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「そのまま行くの?」


「え」


 意気揚々と立ち上がった私に、みんなの視線が集まった。


「派手すぎない?」


 別の一人もすぐに頷く。


「目立つね」

「すごく目立つ」

「怪しさがカンストしてる」


 忘れてた。そういえばこの服、派手だった。


『あなた、私の体と服装に慣れすぎよ。もっと客観性を持ちなさい』


 ベルザリアにだけは、言われたくなかった。


 最初に服へ反応した一人が、毛皮の山をひっくり返し、その下から灰色の布を引っ張り出した。

 外套、というほど立派じゃない。古い毛布を裂いて作ったみたいな、厚手の布だ。


「これ被って」


「匂いすごいね」


「そこがいいんだよ」


 私は顔をしかめながら、布を受け取った。肩からかける。乾いた毛皮と石の粉の匂いがした。派手な服がだいぶ隠れる。髪も布の端でざっと覆われた。


「……怪しくない?」


「前よりはまし」

「だいぶまし」

「すごくまし」

『かわいいわよ。ドブネズミみたいで』


 失礼な他人が混じっていた。


 背の高い一人が、地図の端をもう一度指で叩いた。


「抜け道は細い」


「一回、下が抜ける」

「壁伝いに沿って進む」

「そこは特に注意して」


 口々に聞こえる言葉を集めても、いい予感はまったくしなかった。


 私たちはすぐに巣を出た。順番は自然に決まった。先頭に背の高い一人、その後ろに二人、真ん中に私、その後ろに二人。


 抜け道の入口は、巣を出て奥を進んだ先の壁にあいた、細い割れ目みたいなところだった。言われなければ、ただの岩の隙間にしか見えなかった。


「うわ」


 思わず声が出る。


「狭いよね」

「でも上に繋がるし、人間も知らない通り道だよ」

「槍、横ね」


「ごめんごめん」


 私は槍を抱き込み、体を斜めにして割れ目へ入った。狭いけれど、なんとか通れる。


 奥に進むにつれて、道は開けていって、風が強くなっていった。中層の湿った臭いはもうほとんどない。


 先頭が、手を上げた。


 全員が止まる。


 私は息を殺して前を見た。道の先で床が大きく抜け落ちていて、そこから下がよく見えた。


 暗かった。

 ただ真っ暗ではなかった。


 下を覗くと、青白い光に照らされて、黒い帯がゆっくり動いているのが見えた。


 蟻道だ。


 大きな蟻たちが列になって、古い通路の底を横切っている。


「ここ、落ちたら大変だよ」


 前から囁きが落ちてくる。


「この高さじゃ死ねない」

「落ちたら最後、動けないまま蟻に食べられちゃう」


 私は顔をしかめた。


「変な想像させないでよ」


 私は大きく息を吸った。覚悟を決めるために必要だった。


 先頭の一人が先に行く。壁へ片手をつき、音もなく崖の縁を渡っていく。

 次。次。みんな慣れている。


 私の番が来た。


 槍をどうしようかと考えていたら、隣の一人が手を出した。


「持つよ」


「お願い」


 素直に渡す。いまは見栄を張るところじゃない。

 私は壁へ体を押しつけ、足先で崖の縁を探った。


 狭い。下は見たくない。でも見ないと余計に危ない。青白い光の中を蟻の列が静かに流れていく。規則正しい有様に、思わず感心した。


『落ちたら痛そうね』


 ベルザリアが言う。


「なんで今そんなこと言うの」


『ごめんなさい、脅かすつもりはなかったの』


 絶対わざと言った。でも苛立ちのおかげか足が一歩前に出た。もう一歩。壁の割れ目を掴む。指先が白くなる。


 渡りきったあと、すぐに横から槍が戻ってきた。


「はい」


「ありがとう」


「困ったときはお互い様ね」


 全員が渡りきり奥へ進むと、道はまた狭くなった。今度は低い。ほとんど四つん這いで進む。布が石に擦れ、膝に痛みが走る。けれど、先から流れてくる風には、さっきまでと違う匂いが混じっていた。冷たいだけじゃない。乾いた木と、古い紙みたいな匂いだ。


「……これ、人の匂いに近いかも」


 私が言うと、前の一人が振り返らずに答えた。


「うん。もうすぐだね」


 しばらくして、道が終わる。抜けた先には、また、崩れた門があった。


 私は立ち止まって、感覚を澄ませる。


 強く外の空気が感じた。

 新しくて、乾いていて、どこか近い。


 背の高い一人が、門の先を見て言った。


「もうほとんど上層だよ」


 ようやくここまで、たどり着いた。


 嬉しさを弾ませ、声を上げようとしたとき、一人が小さく鼻を動かした。


「待って」


 全員が止まる。


「気配がする」


 空気が張り詰めた。


「しかも、複数いる」


 私はゆっくりと手に力を込める。


 まだ出口じゃない。

 喜ぶのは、まだ早い。


 背の高い一人が、門の角からそっと覗いた。すぐに身を引く。その顔が、険しくなる。


「……人間がいた」


 それから、口元を歪めた。


「しかも、美味しそうなものを持ってるよ」


 私のお腹が、最悪のタイミングでぐうと鳴った。


 その場の空気が、一瞬だけ止まってから、揺れる。


「だめだ」

「顔がもうだめ」

「わかりやすすぎる」

『少しは自重なさい』


「うるさい」


 思わず返した。


 食べ物を持った人間が近くにいる。

 上に近づくにつれ、人間も食べ物も増えていく。


 私は腹と手に力を込めて、ついでに気も引き締めた。

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