↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/61

20

 あたたかい匂いがした。


 肉と、焦げた骨と、塩気。煮えて、湯気になって、毛皮の隙間まで入り込んでくる。私は毛皮に半分埋まったまま、ぼんやり目を開けた。


 怖くなかった。


 よく眠れた気がする。耳を澄まし続ける必要もないし、何かの気配に飛び起きる必要もない。ここにいるのは、私たちだ。姿形は違っても、そのことだけは、信じられた。


「おはよう」


 近くにいた一人が言った。


 昨日、私をここまで連れてきた子だ。岩壁に背を預けて座り、石鍋みたいなものをかき混ぜている。そこから、さっきの匂いがしていた。


「おはよう。すごく、たくさん寝た気がする」


 起き上がる。心はまだ疲れていた。でも、昨日よりずっとましだった。


「それ、なに」


「スープだよ」


 見たままの答えだ。


 鍋の中を覗く。濁った汁だった。細く裂いた謎肉と、よくわからない変な草の切れ端が浮いている。


「温かいよ」


「美味しそうだね」


「……果たしてどうかな」


 近くの何人かが小さく笑った。


 木の器によそってもらった。ちゃんとあたたかかった。息を吹いてから、慎重にひと口飲んだ。


 しょっぱい。

 でも、思っていたよりずっとよかった。


 獣臭さはある。上品でもない。けれど、この世界で口にした何よりも人間の食事に近い。胃のあたりがじんわりゆるんだ。


「……普通においしい」


「でしょ」


「ちょっと悔しい」


「なんで」


「私より料理がうまいもん」


 また笑いが漏れた。


 頭の奥で、ベルザリアが鼻を鳴らす。


『生肉のほうがもっと美味しいわよ』


「ほんと好きだね」


『ええ、大好きよ。次は生肉をよこしなさいって言っておきなさい』


「なんか中の人が生肉を所望してる」


 それを聞いた何人かが、こっちを見た。


「わがままだ」

「疲れそう」

「面倒くさそう」


「もう慣れたよ」


 即答したら、みんなが憐れむような目で見てきた。


 食べ終わり、器を返す。一息ついて周りを見ると、背の高い一人が岩床にしゃがみ込んで何かをしているのが見えた。

 指先で石の粉を払い、簡単な線を引いている。通路、門、太い道、細い道。ざっくりしているのに、見ればだいたいわかる地図だった。


「食べ終わったね。じゃあこっちに来て」


「うん」


 私は毛皮を肩から落とし、地図のそばに寄った。


「正面はだめ」


 背の高い一人が線を叩く。


「人の巡回がある」

「蟻道と重なる時間もある」

「見つかると面倒」

「やっぱりこっちだね」


 別の一人が、地図の端の細い線をなぞった。


「抜け道」

「昔使われていた細道だと思う」

「今はほとんど塞がっているけど、上まで行けるよ」


 私は線を見下ろす。ちゃんと道がある。着実に出口へ向かっている気がした。


 外に出たい。

 戻りたい。

 帰りたい。


 だけど外へは、私一人ではたどり着けない。道を知らないと辿れない。ここにいる私たちが必要だ。


 最初に私を連れてきた一人が、静かに言った。


「準備はできている?」


「いつでもいいよ」


「なら、すぐにでも上へ向かおう」


「ありがとう」


 迷いはなかった。


 私は槍を手に取った。


「行こう」


 そう言うと、何人かが頷いた。


 頭の奥で、ベルザリアが言った。


『嫌に協力的ね』


「みんな世話焼きだからね」


 私はそう断言した。


 疑いはなく、確信しかなかったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。