18
門を離れると、通路はまた細くなった。
さっきまで残っていた人の気配も、曲がり角を二つ折れたあたりでほとんど薄れた。
代わりに、乾いた毛皮と、骨を削ったみたいな粉っぽい匂いが混じり始める。
私はひたすら、前を行くゴブリンの背中を追った。
ゴブリンは振り返らなかった。
私がついてきているのを疑っていないのか、気にしていないのかはわからない。ただ、行き先だけは最初から決まっている足取りだった。
「どこまで行くの」
私が訊くと、前の背中が揺れた。
「もうすぐ着くよ」
それだけだった。
歩く速さだけは落ちる。私が遅れないようにしているのだと気づいて、複雑な気分になった。
通路の先で、空間がふっと広がった。
部屋と呼ぶには歪だった。
天井は高く、壁には青白く光る石がまばらに埋まっている。床の端には毛皮や乾いた草が積まれ、岩を削った窪みが何段も並んでいた。
人間の寝床だと思った。
整えようとして、でも結局雑に積み上がった感じがある。暮らしている匂いがした。
奥の暗がりで気配が動いた。
私は足を止める。
低い影がひとつ、またひとつと起き上がる。青白い光の届かない場所から、鈍い黄土色の目だけが浮いた。
ゴブリンだった。
三体。
五体。
まだいる。
誰もすぐには近づいてこない。ただ、立ち上がって、じっとこちらを見ている。飛びかかってくる前の静けさじゃない。また、見て、考えて、測っている沈黙だ。
ここまで私を連れてきたゴブリンが、私と群れのあいだに立った。
「なんか拾った」
短く言った。
すると、奥にいた一体が首を傾げる。
「それで?」
「私だった」
その答えに、沈黙が落ちる。
次に、口を開いたのは、別の個体だった。
「……なにその服」
私は思わず目を瞬いた。
さらに、もう一体が身を乗り出す。
「すごい。アニメみたい」
「そう、それ」
別の声がすぐに重なった。
「そんな派手な服、見たことないや」
私の背中がぞわりとした。
ベルザリアの服を見て、最初にそこへ引っかかる。
しかも、言葉の置き方まで似ていた。
こいつらも、たぶん同じだ。
『あなた、増えるのが趣味なの?』
頭の奥でベルザリアが不思議そうに言った。
『下品な趣味ね』
「そんな趣味ないからね」
小さく返すと、ベルザリアは不満そうに黙った。
奥の一体が、今度は私の顔を見た。服、髪、手元の槍、その順に視線が動く。
「やっぱり」
誰かが言う。
「いや、でも体は全然違うね」
「違うけど、中は一緒だ」
好き勝手言われているのに、何も返せなかった。なにも外れているわけじゃないから。
最初に私を連れてきたゴブリンが、肩を竦めた。
「一人じゃ決められなかった」
それから、今度ははっきり言った。
「だから連れてきたんだ」
奥にいた一体が、ゆっくり立ち上がる。
他の個体より背が高い。腰の刃物も使い込まれていて、毛皮の巻き方にだけ妙な几帳面さがあった。そいつは私のすぐ手前までは来ず、距離を残したまま止まる。
「私でもそうするよ」
声は静かだった。
そいつは私を見たまま続けた。
「一応聞くけど、名前は?」
「……マイ」
すると、部屋のあちこちで息が漏れる。
笑ったわけじゃない。
驚いたわけでもない。
ただ、やっぱり、と空気が動いた。
目の前の個体が、ほんのわずかに口元を緩める。
「そうだよね」
その返しで、私はようやく確信した。
ここにいるのは、ゴブリンの群れなんかじゃない。
私だ。
私の群れだ。
食われて、砕かれて、それでもどこかに残ってしまった私の分身。
怖い。
目の前のゴブリンが顎で奥を示す。
「立ったまま話すのも何だし」
私は、その場から動けなかった。
それを察したのかここまで私を連れてきた個体が、ゆっくり口を開いた。
「大丈夫。いきなり食べたりしないから」
「笑える」
部屋の奥で、誰かが吹き出す。
少しだけ体が軽くなった気がした。
正直、逃げるべきかもしれない。
でも、ここで逃げたら、私は二度と答えに近づけないと思う。
私は前に進み、重い腰を慎重に下ろした。




