20
あたたかい匂いがした。
肉と、焦げた骨と、塩気。煮えて、湯気になって、毛皮の隙間まで入り込んでくる。私は毛皮に半分埋まったまま、ぼんやり目を開けた。
怖くなかった。
よく眠れた気がする。耳を澄まし続ける必要もないし、何かの気配に飛び起きる必要もない。ここにいるのは、私たちだ。姿形は違っても、そのことだけは、信じられた。
「おはよう」
近くにいた一人が言った。
昨日、私をここまで連れてきた子だ。岩壁に背を預けて座り、石鍋みたいなものをかき混ぜている。そこから、さっきの匂いがしていた。
「おはよう。すごく、たくさん寝た気がする」
起き上がる。心はまだ疲れていた。でも、昨日よりずっとましだった。
「それ、なに」
「スープだよ」
見たままの答えだ。
鍋の中を覗く。濁った汁だった。細く裂いた謎肉と、よくわからない変な草の切れ端が浮いている。
「温かいよ」
「美味しそうだね」
「……果たしてどうかな」
近くの何人かが小さく笑った。
木の器によそってもらった。ちゃんとあたたかかった。息を吹いてから、慎重にひと口飲んだ。
しょっぱい。
でも、思っていたよりずっとよかった。
獣臭さはある。上品でもない。けれど、この世界で口にした何よりも人間の食事に近い。胃のあたりがじんわりゆるんだ。
「……普通においしい」
「でしょ」
「ちょっと悔しい」
「なんで」
「私より料理がうまいもん」
また笑いが漏れた。
頭の奥で、ベルザリアが鼻を鳴らす。
『生肉のほうがもっと美味しいわよ』
「ほんと好きだね」
『ええ、大好きよ。次は生肉をよこしなさいって言っておきなさい』
「なんか中の人が生肉を所望してる」
それを聞いた何人かが、こっちを見た。
「わがままだ」
「疲れそう」
「面倒くさそう」
「もう慣れたよ」
即答したら、みんなが憐れむような目で見てきた。
食べ終わり、器を返す。一息ついて周りを見ると、背の高い一人が岩床にしゃがみ込んで何かをしているのが見えた。
指先で石の粉を払い、簡単な線を引いている。通路、門、太い道、細い道。ざっくりしているのに、見ればだいたいわかる地図だった。
「食べ終わったね。じゃあこっちに来て」
「うん」
私は毛皮を肩から落とし、地図のそばに寄った。
「正面はだめ」
背の高い一人が線を叩く。
「人の巡回がある」
「蟻道と重なる時間もある」
「見つかると面倒」
「やっぱりこっちだね」
別の一人が、地図の端の細い線をなぞった。
「抜け道」
「昔使われていた細道だと思う」
「今はほとんど塞がっているけど、上まで行けるよ」
私は線を見下ろす。ちゃんと道がある。着実に出口へ向かっている気がした。
外に出たい。
戻りたい。
帰りたい。
だけど外へは、私一人ではたどり着けない。道を知らないと辿れない。ここにいる私たちが必要だ。
最初に私を連れてきた一人が、静かに言った。
「準備はできている?」
「いつでもいいよ」
「なら、すぐにでも上へ向かおう」
「ありがとう」
迷いはなかった。
私は槍を手に取った。
「行こう」
そう言うと、何人かが頷いた。
頭の奥で、ベルザリアが言った。
『嫌に協力的ね』
「みんな世話焼きだからね」
私はそう断言した。
疑いはなく、確信しかなかったから。




