抜き、男が保存食の袋を抱え込み、少年が荷物ごと引き倒された。
三人とも、動きは悪くなかった。
でも、足りない。
一匹を払っているあいだに、別の二匹が袋へかかる。払い落としても、次が来る。猿は食らいつくんじゃない。奪って逃げる。だから余計に手が足りない。
私は槍を強く握った。
横のゴブリンも動いていた。
誰も何も言わない。
声もかけない。
なのに、同時に体が動いた。
一人が床を蹴って前に出た。私は壁を蹴って、天井近くへ跳んだ。肩にかけていた布がずれ、赤い髪が視界の端で揺れる。
猿が一番多くいる場所に、槍を振る。目の前の一匹に当たった。猿が転がる。その先にいた別の一人が、荷物へ伸びた猿の腕を払っている。
散らす。
崩す。
取らせない。
みんな、同じことを考えていた。
鍋の男の袋に群がった猿の上から石が落ちる。弓の少年の背後へ回った一匹の足を、足元から別の一人が払う。
三つ編みの女の死角へ入った猿の顔へ、私は槍の柄を叩き込む。跳ね上がったところを、右から飛んできた一人が壁へぶつけた。
息を合わせた覚えなんてない。
でも、最初から決まっていたみたいだった。
人間たちは途中から、動きについてこれてなかった。
少年は床に手をついたまま目を見開き、鍋の男は袋を抱えたまま一歩引き、三つ編みの女だけが細い槍を下ろさずにタイミングを図っていた。ただ、割って入る隙間はない。私たちは一つだった。
最後まで荷物に執着していた一匹が、袋へ顔を突っ込もうとした瞬間、私は槍の柄をその顎の下へ差し込んだ。猿の口から干し肉が落ちる。床に転がる。
それだけは取らせない。
気づけば、群れは引いていた。
壁へ。
天井へ。
暗闇の中へ。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに、静けさが戻る。ランタンの明かりだけが揺れていた。
少年が床へ座り込んだまま、息をしている。
鍋の男は袋を抱えたまま固まっている。
三つ編みの女は槍を下ろさないまま、まっすぐ私たちを見ていた。
「……あの」
少年の声が掠れる。
「ゴブリン……だよね」
答えない。
答える隙もなかった。
私たちはもう、引いていた。崩れた壁を蹴り、跳び、暗がりへ散る。来たときと同じで、帰るときも早い。誰も無駄な音を立てない。
「待っ」
少年の声が追いかけてくる。
でも、待たない。
最後に一度だけ振り返る。
三人とも、まだこちらを見ていた。驚きと、困惑と、警戒。そこに説明のつかない興奮が混じっている。
私は、床に落ちた干し肉を最後まで見てしまったことに気づいて、顔をしかめた。
貰っておけばよかったと、思ってしまった。
雑念を振り払うように、急いで上へ続く暗がりに身を滑り込ませる。
鼻の奥には、まだ干し肉の匂いが残っていた。




