17
私はすぐに槍を抱え直した。ゴブリンは門の脇の崩れた石の陰を指す。
二人で身を寄せれば、光からは外れられる。私はそこへ滑り込み、槍の穂先を床から浮かせて息を止めた。
迷う余地はなかった。
人の気配がした瞬間に気がついたのだ。いまの私は、人前へ出ていい姿じゃない。
血の匂いが染みついたまま、豪奢すぎる服を着ている。そのうえ隣にはゴブリンがいる。
下層につながっている門の陰から出ていって、まともに扱われるわけがない。
やがて、通路の奥から灯りが近づいてきた。
青白く光る石の明かりじゃない。もっと黄ばんだ、火の光。
靴音。
布の擦れる音。
小さな金具の触れ合い。
人間だった。三人いる。
「ここまで」
女の声がした。
「俺もここが限界だと思うぞ。腹も減ったしな」
低い男の声が返す。
「正直ほっとしたよ」
若い男が小さく息を吐いた。
足音が止まる。ごそごそと袋を探る音が聞こえた。
次の瞬間、濃い塩気と肉の匂いが流れてきた。
干し肉だ!
私は慌てて口を閉じた。胃がきゅっと縮む。最悪だ。好物だ。
「今食べるの?」
女が冷たく言った。
「食えるときに食わなきゃな」
「……一理ある」
短いやりとりだった。その軽さが遠かった。
人の輪の中へ、私はまだ入れない。
やがて三人の足音は遠ざかっていった。灯りも、会話も、ゆっくり角の向こうへ消える。
完全に気配がなくなってから、私はようやく息を吐いた。
隣で、ゴブリンが鼻を鳴らす。
「今、反応したよね」
「なんのこと」
「干し肉」
図星だった。
『下等ね』
頭の奥でベルザリアが言った。
『生肉のほうがおいしいに決まっているわ』
何と張り合っているんだこの人は。それに、干し肉のほうが絶対に美味しい。
言い返そうとして、すぐにやめた。喧嘩している場合じゃない。
「さっきの、知っている人たち?」
ゴブリンは答えた。
「見たことはあるよ。遠くから」
「よく来るの?」
「ここまでは、ときどきね」
ここまでは。
あの人たちには線がある。ここより下へは行かない。行けない。
行ったら戻れないと知っている人たち。
さっきまで人がいた場所に、もう灯りはなかった。ただ、干し肉の匂いだけが残っている。
お腹が鳴りそうになって、慌てて力を入れた。
「……行こう」
私が言うと、ゴブリンはちらりとこちらを見た。
「干し肉、気になる?」
「気になってない」
「ふうん」
絶対信じてない顔だった。お前も好きなくせに。気になっているくせに。
ゴブリンは身を起こし、人間たちが去った通路ではなく、反対側の暗い道へ足を向ける。
私は槍を持ち直して、そのあとに続いた。
人の気配が、すぐそこにある。
でも、まだそっちには行けない。
私は一度だけ振り返って、それから前を向いた。
干し肉が食べたい。
それだけを、胸の奥へしまったまま。




